新しい仕事もかなり慣れてきました。

先月、待望の初任給を頂けましたので、父とパートナーにごちそうするつもりだったのですが、タイミングが合わず、また来月頼むね、と言われてしまい。

その約束を果たせず、父は逝ってしまい。

僕の中で、それがずっと心残りだったので、先週末、パートナーと2人で回らない寿司屋に行ってきました。

パートナーは僕の無念を理解してくれていましたので、今日は父も一緒に来てくれているんだよと。



父の大好きだったハイボールも一緒に乾杯できました。



父の好きだったネタを注文し、一緒に食べてくれているような空間。

こうゆうときいつもこんなこと言うよね、とか、「おう、好きなもん飲んで食えよ!」って何回も言ってくれたよね、とか。パートナーと2人で父について語りながら、楽しいひとときを過ごせました。


帰り道、歩きながら、父と一緒に食事できた喜びと、願いが叶わずごちそうできなかった悔しさが交錯し、感情が込み上げてしまいました。


亡くなった人を弔うとか、偲ぶとか。そんなことがなんの良心の呵責を感じないでできるようになった自分を嬉しく思っています。父に対しては、自分の納得できる気持ちの落としどころを、余計なものに干渉されることなく、ちゃんと見つけたいなと。


排斥されてかなりの年数が経過し、自分の中でずっと居座り続けていたJWの価値観が、気がついたら居なくなっていました。父の死は、そんなことまで気が付かせてくれたんだなあと。




これは気になって注文した明太子握り。

めちゃくちゃ美味かったです。

芽葱が無かったのが残念でした。

また来なきゃ。なんてね。