さいたま市の着物イベントボランティア&日本着物スタイリスト協会認定着物フォトスタイリストのmaster_minminです。
(「着物フォトスタイリスト」は登録商標で、協会に認定されないと名乗れません)
ツイッターで知り合いがつぶやいてました。
アカウント名なしなら掲載okとのことなので、転載します。
================
(つぶやき その1)
着物警察と一度レッテルを貼られてしまうと、普段着物の人が寄ってたかって叩きに来る。
そんな閉塞感が嫌だな。
「着物は伝統だから綺麗に着るべき」も嫌だけど、それを主張する人を「こいつ着物警察だ!やっちまえ!」と皆で非難するのも違うと思う。
----------------------
(つぶやき その2)
個人的には、綺麗に着るとか崩すとかじゃなくて、それがその場とその人とに似合う似合わないで話をした方が建設的ではないかと思う。
----------------------
(つぶやき その3)
似合う似合わないで話をするなら、「あの人の着方カッコ良いね」も出るし、「あれは似合わないよね」だって出てくるのではないかなと思う。
誰かに似合わないと言われたって、自分は似合っていると思えばいいじゃん!と思います。
何やったって文句言う人はいるさ。
================
(つぶやき その1) については全くその通りだと思います。個人を特定して、ネットという影響範囲が計り知れないメディアの上で吊るし上げるのは本当によろしくない、というのが私のスタンスです。
「着物警察」という概念を広め、それをやってしまった人には気づきを、捕まえられて悲しい思いをした人には「それで傷つかなくてもいいんです」と伝えたいのです。
私は警察を取り締まる公安(着物警察公安、とでも呼びましょうか)になりたい訳ではないですし、そういう人を増やしたいのでもないです。
ただ、「着物警察」という言葉でこれまで出くわして納得いかなかったことが概念としてクリアになってスッキリした、というのは悪いことではないと思うのです。それを消化したり、スルーして乗り越えるための一歩です。
(つぶやきその2とその3)は、最終的にその人の好みと考え方の問題になるので、「何やったって文句言う人はいるさ。」と、スルーするのが賢いと思います。
そもそもお互いの前提が違う事を話しているので、話が噛み合う訳がないんですよ。フォーマルの着付けの話を普段着に当てはめたり。
もう「ご意見ありがとうございます。でも好きで着てるので自分はこれでいいと思います(^o^)」と言い返すくらいしかないですね。
あと、やはりネットというメディアで、個人を特定しての批判は安易にしない方が良いと思うのです。
もちろん、人間なので顔の見える相手にちょっと愚痴ってみたり、手書きの日記に書き出してスッキリ気持ちを整理する、のは構わないと思います。
とくに「正しい」、とか「こうあるべき」、の話をする時は相当理論的でないと建設的批判にならないですし、特にネットはずっと履歴として残りますし、どこでどう解釈されて拡散されるかわからないので、本当に怖いです。
という事で、コミュニケーションは受け手の理解の上に成り立っているので、不特定多数の目に触れるネットにおいては慎重になりたいです。
そもそも、着物に関しては戦後呉服屋が便宜上作ったルールを絶対視しなくても良いと思うのです。特に普段着に関してはね
アタマカタイ族の「デントウガー(屮゚Д゚) 屮」というお化けはたかだか戦後100年未満の歴史を後生大事にしたいようですが、特に普段着は衣服としての変化や多様性、TPOルール(慣習というべきでしょうか)の変化や地域性があって当然です。
北海道と沖縄の衣替えが同じなはずはないですよね、気候が違うんですから。
単衣はいつ着る、なんて話はありますけど、私自身は麻の長襦袢を使い始めたら予想より長く使っています。快適ならそれで良いかと。
そんな私が一番大事にしているメッセージは
着物は楽しい!
です。今はまだ着ていない人たちにこれが伝わるといいなぁ。そして、「自分は正しい」なんて独りよがりに陥らないよう、こういう話題を指摘してくれる視野の広い着物仲間達がいることにも感謝です