JWを辞めて、教理の矛盾や陳腐さも見え、もうあんな教えには戻るまいと思ってはいますが。

ふと、自分のために与えられた時間が永遠にあればどれだけいいだろう。なんてワガママなことを考える瞬間があります。

自分では手が届くわけが無い強烈な才能を目の当たりにした時に、たまーにそんなことを考えたりします。

矢野顕子ぐらいピアノ弾けたら楽しいだろうな。
マライア・キャリーぐらい歌唱力あったらなんでも歌えちゃうだろうな。
ジェイコブ・コリアーぐらいなんでも楽器演奏できて、音楽理論を駆使した作曲なんかできたら人を感動させられるかな。
是枝裕和監督みたいな映像作品で人間について深遠な表現ができたりしたらもっと人間を深く理解できるかな。

なーんてしょーもない妄想を酒飲みながらYouTube観てるとしてる瞬間があります。


でも、芸術や才能って、人間の限りある命の中で開花するから特別な意味を持つこともあるのかな、なんて。

人間の生と死、人生の重み、必死に生きる中で何気ないメロディーに癒されたり、涙したり。

死を人間がそれぞれ意識してるから、美しさや価値がわかったりするのかな、なんて思えたりもするのです。

「死も悲しみも無い」「全ての涙は拭い去られる」
なーんて薄っぺらい希望を抱いて生きるより、限られた自分の時間を精一杯生きて、幸せに死んでいく。そんな儚い存在だからこその感受性も、当然あるはずなんですよね。

そんなこと考えてると、「やっぱ永遠いらねっ」って結論に至ります。

たぶん、クセなんですけど、どんなコンテンツに触れる時も必ずのように、一旦はJW目線で見てしまいます。なんの意味も無いですけど。でもその手間を一回挟むことで、より目の前の物に感謝できたり感動できたりもしてしまいます。んで、並の人以上に感情が勝手に振り回されて疲弊してます。
マンガとかアニメとかドラマとか、疲れちゃうのは多分このせいなんですよね。いちいち体力を消耗します。

ってことは。

永遠なんかいらないから疲れを知らない完全な身体があればいいのか!!(ここ笑うところ)

酒飲んで文章書くと酷いもんです。

そろそろ寝ます。