秀樹が亡くなって、お通夜、葬儀まで少し時間があるのもあってかTV も少し落ち着いて、自分だけで曲を聴きながら秀樹のデビューからずーっと想い出に浸ってます。

ミーハーって言葉は、もう死語?
追っかけも?よくわかんないけど💦

秀樹がデビューしたのは、私が小学生の時、まだ年令1桁の子供も子供。
幼児から子供になったばかりでよくあんなに大人なお兄さんを好きになったな❗ってくらい。

兄貴が3人いて、長男は秀樹より1歳下で歳が離れすぎて、私の記憶の中には自分が中学くらいになるまで長男の記憶は無いのに秀樹はずーっと私の人生に居る人だから不思議。

秀樹カッコイイ!逢いたい!って親に言っても、そんなお子ちゃまの言葉なんか誰もまともに相手にしないよね。

でも、東京にいた父方の叔父や伯母は娘が居なかったからか、私に甘く、父も一人娘に甘いし、自分の姉と弟が絡むと更に甘くなったから、何かにつけて東京に行ってコンサートも行かせてもらってたし、叔父は昔のフジテレビ近くの新宿でお酒を扱う店をやっていて常連の芸能人が居たので、何度かチケットも頂いたりしてました。

さすがに、FCと言う存在を知ってからはお年玉で会費払って入会したけど、中1までは、チケット代も交通費も叔父や伯母が出してくれましたが、中2からは近所のお菓子やさんでコッソリバイトしてました。

今の芸能事務所では有り得ないかも知れないけど、本当によく赤坂の事務所に行ってましたね。

秀樹を振り返る映像で、ファンがお揃いのTシャツやキャップをかぶったりしてるでしょ!Hop Step Jump ❗❗

あれって事務所で公式に販売したグッズだけど、商品の発送を事務所でお手伝いしたり、事務所に居るスタッフのお姉さん達に挨拶するだけで寄って、ただお話をしたりあったかい事務所でしたね。
芸映ならではだったのかな?

そこで、何度も秀樹に逢えてたし、隣接してたアマンドでファンの人と秀樹とスタッフさんでケーキ食べて少しお話をしたこともあります。

えーそんな事?って思うでしょ。
私の時は、10人くらいだったけど、お姉さんに聞いたら、お姉さんは2回目で前はこの半分くらいだったよ!って言ってたし後にSMAP ファンで仲良くなった友達は、秀美ちゃんや奈保子ちゃんのFCに入っていて、やっぱりアマンドでお茶会したよ!って言ってたから芸映独自だったのかな?

ちなみに、私も友達もたまたま事務所に寄った時に御本人が打ち合わせか何かで居て、一緒においでって言われてアマンドに行って、歳が下だったからか隣の席に座って!って言われて参加してました。

二人とも、お金を払った記憶が無いので御馳走になってます。

あり得ないよね。今じゃ絶対にね。

当時、FCには各都道府県に支部があって支部でもよくお手伝いしてました。

FC会員の今で言うファンミになるかな?
地元でコンサートがあると、コンサート前に会場の中の控室1室をお借りして交流会見たいのをして、質問したりお話をしたりしてましたし、新曲が出る時に応援の振り付けを各支部から代表で数名参加して赤坂のTBSの部屋(倉庫みたいな?)で曲をいち早く聴いて、皆で練習したりしましたね。

その時も秀樹が忙しい時間の合間に寄って声をかけてくれて嬉しかったですね。

そんなふれあいが沢山あったので、支部だけでなく、仲間でサークル組んで動いてても、秀樹はちゃんと名前も覚えてくれてたし沢山のファンの人と話をしてくれてました。

本当に優しくて、あったかくてカッコイイ素晴らしい人です。

本当に残念でなりません。