4日目の沖縄
4日間のうちで一番寒かった
2日目は半袖でも大丈夫だったけど
この日はレザージャケットを着てました
最終日は空港から遠く離れないような観光地を回ることに
本島南部の方にある糸満てとこの琉球ガラス館に行きました
ガラスって透き通ってて綺麗ね
うっと~りしてました
シーサーもガラスで作られてたんだけど
シーサーの顔ってガラスで作るのは結構難しいと思うんだぁ。
…それを作った職人さんの技って凄い
ガラス館は一つ一つの値段がお高くて私は見~て~た~だ~け~
友達はお香置きと箸置きを買ってましたん
ガラス館は意外と早く見終わってしまって
まだまだ時間あるからひめゆりの塔に行きました
高校生の修学旅行以来のひめゆりの塔
ここは、平和祈念公園で、戦争時代に第三外科として使われてた壕なんだって!
だから、ここでは昔たくさんの命が失われたの。
うちらはその壕にある記念碑に献花を供えました。
この記念碑の奥の道に進むと
資料館があるんだけど
高校生の時は時間があまりなかったから
じっくり見ることはできなかったんだ
だから3年の時を経て再び中に入ってじっくり見て回ったの
なんていうんだろ。
資料館を奥に進んでくにつれて、気持ちがどんどん重くなってくるの。
悲しくて。
資料を読んだり、戦時中に使われてた櫛とか水筒とか洋服とか
いろんなものが展示してあったり
昔実際戦場に連れてかれた方達の証言ビデオ?が流されてたりで
昔沖縄で起きた悲劇を知ったの。
戦争では色々な方達が被害にあってるけど
このひめゆりの塔では16、17歳くらいのうちより年下の学生達の悲劇について
資料が残されてた。
この学生たちは将来教師になるための勉強をしていたんだけど
ある日、戦場に駆り出されて、やったこともない看病をやらされたの。
それでも生きて帰れると信じて暗い壕の中で兵隊さんの看病をし続けたの。
その壕の中での出来事が凄く悲惨でさ。
重症の兵隊さん達がたくさん運ばれてくるわけで、
治療で切断されたまだ暖かい手足を運ぶ作業だったり
命を落とした兵隊さんを運んだり
顔中ウジ虫だらけの兵隊さんのウジ虫を取ってあげたり
本当に聞いてて心が痛かった。
水を飲もうにも、下手に外には出られない。
暗い壕の中でどこに水があるのかもわからない。
そんな中で水たまりを見つけると地面に這いつくばってごくごく飲んだんだって。
でもそれが臭くて臭くてしょうがなかったって。
その水たまりには兵隊さんの流した血だったり尿だったりが混じっていたんではないか。
それでも水分を取ったっていう満足に満たされたんだって。
こんな時代だったんだよ。
行きたくもない戦場に行かされて。
したくもない看病やらされて。
本当は教師になるための勉強がしたかったのに。
…240名の生徒が駆り出されて
残ったのはわずか20名。
何人の友達が亡くなったのか。
目の前で友達が亡くなる姿を見るのは「辛い」って言葉で
表現仕切れないよね><
戦争を知らない人達にこの悲劇を伝える為に建てられたこの資料館。
見てない人は、楽しい観光地を回るのもいいけど、
ぜひ沖縄で起きた悲劇を知ってもらいたいから見に行ってみてください。
2時間くらいひめゆりの塔に居て、
まだ時間あったから最後に沖縄の海を見に行って
空港に向かいました
3泊4日の沖縄旅行
最後の最後にひめゆりの塔で気持ちが沈んじゃったけど
楽しかったぁ~~~~
来年は韓国旅行に行こうと思ってます
それでは、長い文を読んでくださった方
どもありがとうございました

