ワンワンワン。


小型犬の鳴き声が聞こえて来て僕は驚いた。


普段ならもちろん驚ろく事では無いが、最近引っ越しして来たマンションの同じ階の、エレベーターに近い端の部屋の中から聞こえて来たので、このマンションってペット可なのだと驚いた。


それも普通なら驚ろく事では無いが、お金の無い人間にとってどれだけペットを飼いたくても部屋を探す時に『ペット可』の項目には絶対にチェックはしない。最初は『風呂・トイレ別』にチェックを入れるがいくつか実際に部屋を見て、駅からクソ遠いとかクソ古いとかしか出てこないので

『風呂・トイレ一緒でも良いのでもう少し部屋ありますかね?』

とギリギリをついていく。『ペット可』などは程遠い。

しかし間違いなく小型犬の鳴き声が聞こえて来た。ここはペット可のマンションなのだ。何故知らなかったかと言うとこのマンションは、僕がちょっとでも安い部屋をあちこち探している時に知り合いの人に

『あまってるマンションあるよ?安く住ませてあげようか?』

と紹介して貰ったところだ。あまってるマンションって何だろうと思いつつ、『え、良いんですか?お願いします!』とまだ部屋を見てない時点で返事をした。売れてない人間の良いところであり悪いところだ。

とにかくずっと猫を飼いたいなと思っていたのでペット可だと分かりテンションが上がる。僕は犬派か猫派かと聞かれたら猫派だった。ただそれは昔実家にいた頃に猫を飼っていたからで、犬も同じくらい好きでどちらでも飼いたいが、『犬を飼う』感触は知らないが、『猫を飼う』感触は知っているので、知っているだけにもう一度あの感触を味わいたいと思っていた。でもいつか犬を飼う感触も知りたい。結局、犬派でも無く猫派でも無く、ペットを飼う派。争う必要は無い。

しかしテンションが上がったところでお金の無い人間は猫を飼うどころかまず猫を買えない。ペットショップがあると必ず中に入り猫や犬を見てしまう。それと同時にそれらの値段を見て驚く。いやこの場合は驚きを通り過ぎて逆に冷静になる。


ふ〜ん、これくらいの値段か〜。あ、ローンも組めるんだ〜。


とあたかも買おうか悩んでるみたいな表情をするけど、もちろん店員さんにはバレバレで僕のところには寄って来ない。心なしか猫や犬も僕の方には寄って来ない気がする。とにかく買えない。

他に里親になる方法もあるけど、以前友人が里親会みたいな集まりに行った時に職業や年収を聞かれて審査が厳しく大変だったと聞いた。やっとこさまだ納得がいくマンションが見つかったのに職業や年収を聞かれて結局契約が出来ないと言う事が最近正にあったばかりだ。またそんな嫌な思いはしたくない。まず僕を里親に引き取って欲しい。

後は野良猫や捨て猫を見つけるしかない。しかしもう絶対に家猫にはならないだろうと言うくらいの大きな野良猫しか見ないし、この野良人間の嗅覚を持ってしても『この猫拾って下さい』って段ボールを今まで見た事が無い。あれは不良漫画の中だけの文化ではないか。どう考えても猫を飼う事は出来ない。仕方ない。



ミューミューミュー。



仔猫の鳴き声が聞こえて来て僕は驚いた。

普段ならもちろん驚く事では無いが、正に今猫を飼いたいと考えそして断念してた時に、バイトからの帰り道で仔猫の鳴き声が聞こえて来たので驚いた。

駅から歩いて10分で到着するマンションのすぐ手前にある少し大きめの公園の緑の中から、駅前を過ぎると急にお店も人通りも少なくなり夜となればかなり静かになるので、弱く小さな鳴き声でもそれが仔猫の鳴き声だとはっきり分かった。

このタイミングで聞こえて来るなんてこれは運命に違いない。例えば友達に好きなタイプの女の子を聞かれてショートカットでスラっとしててよく笑う子と答えたその直後に街中でショートカットでスラっとしてよく笑ってる子を見かけたらそれはもう運命だから絶対に追いかけるだろう。例えがうまくいかなかったが今回は運命だ。声を聞く限りかなり小さい。

ニャーニャーニャー。

バイトで疲れたしゃがれ声で猫の鳴きマネをして呼んでみる。

ミューミューミュー。

鳴き声が返って来る。何度も呼びかけると何度も返ってくる。ドキドキしながら姿を探してみるが、近づくと声が遠ざかる。姿は見えない。こんな大チャンスがすぐ目の前に来ているのに全く掴めない。これは俺の人生か。いや大チャンスが目の前に来た事すら無かった。

そこから1時間近くニャーとミャーの疎通はしたが結局姿を現わす事は無かった。そりゃ仔猫とは言え野生の生き物。鳴き声に反応はしてもちゃんと警戒はする。『あまってるマンションあるよ』と言われてすぐに飛び付く俺とは違う。仕方ないのでコンビニで猫の缶詰を買って少しエサを置いてその日は家に帰った。

次の日の朝、やはり気になるので仔猫を見にまた公園に行ってみる。昨夜置いたエサは無くなっていた。バイトの疲れは取れたものの寝起きのおじさんなのでやはりしゃがれた声でニャーと言ってみる。すると何度目かでミューと返って来た。良かった。まず生きていた事とまだここにいた事に安心。その声の方を見てみるともう明るいのでその姿がやっと見えた。やはりかなり小さい。そして可愛い。警戒しながらも、お腹が空いたのかクリクリした目でこちらを向いて鳴いている。更にテンションは上がった。

だけど上がったテンションとは裏腹に本当に良いのだろうかと思った。マンションの問題とかそんな事よりも、この子は親や兄弟といるのでは無いだろうか?勝手に僕が捕まえても良いのだろうか?例え野良猫でも親兄弟と一緒にいるのが当たり前で幸せな事。勝手に運命とか言ってるけど人間のエゴじゃないのだろうか?それにそもそも僕に猫を飼う資格はあるのだろうか?自分の事もままならないのに命を育てられる身分なのだろうか?どうすれば良いんだろう?


まだいたか。


すぐ後ろでおじぃさんの声が聞こえて来て僕は驚いた。これは本当に驚いた。いきなり喋りかけてくるなじじい。どう言う事です?って顔をすると


ここら辺に住む野良猫の親がしょっちゅう子供を産んでいる。


え?


で、産んではすぐに育児放棄してどこかへ行ってしまう。


ええ??


他に2匹いたけど、その2匹はカラスにやられてしまった。



ええええええええええええええええええええええええええ



これは俺が助けんとアカン!!!!!



絶対に助けんとアカン!!!!!



やっぱり運命や!!!!!



この子の命を助ける運命やったんや!!!!!!



資格とかそんなんじゃなく絶対に俺が助けるんやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!












ミャーミャーミャー。


バイトから戻って来ると、早くご飯をくれと柵の中から必死に鳴く声を聞いて猫って何でこんなに可愛いのだと改めて僕は驚いた。

仔猫は僕の家族になった。あと、僕の家には先に飼っているオカメインコがいる。猫と鳥は上手く家族になれるのだろうか。






それはまたいつかのお話で。。