なんとか無事に、出棺まで終わらせることができました。

ブログにたくさんのコメントが届いており、本当に感謝しています。
近いうちにお一人ずつお返事差し上げるつもりです。


昨日がお通夜、今日が葬式、出棺。

葬式は喪主であり父の兄である叔父の粋な計らいで、父が生前好きだったビートルズが流れる中、小規模で淡々と行われました。

出棺先は、僕の職場。同僚が深々と僕を見て頭を下げてくれています。僕も、お世話になりますという意味を込めて同僚達に何度もお辞儀をしていました。

普段僕は、火葬の前後、つまり火葬炉に収めてから焼香していただいて、お骨上げまでの進行の仕事をしていますので、父の火葬を担当していた同僚が、火葬が終わった後のお骨上げの進行を僕自身がするのはどうかと提案してくれました。
急なことでびっくりしましたが、後悔したくはないので、お骨上げからは自分が担当しました。

僕の住んでいる地域は小さなお骨壺に少量のお骨を入れて持ち帰るのが主流であり、お骨上げそのものはあっという間に終わります。

自分の仕事をまさか父の遺体に対してやらせてもらえるとは思いませんでしたが、父が生きていたら、僕の仕事ぶりを褒めてくれるかな?なんて思いながら仕事できました。

JW現役の弟夫婦もお骨上げまでは立ち会ってくれました。当然、参加はしませんでしたが。自分の兄が排斥されてこんな仕事についていることに複雑な気持ちもあったかもしれません。


諸々終わり、家に帰ってマックをドカ食いして酒飲んで死んだように寝てしまいまして。やっぱり疲れてたんですね。

明日からは日常がまた始まります。父のパートナーはかなり悲嘆していますので、しばらくは僕が支えるつもりです。「見なさい、あなたの母です」って自分に言われてるみたいな感じですが、親孝行をろくにできなかった馬鹿息子なりに少しずつこんな形でもお返しできる機会があるのは良かったのかもしれません。

さてと。僕はまだまだ生きていかないと。
心にぽっかり空いた穴にはまだ見て見ぬふりをしていますが、いつか向き合う瞬間が来るのでしょう。

心残りは、父親のことを「親父」って呼べなかったこと。学生の頃に家を出ていってそれから20年音信不通になり、再度出会った父に対して、ずっとどう接していいのか模索してきました。一番悩んでいたのが、父親の呼び方。一緒にいる時間って、意外に固有名詞を使わなくとも会話は成立するもので。そんなこんなでずっと「親父」って呼べなかったのです。

もしかしたら、父親は僕が父自身に対していまだに若干の距離感があったことをわかっていたかもしれません。

もっと、いろいろしてあげれたはず。

やはり、父と過ごせなかった20年は、本当にもったいなかったと思います。

駄目だ、またタラレバの話になってしまう…。

皆様、コメントなどで励ましてくださり、本当にありがとうございました。中年羊はなんとかやってます。ご心配をおかけしてしまい大変申し訳ありません。これまで通り、無価値で軽薄なブログしか書けませんけど、引き続きよろしくお願い致します。