不登校の息子をなんとかしなきゃと思って受けに行った

HSP(繊細さん)の講座。

そこで私は初めて自分自身が繊細で、

ほんとうはずっとその事に困っていた

ということに気が付いた。


平穏な日常生活が突然崩壊した私は、

まずは自分自身を整えることにした。

そんな頃のお話。


何が楽しいのか分からない⁉️

不登校が教えてくれたこと④



息子の不登校をなんとかしようと、

HSP(繊細さん)の講座を受けに行った私は、

そこで初めて自分自身もHSPだったと知った。


かつての私は、

「繊細さ」=「弱さ」だと思っていて、

それがいけないこと、不都合な事として、

誰にも見せないように

押さえつけて、隠していたのだった。



自分自身が

一番見ないようにして、

ずーっとずーっと隠してきた私の本質の扉。



それは「息子の不登校」という

カタチで私のところにやってきて、

突然強引に私自身を揺るがした。




この頃、息子は

渋々行っていた学校に

段々行かなくなり、

その分家で荒れることも減った。


ただし、

息子の感情は内にこもるようになり、

ただただ乾いた目で

ズーッと動画を見続けていた。

昼も、夜も。



そして、私自身も突然の

情報氾濫に、

目を白黒させながら、

少しずつ慣れていった。


そんなこんなで講座の最終日、

1つの質問が投げかけられた。


「あなたはこの講座を終えて、

これから何をしたいですか?

どんな風に人生を楽しみたいですか?」




この時私は、ありきたりな答えを言ったと思う。

今まで、大きく人と違う事で困ってきた私は、

その場を取り繕う、

なんとなく周りに納得してもらえそうな

答えが口から出てくる。

人から怒られないように、

白い目で見られないように。

私なりに身に着けた処世術だった。



でも、この時、口から出てきたありきたりな言葉に、

自分だけが納得していない事に、

どこかで私は気がついていた。


(自分が、何をしたいのか??)

(私は、何がしたいんだろう?)

(楽しいことってなんだっけ?)

(こんなコトになる前、私は何が好きだった?)


。。。。。何一つとして答えは無かった。

でも、

かすかに芽生えた自分自身の疑問だけは残っていた。






(私の中には何もない。

私は、息子のことより、

私自身の事をしなくちゃいけないんじゃない?)



こうして私は学びの道へ、

自分自身と向き合う事になった。




今思えば、
息子の気持ちが内に向かっていく中で、
過干渉にならず、踏み込みすぎず、
親の私が自分自身と向き合えたことは、
タイミングが良かった。

渦中にある時、
親が一番避けなければいけないことは2つ。
・子供の感情にのまれすぎない
(状況に左右されて親も落ち込んだり、泣いたり)
・子供の気持ちを尊重する
(学校に行かない、今は何もしたくない、動画、ゲーム三昧)

ただ、これをいきなりしてっていうのは
正直ムリだと思う。
親だって人間。

そんな簡単には客観的にはなれない。
実際私もたくさん失敗した。

だから、親が子供の方だけを見ている、
子供の事で頭がいっぱいじゃなくなる時間
が必要だと思う。

私の場合はそれが学びだった。
この頃はまだ気がついていなかったが、
私は「自分が知らない事を知る」事が大好きだった。

ただ、「もう親になったのだから」
自分の為だけに
時間とお金をかけるなんて事をしてはいけない
と自分を縛っていた。

自分を満たすことができなければ、
自分以外の誰かを本当の意味で満たすことは難しい。

そして、共感性の高いHSPやHSCにとって、
この「ほんとうの意味で」という部分が大切になってくる。


子供(特にHSC)は、
親が本当の気持ちを隠していれば
子供もそうする。
子供が成長していく上で
模範にするのは、どんな親でも親。


だから、私がまずは自分自身と向き合えた
のはラッキーだった。

ここから私は色々なことを知ることになり、
私が私自身の気持ちを取り戻すにつれ、
息子も元気を取り戻していった。


最後までお読みいただきありがとうございます💖


⑤に続く