4/26、お見舞いに行って、帰ってきて、数時間後に息を引き取った。。
見舞いから帰った夜はほとんど寝れなかった。先週の土曜日はまだしゃべれたのに、昨日は苦しそうに全身で息をしていた。話しかけると目を開け、少し体を動かす仕草をしてかろうじて反応してくれた。正直、見ているのがつらかった。
親戚もあとから駆け付けてきた。いとこが、生まれて3ヶ月の赤ん坊を連れてきた。もう長くない87才の祖父と、生まれたばかりの3ヶ月の赤ん坊との狭間を自分は生きている。自然の摂理、生命の移り行きを感じた。この子にもおじいちゃんの血は脈々と受け継がれている。
俺は自分なりにおじいちゃんが伝えたかったことを解釈したつもり。何も伝えずに亡くなっていく人などいないと思う。言葉で表せることではないけど、今度は俺が姿勢で次の世代に伝えていく番なんだと思う。子孫を残す役割の重要性を強く感じた。
入院してはじめて見舞いに行ったとき帰り際に、「うまいもん食って帰れ」「暗いから気をつけて帰れ」って気づかってくれた…。自分がつらいときに相手を思いやれる強さ、優しさが嬉しくて涙が込み上げた。
まだ元気だったころ、帰りが遅くなった俺をいつも風呂にも入らず待っていてくれた。「先に風呂入れよ」その一言がすごく嬉しかった。じいちゃん、ありがとう。
最後の最後まで、全身を使って、生きよう生きようって力強く呼吸してたじいちゃんを見て、死にたい、死ね、殺すとか…そんな言葉軽々しく使っちゃいけないと思った。戦争を経験した貴重な存在を失った。根性があって忍耐強いじいちゃんが好きだし尊敬します。
よく頑張ったね。お疲れ様。これからはゆっくり休んでね。しばらく話しは出来ないけどいつもどこかで見守っててね。頑張って生きるよ☆ありがとう。またね!
昨日、、
おじいちゃんの枕元でギター弾き語りをした。「下手くそ!」って聞こえてきそうだった。ヘタでうるさくしてごめんね。もっと練習するから、上手くなったらまた聞いてね!