夏至が過ぎ、この時期、体や心に何
か変化を感じていらっしゃる方も多いと思います。
私も最近、教師養成講座に関わることで、
自身と向き合い、振り返りをしていました。
そんな中、こんなお問い合わせを頂きました。
これから数名の仲間でホームスクールのような小さな
保育園をやってみたいというお話でした。

私も同じように、教師養成講座を立ち上げた背景には、
将来自分たちで先生を集め、仲間同士、納得の行く
幼稚園などの学校教育の運営ができないだろうか?
とふと考えていた矢先でしたので、
同じような想いに胸熱くなりました。
ありがとうございました。
今日は、新しい教育を考える自身が
ここまで導かれて来た
【今ここ】の想いをまとめます。

マリアさまとおしゃべり
幼少期の私は、よく
一人になった時、何か話したいことがあると
「マリアさま、どう思う?」
胸に手をあてこう言ってました。
私は無宗教ですか、誰に教えられた訳でもなく
マリアさまが好きでした。私にとって
心の中を素直に開示でき、愛や優しさを表現できる
安心安全の場所であり、信頼できる話し相手でした。
ここで会話が成立している訳でもなく、
でも、心の奥にある自分の在り処を
自ずと知っていたのかもしれません。
そんな私が大人になり、台湾に拠点を移したことで、
次に道教や仏教の世界を知り学ぶことになりました。
こうして台湾に来てから徐々に私の生活は、マリアさま
から離れ、そして次にやって来たのが、
観音菩薩さまだったのです。
どこへ行っても観音菩薩
台湾に来てからと言うもの、導かれて行く先々、
ご縁を頂くお寺。そこは気付けば、
どこも彼処も観音菩薩さまが祀られている
お寺ばかりでした。
それらお寺の在り方は、檀家に頼らず
ただ一人静かな山奥に建てられたお寺ばかりでした。
ああ、私はマリアさま、観音菩薩さま、思いやりの世界と
ご縁があるのだな・・・やっと分かってきました。
面白い体験としては、台湾の訪れた先々の観音寺で
ご住職が私に対し、観音菩薩さまの御守りや
数珠などを直々に託して下さることでした。
他にも数あるスピリチュアルな体験を経て、
私の魂がしたいこと、使命が自ずと分かって来たのです。

子どもの目線・子どもの声
よく大人になると頭も心も硬くなってしまい、
子どもらしい発想力、想像性が消えてしまうと言われます。
でも私の場合、幼少期にそもそも〖子供らしい発想〗
というものを思いっきり表現したことが
なかったと思います。だから、
心の中のマリアさまとおしゃべりして、聞いてもらい、
解消していたのだと思います。
私はあくまで個人的に、幼少期、学校や
コミュニティーで自身のありのままの感性を
思いっきり表現できた記憶がありません。
それを吐き出す、表現できる場所が
なかったです。
だから私は子供たちの感性を受け止められる
ような大人になりたいと思うようになりました。
今、自分が挑戦している教師養成、
実はこれは急に始まったものではなく、
これまでの自身が指導する立場で、ご縁あった場所や
学校で、何度かお願いされて来た先生のための学び、
大人のためのエッセンスをまとめたものです。
❝どうしたら子供たちは先生(大人)の声
に耳を傾けてくれますか?❞
子どもと先生(大人)が共振共鳴すること、
私はいつもそう答えています。

ママを探している
夏至の日の瞑想で、こんな体験をしました。
それは、天界にいる子供たちが雲の上で列をなして
順番待ちをしているところ、私に声をかけて来たことです。
そして一人の男の子の赤ちゃんが私にこう言いました。
〖僕、ママを探しているんだ。こうやって滑り台で
ママのお腹に降りて行くんだけど
ママがサインに気が付かないみたい。
おばちゃん、ママたち分かってないみたいだから、
教えてあげてね。〗

見えない滑り台。だけど、
こうやってしっかり、赤ちゃんはこれから
産んでくれるママを探して、
滑り台を通じて宜しくねと
サインを送っているのかもしれません。
そのメッセージやサインに気が付くためにも、
私たちも無邪気に、ありのままに
楽しむことが大切なんだと感じます。
みんな違ってみんないい、唯一無二にです。

心を切り離すこと
今日の最後に1つ、子供のように無邪気になれる、
大人でも笑顔が溢れて来る、あなたの本質を探る
ヒントをまとめます。
それは心を切り離すことです。
私たちは、これまで過去世も含め人生で
積み重ねて来たこと、考えてきたことを
癖や思考習慣として繰り返し
表現していることが多いです。
そして、それらを現実世界に造り出し
目の前に見て来ました。
その中には、人間としての防衛反応や生存本能
、または変化を嫌う恒常性であることもあり
誰にでもある反応です。
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だけど、それらの癖や習慣とあなたの本質がそもそも
別であることを知ってほしいです。
あなたの本質と心の癖は別のものなのです。
あなたの本質は、完璧に完成している愛そのものです。
その唯一無二の本質を感じるために
心の反応のまま動くかわりに、少し時間をおいて
心を離して観察して眺めてみるといいです。
すると徐々にありのままに、ジャッジのないあり方、
今ここに気持ちを落ち着かせ、
あなた自身を感じることが
できるようになります。
笑顔が溢れて来るのです。
それは口の中に直接入れて味わうキャンディー
としてではなく、目の前に取り出したチュッパチャプス
(心)を、形、味、色全体の余韻を少し遠くに
眺めてみるような感じです。

それは怒った時に、暴れ馬(心)の如く暴走した
まるで馬の手綱がコントロール不能に
ただ引っ張られてしまうのではなく、
そこから一旦離れて歩調を合わせて
ワンちゃん(心)とゆっくり散歩に出かけて
いるような感覚です。

こんなふうに心の内側を見つめることで、
自分の心との距離を少し切り離し
眺められるようになってきます。
それら心の癖、習慣が自身の本質では
ないと徐々に感じられて来ます。
こうやって私たちは、自身や子供たちに対する姿勢や
言葉の1つ1つにも、これまでの社会規制の中で
制限をかけて育んで来たあり方から
純粋な愛の本質のあり方へ
今地球と一緒に共振共鳴をしながら
共に成長しているのだと思います。

子どものように笑っていましょう。![]()
それでは今日も感謝で終わります。![]()
ありがとうございました。![]()
☆大人の為の養成講座
宜しければご参考下さい☆

