休日の午後。 作業に入る前に、
好きなJAZZを聴きつつ、良く分からない日記を書きます。
去年。
自分の中で大きかった変化がひとつ。
近視回復レーザー手術を行いました。
眼鏡もコンタクトレンズも、もう必要ありません。
これによって
以前はあった様々なものから開放されました。
起床時、まず眼鏡を探さないと時計すら見えないとか。
作曲時、装着したヘッドフォンに眼鏡のフレームが挟まれ、耳の周りが痛むとか。
コンタクトにしたらしたで乾燥に悩まされたりとか。
そういうことが無くなったのは本当に大きい。
この話を人にすると、問われることがあります。
「失明の危険は100%無いの?」
「目の角膜を切るのに、怖くなかったの?」
失明の危険・・・病院からは100%成功していると説明されたけど、
正直、危険がゼロなどということは有り得ないと思っていた。
何をするにしても、リスクゼロなど考えられない。
それに、レーザー手術が開発されてまだ10年位とのこと。
つまり、術後20年経ってどうなるかは、まだ前例が無い訳で、
もしかしたら強烈なリバウンドがあるのかもしれない。
下手すると、リバウンドどころでは済まないのかもしれない。
ところが・・・
怖くなかったかと問われれば・・・
実は全く怖くなかった。
どうしても、目が良くなった後のことを想像してしまう。
「死」 から逆算したら、治ったあとの楽しい時間をより多くしたい。
そう考えてしまう。
この辺が、人から 「ポジティブ」 と言われる所以なのだろう。
音楽にしてもそう。
かつて、音楽の道を行くことを決断したとき、想像したことはふたつ。
「死」 を迎えるとき、音楽と共に生きた人生を振り返っている自分と、
音楽を諦めた人生を振り返っている自分。
後者を想像したら、とても耐えられない。
もちろん、いたる所に挫折も苦悩も付きまとう。
が、それ以上に、満足や喜びもある。
どちらも、自分がやりたいことをやっているからこそ感じられるもの。
そういう生き方をしたい。
今年もポジティブに
前向きに生きよう。
改めて思う。
そんな良く分からない気分の、
休日の午後。
好きなJAZZを聴きつつ、良く分からない日記を書きます。
去年。
自分の中で大きかった変化がひとつ。
近視回復レーザー手術を行いました。
眼鏡もコンタクトレンズも、もう必要ありません。
これによって
以前はあった様々なものから開放されました。
起床時、まず眼鏡を探さないと時計すら見えないとか。
作曲時、装着したヘッドフォンに眼鏡のフレームが挟まれ、耳の周りが痛むとか。
コンタクトにしたらしたで乾燥に悩まされたりとか。
そういうことが無くなったのは本当に大きい。
この話を人にすると、問われることがあります。
「失明の危険は100%無いの?」
「目の角膜を切るのに、怖くなかったの?」
失明の危険・・・病院からは100%成功していると説明されたけど、
正直、危険がゼロなどということは有り得ないと思っていた。
何をするにしても、リスクゼロなど考えられない。
それに、レーザー手術が開発されてまだ10年位とのこと。
つまり、術後20年経ってどうなるかは、まだ前例が無い訳で、
もしかしたら強烈なリバウンドがあるのかもしれない。
下手すると、リバウンドどころでは済まないのかもしれない。
ところが・・・
怖くなかったかと問われれば・・・
実は全く怖くなかった。
どうしても、目が良くなった後のことを想像してしまう。
「死」 から逆算したら、治ったあとの楽しい時間をより多くしたい。
そう考えてしまう。
この辺が、人から 「ポジティブ」 と言われる所以なのだろう。
音楽にしてもそう。
かつて、音楽の道を行くことを決断したとき、想像したことはふたつ。
「死」 を迎えるとき、音楽と共に生きた人生を振り返っている自分と、
音楽を諦めた人生を振り返っている自分。
後者を想像したら、とても耐えられない。
もちろん、いたる所に挫折も苦悩も付きまとう。
が、それ以上に、満足や喜びもある。
どちらも、自分がやりたいことをやっているからこそ感じられるもの。
そういう生き方をしたい。
今年もポジティブに
前向きに生きよう。
改めて思う。
そんな良く分からない気分の、
休日の午後。