父親と関わることができるようになってかなりの月日が経ちました。

かつて学生時代に一緒に住んでいた時よりも、今は近くに感じられます。父は、僕に対する愛情をずっと持ち続けていたんですよね。

父親が排斥されて家を出ていく時、僕達家族は、少なくとも僕は、捨てられたんだ、そう思っていました。

でも、父親が排斥されてからは僕も接し方は変えましたし、口も聞きたくなかった。家を出ていった時も、捨てられたんだな、という気持ちもありつつ、せいせいするわ、みたいな感情もあり。

今思えば、先に父を捨てたのは、僕だったんでしょう。


母親が集会に行かなくなった頃も、僕は意図的に母との接触を避けるようになりました。JWの教理を知りながらだんだんと発言が教理から離れていく母を、軽蔑していました。
まともな話し合いすらすることなく、追い出されるようにして家を出ました。

母を軽蔑しはじめた時点で、僕は母との親子関係を捨てたんだと思います。母にも捨てられた、なんて思っていましたが、たぶん、先に母を捨てたのは、自分です。


今さら、何を後悔しても遅いのですが、ここ最近、そんなふうに考えるようになりました。

信仰の名のもとに振りかざしてきた自分の正義は、家族の誰も、幸せにはできなかったようで。

本当に、本当に、情けない。

本来家族に対して抱くべき自然の情愛なんてものは欠落していました。

今さら気がついても、もう遅いんですけど。

父親の無私の愛によって、また家族になれました。
簡単に捨てたりしないように。自然の情愛を学び直さなければと思う、今日このごろです。