空が好きだった。
特に、雲ひとつ無いような、真っ青な空が。
小学生の時なんか、空を見上げながら帰り道を歩いていて電柱にぶつかった、なんて漫画みたいにボケたこともよくやったもんだ。
それでもまだ懲りずに顔は上を向いたのだけど。
鳥になりたい、と誰彼構わずよく漏らしていた。
遥か上空を滑空するあの鳥の目から見た世界はどれだけ広大で、どれだけ自由なのか。
想像するだけで良い気分になれた。
そんな息子の妄想を聞いた母親は一言、「鳥は鳥、猿は猿、他人の事なんて見ていてもしかたないよ」とのたまった。
息子の夢を、全くモノの見事に打ち砕いたりしてくれたわけだが、それでも考えは変わるハズもなかった。
っていうか「猿」ってのは無いよな。
そうだ、「ハズもなかった」。
過去形。
あんなに好きだった空の青を、ついに僕は嫌いになった。
その理由と言えば、実は「好きだった女の子にフられた」とか、今から考えれば実にありがちで、くっだらないことだ。
彼女の遠慮がちな表情と、全く正反対な心情とを受けた僕を出迎えた空は、いっそ雨ならばその雰囲気に任せて落ち込むなり何なりできたのだが、そんな日に限って雲ひとつない晴天だった。たまったもんではない。
その陽気な空気のせいで落ち込むに落ち込めなくなり、かと言って気分が晴れることもなく。
至極中途半端で腹立たしい気持ちを胸、っというかむしろ下っ腹の重っ苦しい場所に溜め込みながら一人家路についた、という嫌な思い出だ。
それ以来、どうにも晴天の空を見上げる事が出来なくなり、見上げてしまえばその時の気持ちまで引きずってしまっていた。
そんな僕は今、その微妙な思い出の詰まった色の下を歩いている。
僕の目の前には、マイルスと名乗った愛嬌のある銀髪の青年の背がある。
彼が言った、「君は今、必要とされてる」の意味は図りかねたが、他に頼れそうな人もいなかったので、特に文句も言わずについて歩いている。
と言うかそもそもが、他に頼れる「人」そのものがいなかったわけである。ついて行くしかあるまい。
僕がマイルスと出会ってから30分ばかり歩いただろうか。
やや大きな丘を越えた時、それは見えた。
最初に見えた白い雪が積もった山の麓、円形に近い形の壁に囲まれた都市のほぼ中心に、それこそRPGでしか見たことのないような欧風の城がどっしりと腰を据えている。
「あれがアルター皇国だ。」
マイルスが説明する。
一見して、大きく豊かな国であることがわかるが、この国の何処に僕を必要としている人がいるというのか。
いよいよ以って不審さが増す。
「なぁ、あんな大きな国の何処に僕を必要としている人なんているのさ?そろそろ教えてくれても良くないか?」
先を進もうとしていたマイルスに呼びかける。
すると彼は足を止め、
「あー、そうか。まだ君を呼んだ目的を話してなかったな。皇国に着いてから説明しようかと思ってたんだけど、今言っても特に問題はないか。」
そう言って僕の方に向き直ると、少し真剣な顔つきになった。
「結論から言うと、ある事を皆に伝えて欲しいんだ。」
「ある事?」
「あぁ、楽しさ、だよ。」
何の楽しさを伝えれば良いのかいまいち飲み込めず小首を傾げる僕を見たマイルスは、唐突に腕を上げ、人差し指でスッと上を指した。
「皇国の人々に、空を飛ぶ楽しさってやつを伝えて欲しいんだ。”天を統べる世界”の者として。」
愛想笑いをする僕の頬は、多分引きつっているんだろう。
どうやら、僕と「空」との間には腐れ縁でもあるらしい。
にわおわり。