母との共同生活も二カ月が経過しました。
まさかここまで長く同居するとは想像してなくて、果たしてこのままで良いのか?なんて考え始めているところです。

でもやはり一人にはなりたい気持ちもあって。この土日は珍しく連休だったので、金曜の夜から久々に自宅に帰ってきています。

一緒に暮らしてるとなかなかブログとかも書けなくて。通勤のバスの中で読むのが精一杯。皆さんのブログには相変わらず助けられています。

母の生活の主軸はやはりいまだに父なんです。月命日は必ず父の好きなものを食べますし、父と行きたかった店、食べたかったけど叶わなかったものなど、二人で食べに行ったり。

いまだに、二人で食事していても、グラスは3人分用意したり。JWの教理とは反する行動だからなのか、僕は正直戸惑ってしまい。
でも、母にぽっかり空いてしまった穴を埋め合わせるには、そんな一つ一つの些細な行動が重要な意味を持つのかもしれません。

母が今まで自宅でご飯作ることは、僕と一緒に暮らし始めてからはあまりなかったのですが、最近は、あれもこれも作りたい!!なんて言ってしっかり晩ごはんを用意してくれています。なんなら、朝の時点で献立決まってて、LINEでお知らせしてくれます。
そんなお知らせ来ちゃったら寄り道なんてできなくて、まっすぐ帰ってきちゃいます。

一人の時間は通勤の間だけ。そんな生活が久々過ぎて、たまに身体が拒絶反応を起こしてしまい。夜中に一人で散歩してコンビニ前でタバコ吸ったり、休みの日は自宅に帰ったり、一人でできる単発のバイトしたりしてます。


先日、そんな母から、これからも一緒に暮らすことを前向きに考えてくれないかと言われました。

これは、母と僕だけじゃなく、母と近しい人にも関係する大変重要な論題で。
母は僕と暮らせないなら、実家のある地方へ帰るそうで。となると仕事も辞めたり、こちらで築いた人間関係にも影響があったり。かなり人生を左右してしまいます。
とはいえ、僕は母と呼んでいますが血が繋がっているわけではなく。

悩ましい日々が続きそうです。