ハノイ在住の中学生です。
物思いに耽ってます。
深読みすると痛い目にあいます。
時々更新です。
おすすめ:
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カテゴリ:YROGETAC
短編:
トイレマン -Toilet Man-
Progress
壁 -WALL-
水滸伝外伝・行者武松の巻。
長編:
擬似建設計画:
第一章: 擬似建設計画。
第二章: 着工。
金色の時計塔 上
プロローグ
明神は路地を歩いていた。
花を売っている店を見てふと笑った。なぜなら花の店には彼にとって特別なものがいる店だからである。彼はドアを開けた。はーい、と二十四時間勤務の女性が答えた。
明神を見ると彼女は微笑んだ。そして指差した。
「明神さん、お目当ての品はあちらですよ」
そう、明神は毎回気に入っている品を見に来ているのだ。一流大学を卒業後、会社勤めを経て探偵になった。気に入っている品は古い時計塔の金色模型で、彼の収入では手が届かないような高価な品だった。彼のもう一つの目当てが、たったいま彼に向かって微笑んでくれたレジの彼女だった。彼女は別れた夫の手を逃れてこの店にやってきたらしい。
明神は金の時計塔を素手でなでた。すると店の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「明神さん!またあんたですか。何度言ったらわかるんですか?素手では触らないでください!」
それは店長の女性だった。怒鳴られた後にあわてて店を出るのも定番になってきた。彼はすぐさま別れの言葉も聞かずに路地に飛び出した。そしてふと思った。店長さんの顔を少しも見ていないな、と。そこでそーっと店に忍び寄ってみた。すると店長さんがレジの彼女を怒鳴りつけているところを目撃してしまった。彼はまた一目散に走った。心臓が踊っている。だが走り続けた。
街路地を越えたところに明神の家はある。家といっても事務所をかねている、アパートスズキ壮が彼の家だ。彼は二階に上がった。そこにはおなじみの猫がいた。ゴロゴロとのどを鳴らすので明神は勝手にゴロと名づけていた。ゴロは明神が家に帰ってくるとまたしても家に入りたがった。明神はなぜ猫が入りたがっているのかを知っていた。
彼の家の隣にすんでいる菅田さんは猫が嫌いなくせに猫を飼ってしまったというひねくれものだった。もっとも彼の娘は喜んだが。家に帰るといつも隣の怒鳴り声が聞こえる。最近の調子だと仲がうまく行ってないらしく、娘さんが家出するのも時間の問題だ。
ゴロはいつも明神のクッションを占領して寝てしまう。菅田さんはもうもらってくれと言っているが餌代がかかるので一応預かっているという形でゴロはうちに来ている。彼の本棚には推理小説や探偵ものがいっぱい並んでいて、へたをするとゴロが倒してしまうかもしてない本の塔もあった。彼のお気に入りは明智小五郎と古畑で、その本はそこらじゅうに散らかっていた。デスクとして使っている硬いダンボールは引越し業者がきたときにもらった。そんな彼でも頭脳は抜群だった。明地小五郎よりも先に犯人を見破るほどだった。だから普通な推理小説などはつまらない。そんな時彼の友人が言った。
「お前が推理小説書けばいいじゃないか。そして誰もわからないようなトリックを考えてやれ。俺が第一読者になるからさ」
そんな一言で僕の探偵兼推理小説家の日々が始まった。僕が最初に書いた小説は誰もトリックを見破れなかった。次に書いた小説も、また次に書いた小説もトリックが複雑で誰も解けなかった。そんな彼の本は友人の手を経て連載されるようになった。これで少しは収入の足しになるだろうと明神は思った。
一方、依頼者もどんどん増えていった。雑誌への連載が増えたせいでもあるが、そこまで増えてしまうとだらけていた毎日が恋しくなった。収入はどんどん入っていった。カリスマ探偵の地位までのし上がった。だがまだ金色の時計塔には手を出していなかった。彼の本望、金色の時計塔の入手は最終段階として計算していたのである。
彼はいくら高い料亭の料理を食べても、いくら高い服を着ても金色の時計塔のことをいつも思っていた。
ある日、彼は十年ぶりにあの店を訪ねた。金色の時計塔はまだショーウィンドーの中に納まっており、あのレジの女性もまだそこにいた。十年分老けたといってもまだ美しい女性だった。腕に赤いブレスレットをはめ、明神が店に入ってくると彼女は歓迎した。
「あら、明神さん!十年ぶりですね。まだあなたのお気に入りの品はまだありますよ」
そして店長の女性が出てきた。彼女はふてぶてしい顔で明神を見た後、こう言った。
「あなたが来てくれないと調子が出ませんでしたよ」と。彼は初めて彼を必要とする人間がいると言うことを知った。
翌日。彼はいつもどおりの職務をこなしていた。午前中には痴漢を訴える女性が来て話をした。三時には出版社へ向かい、彼が書いた十本目の推理小説の原案を手渡した。四時に帰宅した時だった。彼の事務所の周りにパトカーと数人の警察官が立っていた。明神を見ると刑事は尋ねた。
「あなたが明神剛さんですね。あなたの家で死んだ女性の遺体が見つかりました」
そのとき、彼は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
2
「彼女の名前は須崎三千代。68歳。勤め先はここから十分もしない雑貨屋。あなたはこの雑貨屋の常連でしたね」
暗い取調室では刑事と容疑者が一対一(サシ)で対立する。もっとも明神は容疑者側になるとは想像していなかった。
一分ぐらい立ってから明神ははい、と答えた。
「それから被害者は自宅に帰宅。それからテレビを見てから夜の散歩へ。それから家には戻ってこなかった。これは隣の家に住む50歳の老人からの証言です。では聞きましょう。そのときあなたは何をしていましたか?」
この質問の答え方でアリバイの信憑が問われるだろうと明神は思った。だから頭の中で巧妙な構図を組み立てた。
五分後、明神が言った。
「私は痴漢事件の捜査書の整理と小説の執筆をしていました」
「何時間ぐらいですか?」
「かれこれ6時間ぐらいでしょうかね。なんせやっているうちに夜が明けてしまったもので」
「ほう、そんなに熱心に」
「はい、それが仕事なので」
刑事は質問攻めをやめた。そして改めて明神に向かって座りなおした。
「ではそれを立証できる証拠はありますか?」
鋭い質問だった。これもアリバイの信憑が問われる。十分考えた。そして言った。
「隣の人の所まで鍵の音が聞こえるはずです。六時間ずっと鍵の音が聞こえなかったなら部屋に六時間はこもっていることとなります。僕が帰宅したのが9時。それから六時間後は午前5時。その時間から事務所に出ていました。だからおとといは一度も眠っていませんね。昨日かえってぐっすりと眠るはずでしたが・・・」
「これはすいません」
刑事が謝った。明神はこの刑事の態度が気になった。完璧すぎたか・・・?。アリバイが完璧すぎるほど人間はそれを崩したくなるものだ。どうだろう?彼は困惑したようだった。アリバイが完璧すぎるのだろう。
「わかりました。すぐお隣さんに連絡してアリバイを証明してみましょう。お手数ですがお待ちください」
「わかりました」
ふう。明神はふと息をつかずに入られなかった。今第一の関門を抜けたのである。
そういえば、須崎三千代さんって誰だろう?あの雑貨店のレジの人はそんなに年じゃないし、店長さんは70を言ってそうだ。そう考えてみると誰なんだろう?
警察からはお隣さんからの証言により釈放された。家に帰ったのは九時過ぎで、あの雑貨屋にもよる暇が無かった。お隣さんにお礼を言うと彼は家の中に入った。
彼は眠かった。十分ともしないうちに眠りに落ちた。彼は疲れていた。ついつい時計を無視して朝の九時まで寝てしまい、翌日事務所のマネージャーに怒られた。今日の事件は麻酔自殺未遂が一件、強盗が一件、そして殺人事件が一件だった。
彼が殺人現場に行ったときには昨日の取調べをした刑事が立っていた。
「ああ、明神さん!」
彼は声をかけた。明神はきちんと会釈を返した。すると彼は会釈に答えた。
殺人現場は悲惨なものだった。家具や時計はあちらじゅうにとびまわっており、検察官も来ていた。
「お、明神!」
検察官の一人が声をかけた。彼の刑事時代の親友、田中友康だった。
「お前がこんな事件にも首を突っ込んでいるとは知らなかったな」
彼らは笑った。
「だがこんなところまで捜査をしにくる検察官も検察官だろ」
「まあ、そういうな。俺の性格は知っているだろう?自分の目で確かめなきゃいけないタイプでね。そのせいで警察からクレームもらったって知ったこっちゃない。ところでお前、元気か?」
「ああ、元気だよ。昨日なんか警察の取調べをこの年で受けたんだぜ」
「お前、なにかしたんじゃないか?痴漢とか・・・?」
「はあ?俺がそんなことやる人間に見えるかよ?警察はそんな痴漢事件ではなく殺人事件の容疑者として取り調べたのさ」
すると田中は急に考え出した。田中の昔からの癖だった。彼は会話の途中でいきなり考えをめぐらしだす。そして答えを導き出すのがいつものパターンだった。
「その殺人事件、どこで起こったんだ?」
「迷惑なことに俺の家の中さ」
「ふーん、お前の家の中・・・」
彼はまた考え込み始めた。明神は一人、殺人現場へと向かった。
「鑑識さん、なにかおかしな点はありますか?」
「うーん、ちょっとしたことなんですがね」
「はい?」
鑑識のおじさんは被害者の口の中を指差した。
「歯が無くなっているでしょう?おかしいと思いませんか?どんなに強くぶってもここまで歯はなくなりませんよ。彼はまだ二十歳過ぎなので入れ歯ということもなさそうですしね・・・」
ふーん。たしかに変なことかもしれない。明神が思った。被害者の男性は無残にも大の字に倒れていた。
二つの殺人事件の関連性は・・・?
明神は自宅のデスクで考えていた。どちらも自宅から百メートルもしないところで起こっており、自分にももしかしたら関係があるのかもしれないと思うと背筋がブルッとするのだった。彼は自分では誰にも恨みを買っていないと思っていた。彼は誰かと交わることをあまり得意としなかったし、第一彼のコミゥニティーの小ささには誰もが気づいているだろう。コミゥニティーの輪を広げようと努力したことはないしようとする気も無かった。彼はただ明日のことを思って生きてきたと自分自身では思っている。だが金色の時計塔は別だった。彼は初めて、真実の次ぐらいにきれいなものが存在することを知った。明日のことでもなく未来のことでもないものにお金を費やすと言う欲望が彼の心の中を徐々に広がっていった。
検察庁では田中が推理していた。二つの殺人事件が彼の友人の半径百メートル以内で起こっており、最悪の場合明神までもが狙われることを恐れていた。だがもしかしたら明神が犯人なのではないか?彼は文学と数学については天才だったし、考古学もすごかった。学年ではいつもトップの成績だった。かれは論理的思考にも優れていたが・・・。あの明神がやるわけが無いと彼の頭の中から声がした。すると別の声が彼は理屈が通れば何でも出来ると言った。たしかにどちらも真実だった。明神は学生時代から自分にお面をかぶせているような警戒心を持ち、そして気持ちは顔には表れない特質があった。明神は理屈が通ればたとえ自分を貶めることさえ出来ると言っていた。だからこそ不気味だった。彼が真犯人なのか、それとも無罪なのか?二つの勢力が彼の頭の中で戦いを繰り広げていた。
3
とある雑貨屋のレジの女性は十一時を時計が知らせたのを聞いた。彼女の視界は徐々にぼやけ始めていた。店長さんはもう帰ってしまったし、自分は夜勤だった。するとドアのベルが鳴った。うとうとしていた彼女は飛び起きた。
「いらっしゃいませ」
と眠い声でお客さんに接待した。目を上げるとそこには明神が立っていた。
「こんばんは、許斐(このみ)今日子(きょうこ)さん。金色の時計塔を買いに来ました」
えっ。彼女はあせった。明神が金色の時計塔を買うということはこの店にはもう来ないということを意味しているからである。なぜなら彼は金色の時計塔を目当てでこの店に来ていたのであってほかのショーウィンドーの商品を眺めに来ていたのではない。彼女は明神に好意を寄せ始めていたのだった。
「何円でしたっけね?」
明神の口調が気になった。彼はいつも店長の女性が怖くていつも声がどこか弱弱しかったが、今の声は自信に満ち溢れた力強い声だった。もしかしたら前に訪れたときに店長の女性に言われた言葉がきっかけになっているのかもしれない。だけど商品を売らないと言う態度を示しては店員としては失格なので10万円です、と答えた。
「わかりました。えーっと」
また明神の口調が気になった。なんだかやさしい声になったような気がした。
「なんで急に買いに来たんですか?」
彼女は失礼だと思いながらたずねた。明神は何も言わず立っていた。財布から一万円札を十枚抜き出し黙ってレジに置いた。やっぱり失礼だったかと彼女は少し後悔した。明神はそのまま支払いを済ませ、店から出ていった。
ふーっ、とため息をついた瞬間、またドアが開いた。
「い、い、いらっしゃいませ!」
眠気と驚きで答えたのでお客さんに失礼だったかもしれない。だが入ってきたのはまた明神だった。
「あ、明神さん。今度はどうしたんですか?」
彼女が聞くと明神は一瞬にして硬い表情になった。なにかを決意したような表情だった。
「裏に回れませんか?」
明神が言った。彼女は戸惑った。だがコックリとうなずいた。
裏の路地は薄暗かった。なんで自分をこんなところまで連れてきたんだろう?と自分自身に問いかけてみたが、答えは返ってこなかった。
「あの、明神さん?」
問いかけたが、答えは無かった。自分がひとりになった感じがして寒気が差した。だが明神が突然振り返った。
「ここなら誰からも見られませんね?」
「そうですが・・・」
すると明神はいろんな方向に注意を向けながら言った。
「逃げてください」
「え!?」
「繰り返します、逃げてください」
「なんでですか!?」
「貴女が近辺で起こっている殺人事件の犯人でしょう?」
「え!?」
彼女は凍りついた。なぜこの男は知っているんだ?私の秘密を・・・。読心術で心を読まれたみたいな感じがした。だが明神にはうそは通用しなさそうな気がした。
「なんで私がそんなことを・・・」
思わずうそをついてしまった。明神の目がジロッと彼女を見つめる。
「赤いブレスレット。今日はつけてませんね・・・」
「は!」
彼女はそのブレスレットを前から探していた。
「貴女のブレスレット、これですよね?」
明神がポケットから取り出したのは精巧な細工がしてある赤いブレスレットだった。
「どこでそれを・・・?」
「室井浩輔という哀れな男性が倒れていた家のカーペットに落ちていました。争ったときに落としたのでしょう?まあ、気づかなくても当然ですがね・・・」
彼女はますます動揺した。彼女は全ての証拠を抹消したと思っていた。だが明神は・・・この男は動かぬ証拠を持っている。
「私はこのブレスレットを前、店に来たときあなたがはめているのを見ました。探偵をやっていて普段から記憶力がいいので、殺人現場に落ちていたときすぐあなたのものだとわかりました」
彼女はうなだれた。
彼が一瞥しただけでこれだけ見抜いたならば、警察や検察が見抜けないわけがない。たぶんだから逃げよ、と言っているのだ。だがなぜ明神が?
「あの・・・なんで警察に言わなかったんですか?」
「え・・・?」
明神もこの質問はあまり想像していなかったらしい。明らかに動揺していた。
「それは・・・その・・・えーっと・・・。あ、でもあなたは捕まりたくないでしょう・・・?」
「それはそうですが・・・」
それだけではまだ不十分と言う眼差しを明神に向けた。
「と言うことは、あなたは赤いブレスレットだけで私が犯人だと見たんですね?それだけでは不十分ではないですか、証拠として」
失礼を承知しながら彼女が言った。すると明神はポケットに手を突っ込み、なにかを手探りで探し出した。指輪だった。
「これ、貴女のですよね?」
今度こそは本当の動かぬ証拠だった。だがそれを気取られてはいけない。彼女はうそをついた。
「違います。似ていますが・・・」
すると明神が今度は指輪の中をみせた。そこには「Kohsuke loves Kyoko」と刻まれていた。
「もう一度聞きますがこれ、貴女のですよね?」
「知りません!コウスケなんて人!」
彼女は叫んだ。街路地にこだまの様に響いた。
「まだ白を切るつもりですか・・・。ではこの人はご存知ですよね?」
男の写真を出した。彼女は明らかに動揺した。彼女の元彼氏であった。
「知っているんですね・・・。これを見てください」
二枚目に明神が出した写真は二件目の殺人事件だった。まったく同じ男が写っていた。まったく違う状態で・・・。
「あなたが殺したんですよね・・・。いいかげん自供したらどうですか?私はあなたの味方ですよ」
“味方”・・・。この言葉に彼女は初めて明神を信用したらしい。
「はい、あの日、私は偶然あなたが住む路地を歩いていました。スーパーの帰りでした・・・」
こうして彼女は初めて語り始めた・・・
明神は路地を歩いていた。
花を売っている店を見てふと笑った。なぜなら花の店には彼にとって特別なものがいる店だからである。彼はドアを開けた。はーい、と二十四時間勤務の女性が答えた。
明神を見ると彼女は微笑んだ。そして指差した。
「明神さん、お目当ての品はあちらですよ」
そう、明神は毎回気に入っている品を見に来ているのだ。一流大学を卒業後、会社勤めを経て探偵になった。気に入っている品は古い時計塔の金色模型で、彼の収入では手が届かないような高価な品だった。彼のもう一つの目当てが、たったいま彼に向かって微笑んでくれたレジの彼女だった。彼女は別れた夫の手を逃れてこの店にやってきたらしい。
明神は金の時計塔を素手でなでた。すると店の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「明神さん!またあんたですか。何度言ったらわかるんですか?素手では触らないでください!」
それは店長の女性だった。怒鳴られた後にあわてて店を出るのも定番になってきた。彼はすぐさま別れの言葉も聞かずに路地に飛び出した。そしてふと思った。店長さんの顔を少しも見ていないな、と。そこでそーっと店に忍び寄ってみた。すると店長さんがレジの彼女を怒鳴りつけているところを目撃してしまった。彼はまた一目散に走った。心臓が踊っている。だが走り続けた。
街路地を越えたところに明神の家はある。家といっても事務所をかねている、アパートスズキ壮が彼の家だ。彼は二階に上がった。そこにはおなじみの猫がいた。ゴロゴロとのどを鳴らすので明神は勝手にゴロと名づけていた。ゴロは明神が家に帰ってくるとまたしても家に入りたがった。明神はなぜ猫が入りたがっているのかを知っていた。
彼の家の隣にすんでいる菅田さんは猫が嫌いなくせに猫を飼ってしまったというひねくれものだった。もっとも彼の娘は喜んだが。家に帰るといつも隣の怒鳴り声が聞こえる。最近の調子だと仲がうまく行ってないらしく、娘さんが家出するのも時間の問題だ。
ゴロはいつも明神のクッションを占領して寝てしまう。菅田さんはもうもらってくれと言っているが餌代がかかるので一応預かっているという形でゴロはうちに来ている。彼の本棚には推理小説や探偵ものがいっぱい並んでいて、へたをするとゴロが倒してしまうかもしてない本の塔もあった。彼のお気に入りは明智小五郎と古畑で、その本はそこらじゅうに散らかっていた。デスクとして使っている硬いダンボールは引越し業者がきたときにもらった。そんな彼でも頭脳は抜群だった。明地小五郎よりも先に犯人を見破るほどだった。だから普通な推理小説などはつまらない。そんな時彼の友人が言った。
「お前が推理小説書けばいいじゃないか。そして誰もわからないようなトリックを考えてやれ。俺が第一読者になるからさ」
そんな一言で僕の探偵兼推理小説家の日々が始まった。僕が最初に書いた小説は誰もトリックを見破れなかった。次に書いた小説も、また次に書いた小説もトリックが複雑で誰も解けなかった。そんな彼の本は友人の手を経て連載されるようになった。これで少しは収入の足しになるだろうと明神は思った。
一方、依頼者もどんどん増えていった。雑誌への連載が増えたせいでもあるが、そこまで増えてしまうとだらけていた毎日が恋しくなった。収入はどんどん入っていった。カリスマ探偵の地位までのし上がった。だがまだ金色の時計塔には手を出していなかった。彼の本望、金色の時計塔の入手は最終段階として計算していたのである。
彼はいくら高い料亭の料理を食べても、いくら高い服を着ても金色の時計塔のことをいつも思っていた。
ある日、彼は十年ぶりにあの店を訪ねた。金色の時計塔はまだショーウィンドーの中に納まっており、あのレジの女性もまだそこにいた。十年分老けたといってもまだ美しい女性だった。腕に赤いブレスレットをはめ、明神が店に入ってくると彼女は歓迎した。
「あら、明神さん!十年ぶりですね。まだあなたのお気に入りの品はまだありますよ」
そして店長の女性が出てきた。彼女はふてぶてしい顔で明神を見た後、こう言った。
「あなたが来てくれないと調子が出ませんでしたよ」と。彼は初めて彼を必要とする人間がいると言うことを知った。
翌日。彼はいつもどおりの職務をこなしていた。午前中には痴漢を訴える女性が来て話をした。三時には出版社へ向かい、彼が書いた十本目の推理小説の原案を手渡した。四時に帰宅した時だった。彼の事務所の周りにパトカーと数人の警察官が立っていた。明神を見ると刑事は尋ねた。
「あなたが明神剛さんですね。あなたの家で死んだ女性の遺体が見つかりました」
そのとき、彼は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
2
「彼女の名前は須崎三千代。68歳。勤め先はここから十分もしない雑貨屋。あなたはこの雑貨屋の常連でしたね」
暗い取調室では刑事と容疑者が一対一(サシ)で対立する。もっとも明神は容疑者側になるとは想像していなかった。
一分ぐらい立ってから明神ははい、と答えた。
「それから被害者は自宅に帰宅。それからテレビを見てから夜の散歩へ。それから家には戻ってこなかった。これは隣の家に住む50歳の老人からの証言です。では聞きましょう。そのときあなたは何をしていましたか?」
この質問の答え方でアリバイの信憑が問われるだろうと明神は思った。だから頭の中で巧妙な構図を組み立てた。
五分後、明神が言った。
「私は痴漢事件の捜査書の整理と小説の執筆をしていました」
「何時間ぐらいですか?」
「かれこれ6時間ぐらいでしょうかね。なんせやっているうちに夜が明けてしまったもので」
「ほう、そんなに熱心に」
「はい、それが仕事なので」
刑事は質問攻めをやめた。そして改めて明神に向かって座りなおした。
「ではそれを立証できる証拠はありますか?」
鋭い質問だった。これもアリバイの信憑が問われる。十分考えた。そして言った。
「隣の人の所まで鍵の音が聞こえるはずです。六時間ずっと鍵の音が聞こえなかったなら部屋に六時間はこもっていることとなります。僕が帰宅したのが9時。それから六時間後は午前5時。その時間から事務所に出ていました。だからおとといは一度も眠っていませんね。昨日かえってぐっすりと眠るはずでしたが・・・」
「これはすいません」
刑事が謝った。明神はこの刑事の態度が気になった。完璧すぎたか・・・?。アリバイが完璧すぎるほど人間はそれを崩したくなるものだ。どうだろう?彼は困惑したようだった。アリバイが完璧すぎるのだろう。
「わかりました。すぐお隣さんに連絡してアリバイを証明してみましょう。お手数ですがお待ちください」
「わかりました」
ふう。明神はふと息をつかずに入られなかった。今第一の関門を抜けたのである。
そういえば、須崎三千代さんって誰だろう?あの雑貨店のレジの人はそんなに年じゃないし、店長さんは70を言ってそうだ。そう考えてみると誰なんだろう?
警察からはお隣さんからの証言により釈放された。家に帰ったのは九時過ぎで、あの雑貨屋にもよる暇が無かった。お隣さんにお礼を言うと彼は家の中に入った。
彼は眠かった。十分ともしないうちに眠りに落ちた。彼は疲れていた。ついつい時計を無視して朝の九時まで寝てしまい、翌日事務所のマネージャーに怒られた。今日の事件は麻酔自殺未遂が一件、強盗が一件、そして殺人事件が一件だった。
彼が殺人現場に行ったときには昨日の取調べをした刑事が立っていた。
「ああ、明神さん!」
彼は声をかけた。明神はきちんと会釈を返した。すると彼は会釈に答えた。
殺人現場は悲惨なものだった。家具や時計はあちらじゅうにとびまわっており、検察官も来ていた。
「お、明神!」
検察官の一人が声をかけた。彼の刑事時代の親友、田中友康だった。
「お前がこんな事件にも首を突っ込んでいるとは知らなかったな」
彼らは笑った。
「だがこんなところまで捜査をしにくる検察官も検察官だろ」
「まあ、そういうな。俺の性格は知っているだろう?自分の目で確かめなきゃいけないタイプでね。そのせいで警察からクレームもらったって知ったこっちゃない。ところでお前、元気か?」
「ああ、元気だよ。昨日なんか警察の取調べをこの年で受けたんだぜ」
「お前、なにかしたんじゃないか?痴漢とか・・・?」
「はあ?俺がそんなことやる人間に見えるかよ?警察はそんな痴漢事件ではなく殺人事件の容疑者として取り調べたのさ」
すると田中は急に考え出した。田中の昔からの癖だった。彼は会話の途中でいきなり考えをめぐらしだす。そして答えを導き出すのがいつものパターンだった。
「その殺人事件、どこで起こったんだ?」
「迷惑なことに俺の家の中さ」
「ふーん、お前の家の中・・・」
彼はまた考え込み始めた。明神は一人、殺人現場へと向かった。
「鑑識さん、なにかおかしな点はありますか?」
「うーん、ちょっとしたことなんですがね」
「はい?」
鑑識のおじさんは被害者の口の中を指差した。
「歯が無くなっているでしょう?おかしいと思いませんか?どんなに強くぶってもここまで歯はなくなりませんよ。彼はまだ二十歳過ぎなので入れ歯ということもなさそうですしね・・・」
ふーん。たしかに変なことかもしれない。明神が思った。被害者の男性は無残にも大の字に倒れていた。
二つの殺人事件の関連性は・・・?
明神は自宅のデスクで考えていた。どちらも自宅から百メートルもしないところで起こっており、自分にももしかしたら関係があるのかもしれないと思うと背筋がブルッとするのだった。彼は自分では誰にも恨みを買っていないと思っていた。彼は誰かと交わることをあまり得意としなかったし、第一彼のコミゥニティーの小ささには誰もが気づいているだろう。コミゥニティーの輪を広げようと努力したことはないしようとする気も無かった。彼はただ明日のことを思って生きてきたと自分自身では思っている。だが金色の時計塔は別だった。彼は初めて、真実の次ぐらいにきれいなものが存在することを知った。明日のことでもなく未来のことでもないものにお金を費やすと言う欲望が彼の心の中を徐々に広がっていった。
検察庁では田中が推理していた。二つの殺人事件が彼の友人の半径百メートル以内で起こっており、最悪の場合明神までもが狙われることを恐れていた。だがもしかしたら明神が犯人なのではないか?彼は文学と数学については天才だったし、考古学もすごかった。学年ではいつもトップの成績だった。かれは論理的思考にも優れていたが・・・。あの明神がやるわけが無いと彼の頭の中から声がした。すると別の声が彼は理屈が通れば何でも出来ると言った。たしかにどちらも真実だった。明神は学生時代から自分にお面をかぶせているような警戒心を持ち、そして気持ちは顔には表れない特質があった。明神は理屈が通ればたとえ自分を貶めることさえ出来ると言っていた。だからこそ不気味だった。彼が真犯人なのか、それとも無罪なのか?二つの勢力が彼の頭の中で戦いを繰り広げていた。
3
とある雑貨屋のレジの女性は十一時を時計が知らせたのを聞いた。彼女の視界は徐々にぼやけ始めていた。店長さんはもう帰ってしまったし、自分は夜勤だった。するとドアのベルが鳴った。うとうとしていた彼女は飛び起きた。
「いらっしゃいませ」
と眠い声でお客さんに接待した。目を上げるとそこには明神が立っていた。
「こんばんは、許斐(このみ)今日子(きょうこ)さん。金色の時計塔を買いに来ました」
えっ。彼女はあせった。明神が金色の時計塔を買うということはこの店にはもう来ないということを意味しているからである。なぜなら彼は金色の時計塔を目当てでこの店に来ていたのであってほかのショーウィンドーの商品を眺めに来ていたのではない。彼女は明神に好意を寄せ始めていたのだった。
「何円でしたっけね?」
明神の口調が気になった。彼はいつも店長の女性が怖くていつも声がどこか弱弱しかったが、今の声は自信に満ち溢れた力強い声だった。もしかしたら前に訪れたときに店長の女性に言われた言葉がきっかけになっているのかもしれない。だけど商品を売らないと言う態度を示しては店員としては失格なので10万円です、と答えた。
「わかりました。えーっと」
また明神の口調が気になった。なんだかやさしい声になったような気がした。
「なんで急に買いに来たんですか?」
彼女は失礼だと思いながらたずねた。明神は何も言わず立っていた。財布から一万円札を十枚抜き出し黙ってレジに置いた。やっぱり失礼だったかと彼女は少し後悔した。明神はそのまま支払いを済ませ、店から出ていった。
ふーっ、とため息をついた瞬間、またドアが開いた。
「い、い、いらっしゃいませ!」
眠気と驚きで答えたのでお客さんに失礼だったかもしれない。だが入ってきたのはまた明神だった。
「あ、明神さん。今度はどうしたんですか?」
彼女が聞くと明神は一瞬にして硬い表情になった。なにかを決意したような表情だった。
「裏に回れませんか?」
明神が言った。彼女は戸惑った。だがコックリとうなずいた。
裏の路地は薄暗かった。なんで自分をこんなところまで連れてきたんだろう?と自分自身に問いかけてみたが、答えは返ってこなかった。
「あの、明神さん?」
問いかけたが、答えは無かった。自分がひとりになった感じがして寒気が差した。だが明神が突然振り返った。
「ここなら誰からも見られませんね?」
「そうですが・・・」
すると明神はいろんな方向に注意を向けながら言った。
「逃げてください」
「え!?」
「繰り返します、逃げてください」
「なんでですか!?」
「貴女が近辺で起こっている殺人事件の犯人でしょう?」
「え!?」
彼女は凍りついた。なぜこの男は知っているんだ?私の秘密を・・・。読心術で心を読まれたみたいな感じがした。だが明神にはうそは通用しなさそうな気がした。
「なんで私がそんなことを・・・」
思わずうそをついてしまった。明神の目がジロッと彼女を見つめる。
「赤いブレスレット。今日はつけてませんね・・・」
「は!」
彼女はそのブレスレットを前から探していた。
「貴女のブレスレット、これですよね?」
明神がポケットから取り出したのは精巧な細工がしてある赤いブレスレットだった。
「どこでそれを・・・?」
「室井浩輔という哀れな男性が倒れていた家のカーペットに落ちていました。争ったときに落としたのでしょう?まあ、気づかなくても当然ですがね・・・」
彼女はますます動揺した。彼女は全ての証拠を抹消したと思っていた。だが明神は・・・この男は動かぬ証拠を持っている。
「私はこのブレスレットを前、店に来たときあなたがはめているのを見ました。探偵をやっていて普段から記憶力がいいので、殺人現場に落ちていたときすぐあなたのものだとわかりました」
彼女はうなだれた。
彼が一瞥しただけでこれだけ見抜いたならば、警察や検察が見抜けないわけがない。たぶんだから逃げよ、と言っているのだ。だがなぜ明神が?
「あの・・・なんで警察に言わなかったんですか?」
「え・・・?」
明神もこの質問はあまり想像していなかったらしい。明らかに動揺していた。
「それは・・・その・・・えーっと・・・。あ、でもあなたは捕まりたくないでしょう・・・?」
「それはそうですが・・・」
それだけではまだ不十分と言う眼差しを明神に向けた。
「と言うことは、あなたは赤いブレスレットだけで私が犯人だと見たんですね?それだけでは不十分ではないですか、証拠として」
失礼を承知しながら彼女が言った。すると明神はポケットに手を突っ込み、なにかを手探りで探し出した。指輪だった。
「これ、貴女のですよね?」
今度こそは本当の動かぬ証拠だった。だがそれを気取られてはいけない。彼女はうそをついた。
「違います。似ていますが・・・」
すると明神が今度は指輪の中をみせた。そこには「Kohsuke loves Kyoko」と刻まれていた。
「もう一度聞きますがこれ、貴女のですよね?」
「知りません!コウスケなんて人!」
彼女は叫んだ。街路地にこだまの様に響いた。
「まだ白を切るつもりですか・・・。ではこの人はご存知ですよね?」
男の写真を出した。彼女は明らかに動揺した。彼女の元彼氏であった。
「知っているんですね・・・。これを見てください」
二枚目に明神が出した写真は二件目の殺人事件だった。まったく同じ男が写っていた。まったく違う状態で・・・。
「あなたが殺したんですよね・・・。いいかげん自供したらどうですか?私はあなたの味方ですよ」
“味方”・・・。この言葉に彼女は初めて明神を信用したらしい。
「はい、あの日、私は偶然あなたが住む路地を歩いていました。スーパーの帰りでした・・・」
こうして彼女は初めて語り始めた・・・
水滸伝外伝 行者・武松の巻
広大な大地
大地を潤す大河
中国文明は大河を中心に栄えた・・・
この大地を無数の英雄豪傑が駆け巡り
ひとつの歴史を作っていった
人々はこれらの話を語り継ぎ、
いつのまにかスケールの大きな物語をなしていった
今でもこの大地はこれらの人々の話を静かに語りかけてくれる
「水滸伝」もそのひとつである。
今回は水滸伝に語られることのなかった行者の武松の物語である。
彼は歩いていた。何もない大地を。
修行に出てから三年。そろそろ故郷も侘しくなる。彼はそのために彼の故郷、清河県へ帰郷のたびに出た。長い旅だった。都から数十里。歩くこと十日。ようやく清河県の手前、景陽岡にさしかかった。のどが渇いた。そう思ったとき、すぐそこに酒屋を見つけた。
「ちょうどいい、岡を越える前にのどを潤しとくか」
そういって酒屋に入った。
「ごめん。おやじ、酒はあるのか?」
奥から主人が出てきた。
「ヘイヘイございますとも。この地の地酒で「景陽酒」というんです。とても強いお酒で三杯も飲むと足腰が立たなくなるぐらいでして」
「ほう・・・」
なんなら、ためしてやろう。そう思った。出されてきたお酒を飲み干した。のどにしみる、旨い酒だった。気に入った。
「おやじ、気に入った、何杯でももってきてくれ」
そういった。おやじは心配そうだった。そんなこともおかまいなしに武松は飲み続ける。とうとう二十杯飲んだところで代金を払って出て行った。ふらふらと出て行く。するとおやじが声をかけた。
「そちらは景陽岡ですぜ。」
「それがどうした?」
「驚いたな、旦那は何も知らないんですかい?そちらには人食い虎が出るんですよ」
「どうすればいい?」
「松明をもって三十人ぐらいでワイワイしながらいくんでさぁ」
「そんな面倒くさいことはやってられん。俺は行くぞ」
「あぁっ・・・」
武松はよった勢いかそうではないのかわからないような勢いで景陽岡に入っていった。
それを見守っていた主は下手人を連れてつけていくことにした。武松が野垂れ死にしたら有り金を奪う算段である。前にも武松のような強情ものが景陽岡に入っていったことがある。三日たって恐る恐る強情ものの足跡をたどってみたら骨がぽつりと残っていただけで彼の姿はなかった。そして骨の周りには虎の足跡と見られる痕跡がたくさん残っていたというわけである。そのことをお代官様におつたえすると、その人食い虎を倒したものには大金が授与される、ということとなった。何人もの猟師がその大金に目を奪われ、こぞって景陽岡に入っていったが帰ってはこなかった。住民たちも恐れをなして、次からはあまり景陽岡を越さないようにし、もしどうしても越さなければならないときは松明を振りかざし、三十人ぐらいの集団で騒ぎながら行く、ということになった、というわけである。さてさて武松は大丈夫なのか?
岡の中腹に差し掛かったとき、武松はふらふらとあぶない足取りになり、そして近くの石に倒れこみ、いびきをかき始めた。それを見ている黒い影があった。草むらから出てきた大柄な虎をみて、酒屋の親父は肝を冷やした。彼が虎を見るのは初めてではないが、この虎ほど大柄な虎を見たことがなかった。人食い虎。のっしりのっしりと武松に近づいていく。武松もさすがにその殺気に気づいたらしく、目を覚ました。自分の状況を把握し、こぶしを構えた。虎がちょうど顔の上に来たとき、武松は小手を虎の顔にくわえた。ぐわっ。虎が離れる。予想外の攻撃だったらしい。武松は体勢を立て直し、こぶしを構えた。
「来い。今までの骨抜きどもと違うことを証明してやるわ」
飛び掛ってきた虎にこぶしで殴りつけた。当然虎は反撃に出る。武松の肩に引っかき傷をつくる。服がびりびりと音を立てて破れた。それにしてもなお、武松は攻撃し続ける。そしてとうとう虎を崖っぷちまで追い詰めた。虎が咆哮していると、武松は飛び上がり、虎を崖から蹴り落としてしまった。
その一部始終を見ていた酒屋のおやじは肝をまた冷やしてしまった。勝った。あの若者が勝った。もう、怖いものはない。この峠も一人で渡れる。どれだけ住民が感謝することか。武松は英雄になるだろう。すると嫉妬心を覚えた。
お代官様に報告するとそれはたいそうお喜びになられた。長年の頭痛の種、人食い虎がこのたびどこから来たかもしらぬよそ者の若者に倒されたのである。武松は英雄だった。彼は千両を授与され、
「これで酒のお金には困りませぬ」
といってのしのしと立ち去ろうとした。するとお代官が引き止めた。
「おい、そち、わしの元で仕えないか?」
「いえ、わたしは礼儀も知らぬただの酒人でして・・・」
「いやいや、虎を倒されるような剛毅なお方。わたしのもとにいる、というだけで自慢できますわい。どうじゃ、兵隊頭にしてやるぞ。」
「では・・・おおせのとおりに・・・」
こうして武松は代官の黄元の元に仕えることとなったのである。
兵隊頭となった武松を知らぬものはなかった。
長い間景陽岡を徘徊していた人食い虎を素手で倒したという、その出来事には誰でもしびれてしまった。
また、彼は住民にはやさしく、兵隊たちには武芸を教えるなど、役人としても良い人であった。
「清河県の手前で、こんなことになってしまうとはな。だけど、仕えられるならいい。清河県には休暇に行こう」
そう思い、次の休暇の準備を始めた。
あるひ、大通りを歩いていた、武松は思わぬ人を見つけた。彼の兄、武大であった。
「兄さんっ!兄さんは清河県に住んでいるのかと思っていたよ」
「おお、武松!」
武大は武松を抱きしめた。武大の背たけは武松の胸の辺りであったので、子供を抱きしめる親みたいな姿であった。
「どうしたんだ、景陽岡なんかで」
「兵隊頭になったんだ」
「へぇっ~!お前ならなれると思っていたけど、なったんだな。よかったな。我が家に来ないか?」
「喜んでいくよ。」
「あと・・・」
「なんだい?」
武大が頬を赤らめた。
「わしゃ、結婚したんじゃ」
「えっ!それはおめでたい!」
「でも、恋愛結婚でも政略結婚でもないんだ」
「じゃ、なんで?」
「まあ、聞いてくれ。今の女房、藩金連というんだが、前まで清河県のお偉い方の奴隷女だった。ある日、おれの女房は満座のなかで、ご主人様を辱めてしまったと。すると、そのご主人様はその仕返しに県の中で一番醜い男と結婚させたんだ」
「その一番醜い男が・・・」
武松は武大の顔をちらりと見た。武大の顔は一般の人々からすると、醜かった。だが彼のよいところは素直なところとよく働くことだった。
「どうでもいいよ、兄さん。幸せな家庭を拝見しよう」
武松が武大を彼の家へと促したんた。
訪れてみると、妻はかなりの美人だった。また、その顔も化粧がかっていて一段と光を増していた。
「あなた、このお方は・・・?」
「武松、おらの弟だ」
藩金連は驚いた。
「では、あの虎殺しの・・・」
「評判は届いているようですね・・・。そうです、私が景陽岡の虎を殺した、武松です。今は知事の勧めで兵隊頭をやっています」
「さあさあ、お酒でも召し上がってください」
すい金連に勧められ、つい日暮れまで飲んでしまった。飲んでいる間、武松は彼女を観察していた。
「おかしい・・・。こんな美しい女が兄のような男とうまくやっていけるのだろうか・・・?」
そう思った。
「もうちょっといらしてくれればよいのに・・・」
武大が言った。
「いや、俺も役人の身。いくらお兄さんの家でだって、昼間からお酒飲んでいるようじゃだめだよ」
そういって足早に去っていった。
武松は帰り道に今朝、ムシロを織っていた小僧に会った。
「へぇー、あなた武松さんなんだってね。だけど、あの豆売りの武大さんと強大だなんて知らなかったよ」
小僧が声をかけた。
「僕、あなたを尊敬しているんだ。だから教えるけど・・・」
「うん・・・?なんなんだ?」
「実は・・・武大さんの奥さん、いるでしょ。その奥さんは西門慶と仲がいいんだ。いつも武大さんが豆売りに出かけたときにやってきて、イチャイチャするんだ。たまにキスもするんだよ」
「西門慶・・・。名前に覚えがあるぞ・・・確か・・・薬問屋で県一の大金持ちだろう。ふむ・・・。ありがとう、ぼうや」
小僧が行った後で、武松は立ち尽くしていた。
「直感は当たっていた。やはりあのような女は兄貴とうまくいっていない・・・」
朝日がすべてを照らし出す。
真実もうそも・・・。
「ご主人はもうお出かけかな?」
男の声がした。さっきから扉をたたいている。
武大の妻、藩金連が応答する。
「あら、西旦那!会えてうれしいわ」
「こちらこそ」
二人はキスを交わした。
その様子をじっと見ているものがいた。武松である。
「小僧の言っていたことはあたっていた」
武松は素早く大通りに向かった。するとそこに人だかりがある。武松が掻き分けて行くと、そこには武大の無様な姿があった。
そこらじゅう殴り傷があり、血だらけだった。
「兄貴!」
武松が駆け寄る。そっと医者がやってくる。
「武大さんですね。豆売りの・・・。こりゃひどい・・・」
武大は虫の息だった。六人がかりで彼の家に安全に運び込むとそこには西門慶と藩金連が不倫をしている現場があった。あわてて離れる二人。
「姉さん、これはどういうことだ!」
武大が西門慶を殴りつける。虎を殴り殺したこぶしである。西門慶は即死してしまった。
「あわわわ・・・」
藩金連が逃げ出す。すると医者がとっさに砂をかけた。藩金連の目が見えなくなった。その間に役人たちが彼女を取り押さえる。
「あ・・・あ・・・藩・・・金・・・れん・・・」
武大が虫の声で呼びかけた。
「兄さん!」
武松が駆け寄る。
「武松か・・・。これが最後の言葉になるかもしれん・・・。聞いてくれるか・・・?」
「おう・・・」
武大が話し始める。
「実は西門慶と妻が不倫していることはわかっていた・・・。だが、あえて二人を止めなかった・・・。どちらにしろ・・・俺みたいな醜くくて貧乏な男より金持ちで有力者の西旦那に結婚をすすめようとしていた・・・だが・・・無念じゃ・・・。わしは金連を幸せにできなかった・・・。だからわしに不良を送ってわしを殴り殺そうとしたのであろう・・・。ゴホッ・・・。すまぬ・・・金連・・・」
藩金連はたったいま、武大の心の深さを知った。だが、遅すぎた。
武大は死んだ。
最後まで愛していた妻の横で・・・。
「あなた・・・っ!」
藩金連が良人の亡骸に抱きつく。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
武松の咆哮が空を震わせていた。
こうして、すべてのことが片付いた。
武松は殺人者として、逮捕され、東京に送られた。
藩金連は毒婦として、男と十年間交わることができないという罰を受けた。
また、武大を死に追いやった不良たちはなぜか死んでみつかった。
人々は武大の怨霊が殺したのだ、とうわさしあった。
真実は解明されていない。
水滸伝外伝・行者武松の巻
完
筆者あとがき:
これは古典「水滸伝」の外伝です(文字通り)。
武松は結構好きなキャラです。
多分この「水滸伝」、続きます。
もしかしたら本編もやります。乞うご期待。
大地を潤す大河
中国文明は大河を中心に栄えた・・・
この大地を無数の英雄豪傑が駆け巡り
ひとつの歴史を作っていった
人々はこれらの話を語り継ぎ、
いつのまにかスケールの大きな物語をなしていった
今でもこの大地はこれらの人々の話を静かに語りかけてくれる
「水滸伝」もそのひとつである。
今回は水滸伝に語られることのなかった行者の武松の物語である。
彼は歩いていた。何もない大地を。
修行に出てから三年。そろそろ故郷も侘しくなる。彼はそのために彼の故郷、清河県へ帰郷のたびに出た。長い旅だった。都から数十里。歩くこと十日。ようやく清河県の手前、景陽岡にさしかかった。のどが渇いた。そう思ったとき、すぐそこに酒屋を見つけた。
「ちょうどいい、岡を越える前にのどを潤しとくか」
そういって酒屋に入った。
「ごめん。おやじ、酒はあるのか?」
奥から主人が出てきた。
「ヘイヘイございますとも。この地の地酒で「景陽酒」というんです。とても強いお酒で三杯も飲むと足腰が立たなくなるぐらいでして」
「ほう・・・」
なんなら、ためしてやろう。そう思った。出されてきたお酒を飲み干した。のどにしみる、旨い酒だった。気に入った。
「おやじ、気に入った、何杯でももってきてくれ」
そういった。おやじは心配そうだった。そんなこともおかまいなしに武松は飲み続ける。とうとう二十杯飲んだところで代金を払って出て行った。ふらふらと出て行く。するとおやじが声をかけた。
「そちらは景陽岡ですぜ。」
「それがどうした?」
「驚いたな、旦那は何も知らないんですかい?そちらには人食い虎が出るんですよ」
「どうすればいい?」
「松明をもって三十人ぐらいでワイワイしながらいくんでさぁ」
「そんな面倒くさいことはやってられん。俺は行くぞ」
「あぁっ・・・」
武松はよった勢いかそうではないのかわからないような勢いで景陽岡に入っていった。
それを見守っていた主は下手人を連れてつけていくことにした。武松が野垂れ死にしたら有り金を奪う算段である。前にも武松のような強情ものが景陽岡に入っていったことがある。三日たって恐る恐る強情ものの足跡をたどってみたら骨がぽつりと残っていただけで彼の姿はなかった。そして骨の周りには虎の足跡と見られる痕跡がたくさん残っていたというわけである。そのことをお代官様におつたえすると、その人食い虎を倒したものには大金が授与される、ということとなった。何人もの猟師がその大金に目を奪われ、こぞって景陽岡に入っていったが帰ってはこなかった。住民たちも恐れをなして、次からはあまり景陽岡を越さないようにし、もしどうしても越さなければならないときは松明を振りかざし、三十人ぐらいの集団で騒ぎながら行く、ということになった、というわけである。さてさて武松は大丈夫なのか?
岡の中腹に差し掛かったとき、武松はふらふらとあぶない足取りになり、そして近くの石に倒れこみ、いびきをかき始めた。それを見ている黒い影があった。草むらから出てきた大柄な虎をみて、酒屋の親父は肝を冷やした。彼が虎を見るのは初めてではないが、この虎ほど大柄な虎を見たことがなかった。人食い虎。のっしりのっしりと武松に近づいていく。武松もさすがにその殺気に気づいたらしく、目を覚ました。自分の状況を把握し、こぶしを構えた。虎がちょうど顔の上に来たとき、武松は小手を虎の顔にくわえた。ぐわっ。虎が離れる。予想外の攻撃だったらしい。武松は体勢を立て直し、こぶしを構えた。
「来い。今までの骨抜きどもと違うことを証明してやるわ」
飛び掛ってきた虎にこぶしで殴りつけた。当然虎は反撃に出る。武松の肩に引っかき傷をつくる。服がびりびりと音を立てて破れた。それにしてもなお、武松は攻撃し続ける。そしてとうとう虎を崖っぷちまで追い詰めた。虎が咆哮していると、武松は飛び上がり、虎を崖から蹴り落としてしまった。
その一部始終を見ていた酒屋のおやじは肝をまた冷やしてしまった。勝った。あの若者が勝った。もう、怖いものはない。この峠も一人で渡れる。どれだけ住民が感謝することか。武松は英雄になるだろう。すると嫉妬心を覚えた。
お代官様に報告するとそれはたいそうお喜びになられた。長年の頭痛の種、人食い虎がこのたびどこから来たかもしらぬよそ者の若者に倒されたのである。武松は英雄だった。彼は千両を授与され、
「これで酒のお金には困りませぬ」
といってのしのしと立ち去ろうとした。するとお代官が引き止めた。
「おい、そち、わしの元で仕えないか?」
「いえ、わたしは礼儀も知らぬただの酒人でして・・・」
「いやいや、虎を倒されるような剛毅なお方。わたしのもとにいる、というだけで自慢できますわい。どうじゃ、兵隊頭にしてやるぞ。」
「では・・・おおせのとおりに・・・」
こうして武松は代官の黄元の元に仕えることとなったのである。
兵隊頭となった武松を知らぬものはなかった。
長い間景陽岡を徘徊していた人食い虎を素手で倒したという、その出来事には誰でもしびれてしまった。
また、彼は住民にはやさしく、兵隊たちには武芸を教えるなど、役人としても良い人であった。
「清河県の手前で、こんなことになってしまうとはな。だけど、仕えられるならいい。清河県には休暇に行こう」
そう思い、次の休暇の準備を始めた。
あるひ、大通りを歩いていた、武松は思わぬ人を見つけた。彼の兄、武大であった。
「兄さんっ!兄さんは清河県に住んでいるのかと思っていたよ」
「おお、武松!」
武大は武松を抱きしめた。武大の背たけは武松の胸の辺りであったので、子供を抱きしめる親みたいな姿であった。
「どうしたんだ、景陽岡なんかで」
「兵隊頭になったんだ」
「へぇっ~!お前ならなれると思っていたけど、なったんだな。よかったな。我が家に来ないか?」
「喜んでいくよ。」
「あと・・・」
「なんだい?」
武大が頬を赤らめた。
「わしゃ、結婚したんじゃ」
「えっ!それはおめでたい!」
「でも、恋愛結婚でも政略結婚でもないんだ」
「じゃ、なんで?」
「まあ、聞いてくれ。今の女房、藩金連というんだが、前まで清河県のお偉い方の奴隷女だった。ある日、おれの女房は満座のなかで、ご主人様を辱めてしまったと。すると、そのご主人様はその仕返しに県の中で一番醜い男と結婚させたんだ」
「その一番醜い男が・・・」
武松は武大の顔をちらりと見た。武大の顔は一般の人々からすると、醜かった。だが彼のよいところは素直なところとよく働くことだった。
「どうでもいいよ、兄さん。幸せな家庭を拝見しよう」
武松が武大を彼の家へと促したんた。
訪れてみると、妻はかなりの美人だった。また、その顔も化粧がかっていて一段と光を増していた。
「あなた、このお方は・・・?」
「武松、おらの弟だ」
藩金連は驚いた。
「では、あの虎殺しの・・・」
「評判は届いているようですね・・・。そうです、私が景陽岡の虎を殺した、武松です。今は知事の勧めで兵隊頭をやっています」
「さあさあ、お酒でも召し上がってください」
すい金連に勧められ、つい日暮れまで飲んでしまった。飲んでいる間、武松は彼女を観察していた。
「おかしい・・・。こんな美しい女が兄のような男とうまくやっていけるのだろうか・・・?」
そう思った。
「もうちょっといらしてくれればよいのに・・・」
武大が言った。
「いや、俺も役人の身。いくらお兄さんの家でだって、昼間からお酒飲んでいるようじゃだめだよ」
そういって足早に去っていった。
武松は帰り道に今朝、ムシロを織っていた小僧に会った。
「へぇー、あなた武松さんなんだってね。だけど、あの豆売りの武大さんと強大だなんて知らなかったよ」
小僧が声をかけた。
「僕、あなたを尊敬しているんだ。だから教えるけど・・・」
「うん・・・?なんなんだ?」
「実は・・・武大さんの奥さん、いるでしょ。その奥さんは西門慶と仲がいいんだ。いつも武大さんが豆売りに出かけたときにやってきて、イチャイチャするんだ。たまにキスもするんだよ」
「西門慶・・・。名前に覚えがあるぞ・・・確か・・・薬問屋で県一の大金持ちだろう。ふむ・・・。ありがとう、ぼうや」
小僧が行った後で、武松は立ち尽くしていた。
「直感は当たっていた。やはりあのような女は兄貴とうまくいっていない・・・」
朝日がすべてを照らし出す。
真実もうそも・・・。
「ご主人はもうお出かけかな?」
男の声がした。さっきから扉をたたいている。
武大の妻、藩金連が応答する。
「あら、西旦那!会えてうれしいわ」
「こちらこそ」
二人はキスを交わした。
その様子をじっと見ているものがいた。武松である。
「小僧の言っていたことはあたっていた」
武松は素早く大通りに向かった。するとそこに人だかりがある。武松が掻き分けて行くと、そこには武大の無様な姿があった。
そこらじゅう殴り傷があり、血だらけだった。
「兄貴!」
武松が駆け寄る。そっと医者がやってくる。
「武大さんですね。豆売りの・・・。こりゃひどい・・・」
武大は虫の息だった。六人がかりで彼の家に安全に運び込むとそこには西門慶と藩金連が不倫をしている現場があった。あわてて離れる二人。
「姉さん、これはどういうことだ!」
武大が西門慶を殴りつける。虎を殴り殺したこぶしである。西門慶は即死してしまった。
「あわわわ・・・」
藩金連が逃げ出す。すると医者がとっさに砂をかけた。藩金連の目が見えなくなった。その間に役人たちが彼女を取り押さえる。
「あ・・・あ・・・藩・・・金・・・れん・・・」
武大が虫の声で呼びかけた。
「兄さん!」
武松が駆け寄る。
「武松か・・・。これが最後の言葉になるかもしれん・・・。聞いてくれるか・・・?」
「おう・・・」
武大が話し始める。
「実は西門慶と妻が不倫していることはわかっていた・・・。だが、あえて二人を止めなかった・・・。どちらにしろ・・・俺みたいな醜くくて貧乏な男より金持ちで有力者の西旦那に結婚をすすめようとしていた・・・だが・・・無念じゃ・・・。わしは金連を幸せにできなかった・・・。だからわしに不良を送ってわしを殴り殺そうとしたのであろう・・・。ゴホッ・・・。すまぬ・・・金連・・・」
藩金連はたったいま、武大の心の深さを知った。だが、遅すぎた。
武大は死んだ。
最後まで愛していた妻の横で・・・。
「あなた・・・っ!」
藩金連が良人の亡骸に抱きつく。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
武松の咆哮が空を震わせていた。
こうして、すべてのことが片付いた。
武松は殺人者として、逮捕され、東京に送られた。
藩金連は毒婦として、男と十年間交わることができないという罰を受けた。
また、武大を死に追いやった不良たちはなぜか死んでみつかった。
人々は武大の怨霊が殺したのだ、とうわさしあった。
真実は解明されていない。
水滸伝外伝・行者武松の巻
完
筆者あとがき:
これは古典「水滸伝」の外伝です(文字通り)。
武松は結構好きなキャラです。
多分この「水滸伝」、続きます。
もしかしたら本編もやります。乞うご期待。
迷う
迷いました。
変なことに迷いました。
「某芸人」:それでは最後にラップを聴いてください」
「うちのぉ学校のよぉ便器がよぉ三個あってよぉ・・・
迷うんだよ!!!」
まず床を見ますね。
前回の使用者の置き手紙(まぁなんてロマンティック・・・)がないかどうかチェック。
そしたらもうどれかにいきますね。
だけどたまに便器の中に置き手紙(まぁなん・・・;略)があることがあるのでそこをチェック。
一番きれいなところでします。
なんでだろう。なんでそうしたくなるんだろう。
別に後で掃除をするわけでもないのに。
どうしてか綺麗なものを選んでしまうのだった・・・。
どんだけぇー的な本。
しかも高っ!こんなのに1575円も払う奴いるのか?
以外に課長とか読んでそう・・・今度チェックしてみよう!
変なことに迷いました。
「某芸人」:それでは最後にラップを聴いてください」
「うちのぉ学校のよぉ便器がよぉ三個あってよぉ・・・
迷うんだよ!!!」
まず床を見ますね。
前回の使用者の置き手紙(まぁなんてロマンティック・・・)がないかどうかチェック。
そしたらもうどれかにいきますね。
だけどたまに便器の中に置き手紙(まぁなん・・・;略)があることがあるのでそこをチェック。
一番きれいなところでします。
なんでだろう。なんでそうしたくなるんだろう。
別に後で掃除をするわけでもないのに。
どうしてか綺麗なものを選んでしまうのだった・・・。
どんだけぇー的な本。
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しかも高っ!こんなのに1575円も払う奴いるのか?
以外に課長とか読んでそう・・・今度チェックしてみよう!
イカ
(多分クリックで原寸大)
イカで新しい町作っちゃいました!!!
説明しよう!「イカ」とはちードラゴンの好きな「イカ」ではなく
「イカリウム」の「イカ」なのだ。
説明しよう!2!「イカリアム」とは、
作者が今はまっているブローザーゲーのひとつなのだ!
誰かこのすごさをわかってくれないかな。。。
今、新しい町をもうひとつ作るため資金をためています。
もう一個サーファーが取れる町がほしいなぁと思いながら。
なかなか大変なんですよ。
まあ、わかる人にはわかるでしょ。
「イカ」ホームページ(英語)
eyeOS
いまひそかにブームのウェブOS(オペレーティングシステム)です。
eyeOSといってインターネット回線があればどこからでもドキュメントにアクセスできるというものです。
宿題などをアップロードして学校でインストールして使ってます。
また画像なども保存できるので結構便利。
今執筆中の「擬似建設計画」もこの中で作っています。
音楽とかもアップロードすれば聴けるんです。
公式サイト:
http://eyeos.org/
擬似建設計画 第一章。
擬似建設計画。
第一章:擬似建設計画
「ねえ、町作んない?」
そう金森から言われたのがきっかけだった。そう、それから始まったのだ。
「え?意味わかんねーよ」
そう返す。
「一番新しいゲームソフトだよ」
なんだ。そんなのか。何の話かと思ったよ。
「擬似建設計画。ってタイトルなんだけど」
単純だな、おい。まあ、やってみてもいいけど、って返すと喜んだ。そして五万円借りられた(財布から消えており、代わりにノートが挟んであ ᣣ៣̦⪣⊣㼥 ߣ⊣⋚」)。クロだ。警察に行こうか。まあ、それは冗談として自躀룁飂㣁ꣂ⣃죃ࣁ린磁룁ꣁ㣁棁䣁⊣(Ꮳᮣⲣ㼣㠣ⷣ㧣ャ㗣ጣᏣ£ⷣ㥣㟣㬣㼣ⷣ㧣㳣ⲣ㼣㠣ᮣⳣ㼣㊣㼣¨拥퓣៣≣᪣ᄣ 中古でもいいか、とブックオフに行く。なかった。
どこにあるんだ?ネットで検索してみても出てこない。今度金森に聞いてこよう。
一ヶ月経ったころだった。
ニュースをつけて見ると新町ができたとか殺人事件が起きたとかそういうニュースが耳に入り、反対側の耳から抜けていく。聞いているようで聞いていない。
そういえば結局金森はどうやってそれを手に入れたんだろう?
彼を訪ねたら留守だった。二回目も。三回目も。
変じゃないのか?
いや、偶然だろう。そう自分に納得させてからまた学校に向けて準備を始めた。
二ヶ月経った。
金森は学校に来なくなった。
家でゲームをずっとやっているという噂があった。
心配になって金森の家に行く。いた。
「お前、大丈夫か?」
たずねる。すると家の中に招き入れられる。
「これをやっていたんだ」
四角いテーブルにおいてあった箱を差し出す。タイトル:擬似建設計画。ため息。
「すごいんだぜ、このゲーム」
パソコンに戻った彼を目で辿る。体は動かない。
「すごいリアルなんだ」
へぇ。まあそのへんだったらシムシティやらシティライフ、オンラインなら箱庭列島なんてのがあるから別段驚かなかった。最近のゲームソフトはやたらリアリティーにこだわる。なぜだろう?ゲームぐらい空想の世界でいいんじゃないかと思うほどリアルな描写があるときがある。インヴェーダーのような古きよきゲームのほうがどっちかというと好きだ。
「どれどれ」といって見に行く。
インターフェイスを覗き込むとそれは会議室のような部屋だった。想像していたものと違う。
「やっと着工にかかりそうなんだ」
金森が自信気に言う。だがそれのどこがすごいのかわからない。
「最初の二ヶ月は計画からはじめるんだ。そして国家に申請、議員から了承、今は国から許可を得て予定地を探ってる」
恐ろしくリアルな建設計画だな。そう率直に思った。
「これを見てくれ」そういいながらパネルのひとつを指で押す。タッチスクリーン。ウィンドウが立ち上がる。
「これが計画書」
それは百ページにも及ぶ文書だった。予想人口図。レート。広告方法。人類分布。さまざまがこまこまとした字で書かれていた。
「これを書き終わるのに一ヶ月かかった。その間に世界中の予定地を調べた。税金も各国で違うからそれも考慮しなきむ㣁䣁ᣁꣁ룁㣁튣̣ᝣ⌣᧣cᩣᓣ퀥祣ᙣ⋣ⓣᠯ쟣͊「ルクセンブルクだよ」
どこだよそれ?町?ヨーロッパ風の響きだ。
「ドイツとフランスの国境に位置する国だ。首都のルクセンブルクではなく少し離れた商業都市バスシャルジ(Bascharage)という地区の郊外だ」
細かいな。バスシャーなんとかという都市の郊外なんてどうやって見つけたんだろう?
「お前もやんないか?擬似建設計画。はまるぜ」
お前のようにはまりたくない。断った。擬似建設計画という単語を聞いて思い出した。
「五万円返せよ」
思いっきりやられた感じだった。
あいつのほうが地理で勝っているなんて。ルクセンブルクなんて聞いたこともない。
ググってみる。以外に余生を過ごす都市として有名らしい。着目点はそこか。金森。
結局五万円返してもらえなかった。
第一章:擬似建設計画
「ねえ、町作んない?」
そう金森から言われたのがきっかけだった。そう、それから始まったのだ。
「え?意味わかんねーよ」
そう返す。
「一番新しいゲームソフトだよ」
なんだ。そんなのか。何の話かと思ったよ。
「擬似建設計画。ってタイトルなんだけど」
単純だな、おい。まあ、やってみてもいいけど、って返すと喜んだ。そして五万円借りられた(財布から消えており、代わりにノートが挟んであ ᣣ៣̦⪣⊣㼥 ߣ⊣⋚」)。クロだ。警察に行こうか。まあ、それは冗談として自躀룁飂㣁ꣂ⣃죃ࣁ린磁룁ꣁ㣁棁䣁⊣(Ꮳᮣⲣ㼣㠣ⷣ㧣ャ㗣ጣᏣ£ⷣ㥣㟣㬣㼣ⷣ㧣㳣ⲣ㼣㠣ᮣⳣ㼣㊣㼣¨拥퓣៣≣᪣ᄣ 中古でもいいか、とブックオフに行く。なかった。
どこにあるんだ?ネットで検索してみても出てこない。今度金森に聞いてこよう。
一ヶ月経ったころだった。
ニュースをつけて見ると新町ができたとか殺人事件が起きたとかそういうニュースが耳に入り、反対側の耳から抜けていく。聞いているようで聞いていない。
そういえば結局金森はどうやってそれを手に入れたんだろう?
彼を訪ねたら留守だった。二回目も。三回目も。
変じゃないのか?
いや、偶然だろう。そう自分に納得させてからまた学校に向けて準備を始めた。
二ヶ月経った。
金森は学校に来なくなった。
家でゲームをずっとやっているという噂があった。
心配になって金森の家に行く。いた。
「お前、大丈夫か?」
たずねる。すると家の中に招き入れられる。
「これをやっていたんだ」
四角いテーブルにおいてあった箱を差し出す。タイトル:擬似建設計画。ため息。
「すごいんだぜ、このゲーム」
パソコンに戻った彼を目で辿る。体は動かない。
「すごいリアルなんだ」
へぇ。まあそのへんだったらシムシティやらシティライフ、オンラインなら箱庭列島なんてのがあるから別段驚かなかった。最近のゲームソフトはやたらリアリティーにこだわる。なぜだろう?ゲームぐらい空想の世界でいいんじゃないかと思うほどリアルな描写があるときがある。インヴェーダーのような古きよきゲームのほうがどっちかというと好きだ。
「どれどれ」といって見に行く。
インターフェイスを覗き込むとそれは会議室のような部屋だった。想像していたものと違う。
「やっと着工にかかりそうなんだ」
金森が自信気に言う。だがそれのどこがすごいのかわからない。
「最初の二ヶ月は計画からはじめるんだ。そして国家に申請、議員から了承、今は国から許可を得て予定地を探ってる」
恐ろしくリアルな建設計画だな。そう率直に思った。
「これを見てくれ」そういいながらパネルのひとつを指で押す。タッチスクリーン。ウィンドウが立ち上がる。
「これが計画書」
それは百ページにも及ぶ文書だった。予想人口図。レート。広告方法。人類分布。さまざまがこまこまとした字で書かれていた。
「これを書き終わるのに一ヶ月かかった。その間に世界中の予定地を調べた。税金も各国で違うからそれも考慮しなきむ㣁䣁ᣁꣁ룁㣁튣̣ᝣ⌣᧣cᩣᓣ퀥祣ᙣ⋣ⓣᠯ쟣͊「ルクセンブルクだよ」
どこだよそれ?町?ヨーロッパ風の響きだ。
「ドイツとフランスの国境に位置する国だ。首都のルクセンブルクではなく少し離れた商業都市バスシャルジ(Bascharage)という地区の郊外だ」
細かいな。バスシャーなんとかという都市の郊外なんてどうやって見つけたんだろう?
「お前もやんないか?擬似建設計画。はまるぜ」
お前のようにはまりたくない。断った。擬似建設計画という単語を聞いて思い出した。
「五万円返せよ」
思いっきりやられた感じだった。
あいつのほうが地理で勝っているなんて。ルクセンブルクなんて聞いたこともない。
ググってみる。以外に余生を過ごす都市として有名らしい。着目点はそこか。金森。
結局五万円返してもらえなかった。
壁 -WALL-
刑務所の壁は高く、日をあまり通さない。
独房に入っている俺はなにも感じることなく、十年間を過ごした。
まだあの事件が忘れられない・・・
壁 -WALL-
十年前の1997年。
運命の事件が起こった。
斉藤隆が刺殺されているのが俺の住んでいるマンションの一室で見つかったのである。すぐさま俺は事情聴取をうけた。離婚を長年つきそってくれた妻から提出されイライラしていた矢先だったので事情聴取でも疑われ、保留された。その後、なんと俺の服から被害者のDNAが発見され、起訴された。必死に弁解しようとする俺と弁護士を無視して法廷は俺に懲役十五年の刑を言い渡した。地獄に殴りこまれたみたいな感覚だった。いきなり目の前が真っ暗になり、気がついたころには独房にいた。なんの楽しみもない独房。さて、俺は本当に殺人をしたのであろうか?いや、ちがう。俺はしていない。だがアリバイもない。今では俺はもしかしたらしてしまったのでは?と思うことがある。ああ、あと五年。何をしてすごそうか。そうしているうちに看守がやってきて誰かが俺に面会しに来た、と伝えた。俺は受けた。面会など独房に入れられた十年前に来た弁護士以来だ。会ってみるとなんとそれは殺害された被害者の斉藤だった。
「き、キミ・・・なんで・・・??」
「テストさ」
「えっ」
なんと斉藤は殺されていなかった。なんと俺をテストするために俺をはめたのだという。だというと警察も共犯か。すると斉藤がポケットの中から警察手帳をだした。
「荒川雄二、お前は覚えていないだろうがお前は警察に事情聴取を受ける前に確かに十五年の懲役をうけるほどのことをおこしている。お前のその記憶を拭い取って新たなメモリーを挿入した。その実験のためにお前は犠牲となり、記憶を刺し違えたのだ」
すると白衣姿の男が奥から出てきた。
「実験は成功ですね」
そして斉藤とともに出て行った。
「待てっ!俺はなにをしたんだ!本当は何をしたんだ!」
俺のむなしい叫びがこだましただけで何をも変えなかった。
それから十年。虚空。虚空。虚空。
「誰か俺を殺してくれ・・・」
被告・荒川雄二・・・2007年4月18日13時16分・・・心臓麻痺で死亡。
筆者あとがき
この犯人に共感できるかできないでこの作品の見方はずいぶん変わります。
あなたはどっちでしょう?
この短編はストーリーをカットし、本題の「虚空」を前面に出しました。
むなしさが出てよかったと思っています。もうちょっと書きたい部分もあります。
なんかデ○ノートみたいですね、最後。一応デ○ノート見る前に書いたので。
続編が出るかもしれない・・・!?
独房に入っている俺はなにも感じることなく、十年間を過ごした。
まだあの事件が忘れられない・・・
壁 -WALL-
十年前の1997年。
運命の事件が起こった。
斉藤隆が刺殺されているのが俺の住んでいるマンションの一室で見つかったのである。すぐさま俺は事情聴取をうけた。離婚を長年つきそってくれた妻から提出されイライラしていた矢先だったので事情聴取でも疑われ、保留された。その後、なんと俺の服から被害者のDNAが発見され、起訴された。必死に弁解しようとする俺と弁護士を無視して法廷は俺に懲役十五年の刑を言い渡した。地獄に殴りこまれたみたいな感覚だった。いきなり目の前が真っ暗になり、気がついたころには独房にいた。なんの楽しみもない独房。さて、俺は本当に殺人をしたのであろうか?いや、ちがう。俺はしていない。だがアリバイもない。今では俺はもしかしたらしてしまったのでは?と思うことがある。ああ、あと五年。何をしてすごそうか。そうしているうちに看守がやってきて誰かが俺に面会しに来た、と伝えた。俺は受けた。面会など独房に入れられた十年前に来た弁護士以来だ。会ってみるとなんとそれは殺害された被害者の斉藤だった。
「き、キミ・・・なんで・・・??」
「テストさ」
「えっ」
なんと斉藤は殺されていなかった。なんと俺をテストするために俺をはめたのだという。だというと警察も共犯か。すると斉藤がポケットの中から警察手帳をだした。
「荒川雄二、お前は覚えていないだろうがお前は警察に事情聴取を受ける前に確かに十五年の懲役をうけるほどのことをおこしている。お前のその記憶を拭い取って新たなメモリーを挿入した。その実験のためにお前は犠牲となり、記憶を刺し違えたのだ」
すると白衣姿の男が奥から出てきた。
「実験は成功ですね」
そして斉藤とともに出て行った。
「待てっ!俺はなにをしたんだ!本当は何をしたんだ!」
俺のむなしい叫びがこだましただけで何をも変えなかった。
それから十年。虚空。虚空。虚空。
「誰か俺を殺してくれ・・・」
被告・荒川雄二・・・2007年4月18日13時16分・・・心臓麻痺で死亡。
筆者あとがき
この犯人に共感できるかできないでこの作品の見方はずいぶん変わります。
あなたはどっちでしょう?
この短編はストーリーをカットし、本題の「虚空」を前面に出しました。
むなしさが出てよかったと思っています。もうちょっと書きたい部分もあります。
なんかデ○ノートみたいですね、最後。一応デ○ノート見る前に書いたので。
続編が出るかもしれない・・・!?
Progress
Progress
-プログレス-
Progress is to improve something or develop something…
by Shikao Suga
北の大地は凍えていた。
釧路市。マラソン大会。小学校高学年の部。
「ちゃんとウォーミングアップ(準備体操)してないと筋肉が動かないぞ」
彼に言われてむっときた。彼は幼馴染だった。彼もレースに出場する。
「いっつ」
「あ?筋肉痛だな。昨日あんなに走るなっていっておいたのに。聞かないからだぞ」
「るっせーな・・・。わかってるって」
(くそ・・・!ぜってーあいつより先にゴールしてやる!)
昔から負けず嫌いだけは人一倍だった。
「おい進、筋肉痛に効くぞ、これは」
といって湿布を投げた。キャッチして貼ってみるとひや~とした感触が足いっぱいにひろがった。
「サンキュ。今日はぜってー負けねーからな」
「こっちこそ」
あいつが起こしてくれる。だいぶ筋肉痛も引いてきた。
(負けてたまるか・・・!!)
進は一歩前に踏み出した。
パーン!!
冷たい空気の中に鉄砲の音が響く。
横一列でいっせいに走者が走り出す。
進は彼のことが気になった。
なんと上位にいない。
(どこだ?)
後ろを見るとなんと・・・?
転んでいた。膝から血を流していた。
(シメシメ・・・。転んでやがる)
進はそう思って足を運んだ。
二百メートル付近。
だいぶスピードが落ちてきた。
呼吸が速くなる。だがあいつに勝ったのだ。その思いが進を進ませていた。
むっ。誰かが近づいてくる。振り向いた。あいつだった・・・。
「お、お前!!なんでこんなとこに・・・!?」
膝にはバンソウコーが貼ってあった。血は止まっていた。
タタタタっ!軽快な足取りで向かってくる。
「くそ~!」
あっというまに抜かされた。だがすぐそこで速度を落とした。
「お前が・・・最下位から二番目だって・・・知っているのか・・・?」
ヒーヒーいいながらあいつが言った。
「最下位って誰だよ?」
「僕」
笑う。ということはもう一位はゴールしているはずだ。
「僕の理想な姿ってもうちょっとかっこよかったんだけどな~」
あいつが言った。え?彼も理想を追っていたのか。俺と同じで・・・。
「ずーっと探していたんだ、オレの理想の姿。だけどたぶん僕の理想は無いんだと思う」
あいつは駆け出していた。誰も知らない世界に向かっていく勇気のある、未来のある、鳥のように。
挫折してたまるか・・・!!進の足に自然と力が漲った。一歩でも・・・一歩でも前に進もう。そう決心した。
十年前・・・。
あいつと初めて会った。二歳のときだ。そのときは地域ではいじめられていた子の一人だった。あの日の僕から進歩しているのかなぁ。進は思った。誰かを許してあげたり、大切な何かを守ったり。そんなことはすべて様になってないじゃないか。だけど今、まだあいつと走っている。十年前のように。
「理想か・・・。そんなものを持っていたってしかたないだろ」
進がいった。
「そうかなぁ。理想の自分を追い続けたからこそ僕は存在するんだ。歩いてきた道のり・・・それこそが自分なんだ。理想の自分は追い続けるものじゃない。過去に存在するんだ。だからため息なんかしても、甘酸っぱい挫折をしてでも前に進まなきゃいけないんだ。今、わかった、お前と走っていて。それが僕の理想なんだ。僕の理想の姿なんだ。その理想の姿はあの日の自分なんだ。あれが僕の理想の姿だったんだ。ありがとう、進」
「お、おう・・・」
あいつは自分で理想を弾き出した。オレにもそんなことが出来るかもしれない・・・。いや、出来ないだろう。相変わらずあの日のだめな僕のままなんだから。だけどそれでもいいと思う。だってオレが歩いてきた道のりと日々がオレ自身なんだから。こっちこそありがとう、翔。ココロの中でつぶやいた。
ゴールが見えてきた。観客が囃し立てる。
その中に二人はそれぞれの両親を見つけた。応援してくれている。
駆け抜けた。テープを同時に切った。
二人で一番だ。最下位の一番だ。だけど重要なのは順位じゃない。それよりも大切なのは二人が分かり合えたことだ・・・。進は思った。そして表彰式へと向かった。
トイレマン
友達と一緒にトイレに入るようになってから十日。
みんなそうやってトイレに行く。だから私も真似してみた。だけど・・・やっぱりトイレを見られるのはちょっぴり嫌い。だけど、一人で入っていくのには少し勇気が必要。
なぜなら便所太郎や花子さんがいるかもしれないし、またトイレそのものも不潔で薄暗く、じめじめしていた。
今から話すお話は、そんなトイレに憑く神様と初めて出会ったお話。
聞いてくれるかな?あれはまだ私が幼稚園のころ・・・。
これは、世にはあまり知られていない神様と、それに出会った少女の物語・・・
昼休みが終わったころ、知美先生に連れられて、ライオン組はお砂場に行った。当然私も行った。お砂場は嫌いではなかったし、なぜか押すとキュっ、キュっとおかしな音がする。先生が、それは砂が呼吸している音だよ、と教えてくれた。砂も呼吸するんだなぁ~、と思った。
ふいにトイレに行きたくなった。友達の久美ちゃんに、「一緒にトイレに行こう」と言ったが、「やだよ」と断られてしまった。それを見ていたガキ大将的存在の野村君が、「私、一人でトイレには行けないの。怖い~。えーん、えーん」といかにも私みたいな声柄で言った。男子たちは大笑いだった。「いいよっ、一人で行くよ」私は勢いよく立ち上がり、止める先生を振り切って、トイレに駆け込んだ。
その瞬間、時が止まったかのように立ちすくんでしまった。
なぜなら便器の上になにやら黒い物体が居座っていたからである。
「おっと、いけね」黒い物体はそうつぶやいて、きえてしまった。驚きが恐怖に変わるのが私にもわかった。背筋に冷水が流れたようにひやー、と流れた。
そして大声で、「お化け~~~!!」と叫び、トイレから飛び出した。
びっくりしたのは園児たちで、みんな私のことを見た。
すると園長先生がなにごとですか、とやってきた。まずい。
園長先生は決して厳しい人ではなかったけど、お母さんやお父さんに一日に二枚もの手紙を毎日出して、実況を報告していた。その実況報告があまりにも正確で、みんなからはどうやってそんなに正確に記述できたのか、謎だったので、園長先生のことをスパイ先生、と呼ぶようになっていった。
一同の視線が集う中、園長先生がこう言った。
「代えの下着は持ってきていますか?」
その瞬間、私のパンツがぬれていることを自覚した。顔を真っ赤にして(多分)、またトイレに飛び込んで、個室に入り込んだ。今度はまたあのお化けがいないかどうかを確かめながら・・・。
やっぱりいた。友達を連れてくるんだった。黒いローブの不気味な姿。白い眼。
「よっ、お漏らし少女」私はむっ、となった。
「あなた、なんなのよ!?」
「俺の名前は黒田黒雄。職業はトイレマンだ」
「トイレマン・・・?便所清掃係の人?」
「ちがう。神様だ。」
「えっ」
よくわかんなかった。
「俺は神様。トイレの神様」
「神様・・・ってだまされないわよ!あなた、人間でしょう」
「姿はな。変身しているから」
「じゃ、なんで男の神様が女子トイレにいるのよ!?」
「そりゃ、男子も女子も俺の支配化だからだよ」
いまいち事がつかめない。とにかく、この変態男を連れ出さなければ。そう思った。
男を引きずりおろそうとして服を掴もうとしたらすぅっ、と私の指は通り抜けた。えっ、と一瞬戸惑った瞬間に、彼は消えてしまった。 夢だよ、夢。この出来事に理由をつけようとする。
夢だよ、そんなの夢。
ただの幻を見たのよ。
「幻なんかじゃないぞ」
びくり。
彼はわたしの後ろがわで天井から釣り下がっていた。
「俺の名前は黒田黒雄、職業はトイレマンだ」
「さっき聞いた」
「聞いていてもいい。それより、君を選んだのが正解だったな。和式のやつらと戦うには、君のような少女じゃないとらちがあかん」
「和式・・・?」
「和式便所のトイレマンだ。俺たち洋式便所のトイレマンといがみ合っている相手さ。神様はいつも対抗勢力をつくる。どの生き物にも。それが濃く現れているのが自然界だ。獲物、侵略。獲物と天敵はどちらも神により、授けられた地位だ。そして俺らも、やつらも」
事を理解するのに時間がかかった。
「じゃ、あなたは・・・」
「そう、お前を連れ出しにきた。和式便所と戦ってもらう」
えぇえええええ!?戦うぅ!?
「君の名前は・・・?」
「教えるわけないでしょ、変態神」
「変態神ではない、黒田黒雄、トイレマンだ」
相手はまじめだ。その気迫に負け、私は名前を教えた。
「山田花子。普通だな」
「えっ?」
「もっと美区戸利亜とかだったらおもしろいのにな」
「び、ビクトリアなんて日本人いないよ」
「じゃ、差亜羅(サーラ)」
「外人の名前だよっ」
「とにかく、いざ、便器の中へ」
「えっ」
汚いぃ。便器の中なんて前のやつの残りとかこびりついていたり、小がまだたまっていたり。
すると黒田は便器の後ろの水をためるところを空けた。どうやらそこから入るらしい。どぶん。彼は消えた。
あの中に。すると顔だけ出して、
「怖気づいたなら来なくて良いよ」
と、いやみを吐いた。そうなると、意地でも行きたくなる幼稚園児の性格である。
どぶん。私も中に飛び込んだ。水泳は得意ではなかったけど、便器の中の世界はまさに海のようだった。
鯨やほかの小魚さえ、泳いでいる。
黒田についていくと、そこには沈没船があった。
甲板には「タイタニック」と記されていた。タイタニックの中に入ると、そこに水はなく、バーらしきものがあった。「よぅ、親父」黒田がカウンターの親父に声をかけた。
「お、黒雄。今日は飲みにきたのかい?それとも裏世界へ行くためにおれのバーに寄ったんかい?」
「どっちもだな。酒も飲みたいし、この子を裏世界に連れて行かなければいけないからな」
「この子?」
親父がカウンターからずいっ、と身を乗り出した。
「人間だ。あれ、のために来ている」
「そうか、あれ、か」
「そう、あれだよ」
「ふーん、あれか」
私が会話に加わると、みんながこっちを凝視した。
「ま、とにかく、あれの準備をしなければならないのでもう失礼するよ」
そういって黒田は私の手をとり、バーのトイレに行った。というよりトイレの横の物置に行った。
「あっじゃっやっじゃじゃやじゃっじゃや」
狂ったようになにかを言った。すると黒田はドアの中に入っていった。
わたしは行こうかどうか迷ったあげく、ドアの中に入っていった。
入っていった先に現れた視界には圧倒された。
東京みたいな大都市。ただ違うのは人がぜんぜんいないこと・・・。
「ここは現実世界のパノラマ、架空の世界だ。もう、和式トイレマン(トイレウーマン)への罠をこの架空の町に仕掛けている」
「どんな罠?」
「ぼっとん便所だ」
あまりにまじめだったので、私は笑ってしまった。十分間ぼっとん便所の前で待っていると、やってきた。ざしきわらしのような格好に侍のような刀を差している。
「フリーズ!」
黒田が手を上げた。すると、和式トイレマンたちが立ち止まる。
「貴様は何者だ!?」
「トイレマン、黒田黒雄だ」
「なにを・・・!!」
和式トイレマンが手で空中に円を描いた。すると天から和式便所が降ってきた。
「な、なにをする!?」
黒田が喚いた。だが、私にはなにも見えない。黒田が踊っているように見える。その瞬間わかった。これは幻術だ。わたしはかかっていないから、見えないんだ。わたしはそこらへんを見渡して、なにか固いものがないか探した。そして見つけた。
石ころ。
ぶんっ。
投げつけた石が黒田に直撃した。その瞬間、彼は踊るのをやめた。幻術が解けたらしい。
「幻術か・・・。なるほど・・・」
黒田がちらりと私のほうを見る。少し複雑な表情だ。
「反撃!」
黒田が手を合わせた。すると天からトイレットペーパーが降ってきた。
「喝!」
黒田が一喝すると、黒田が何人も現れた。分身の術らしい。
「な、なに・・・!?」
和式トイレマンがよろめく。するとぼっとんトイレに落ちてしまった。
「ぎゃーーーー!」
和式トイレマンは穴の中に吸い込まれていた。
「ふぅ・・・」
今のが、対戦なのだろうか?だとしたら、簡単すぎる。黒田が近づいてきた。手を差し伸べる。
「さ、さっきはありがとうな」
頬を赤らめている。
「いいよ」
わたしは立ち上がった。
すると、天使のような白い羽をもった女の人が降りてきた。
「理香!?なぜ、ここに!?」
女の人の名前は「理香」らしい。
「私たちの子供を見に来たのよ」
わたしの頭の中がまっしろになるのを感じた。
「理香、まだわたしは伝えていないんだ」
「え、まだ伝えてないの?じゃ、私が伝えていい?」
「いいよ」
すると理香がわたしに近づいてきた。
「あなたはわたしと黒雄の子供。つまり、トイレチャイルドよ」
わたしの頭の中はもうまっしろだったのに、いきなり複雑な色で塗られたように光り始めた。次の瞬間、わたしの決心がついた。
この二人が両親なら、いい。
もう、心配はいらないと。
完
筆者あとがき
結局花子がなにを最後に感じたのかそれは今となっては永久のなぞだ。
この作品を書いていて、本当に楽しかった。
初期の作品なのでまだストーリーにラフな部分がありますが、楽しんでもらえたらいいな。
みんなそうやってトイレに行く。だから私も真似してみた。だけど・・・やっぱりトイレを見られるのはちょっぴり嫌い。だけど、一人で入っていくのには少し勇気が必要。
なぜなら便所太郎や花子さんがいるかもしれないし、またトイレそのものも不潔で薄暗く、じめじめしていた。
今から話すお話は、そんなトイレに憑く神様と初めて出会ったお話。
聞いてくれるかな?あれはまだ私が幼稚園のころ・・・。
これは、世にはあまり知られていない神様と、それに出会った少女の物語・・・
昼休みが終わったころ、知美先生に連れられて、ライオン組はお砂場に行った。当然私も行った。お砂場は嫌いではなかったし、なぜか押すとキュっ、キュっとおかしな音がする。先生が、それは砂が呼吸している音だよ、と教えてくれた。砂も呼吸するんだなぁ~、と思った。
ふいにトイレに行きたくなった。友達の久美ちゃんに、「一緒にトイレに行こう」と言ったが、「やだよ」と断られてしまった。それを見ていたガキ大将的存在の野村君が、「私、一人でトイレには行けないの。怖い~。えーん、えーん」といかにも私みたいな声柄で言った。男子たちは大笑いだった。「いいよっ、一人で行くよ」私は勢いよく立ち上がり、止める先生を振り切って、トイレに駆け込んだ。
その瞬間、時が止まったかのように立ちすくんでしまった。
なぜなら便器の上になにやら黒い物体が居座っていたからである。
「おっと、いけね」黒い物体はそうつぶやいて、きえてしまった。驚きが恐怖に変わるのが私にもわかった。背筋に冷水が流れたようにひやー、と流れた。
そして大声で、「お化け~~~!!」と叫び、トイレから飛び出した。
びっくりしたのは園児たちで、みんな私のことを見た。
すると園長先生がなにごとですか、とやってきた。まずい。
園長先生は決して厳しい人ではなかったけど、お母さんやお父さんに一日に二枚もの手紙を毎日出して、実況を報告していた。その実況報告があまりにも正確で、みんなからはどうやってそんなに正確に記述できたのか、謎だったので、園長先生のことをスパイ先生、と呼ぶようになっていった。
一同の視線が集う中、園長先生がこう言った。
「代えの下着は持ってきていますか?」
その瞬間、私のパンツがぬれていることを自覚した。顔を真っ赤にして(多分)、またトイレに飛び込んで、個室に入り込んだ。今度はまたあのお化けがいないかどうかを確かめながら・・・。
やっぱりいた。友達を連れてくるんだった。黒いローブの不気味な姿。白い眼。
「よっ、お漏らし少女」私はむっ、となった。
「あなた、なんなのよ!?」
「俺の名前は黒田黒雄。職業はトイレマンだ」
「トイレマン・・・?便所清掃係の人?」
「ちがう。神様だ。」
「えっ」
よくわかんなかった。
「俺は神様。トイレの神様」
「神様・・・ってだまされないわよ!あなた、人間でしょう」
「姿はな。変身しているから」
「じゃ、なんで男の神様が女子トイレにいるのよ!?」
「そりゃ、男子も女子も俺の支配化だからだよ」
いまいち事がつかめない。とにかく、この変態男を連れ出さなければ。そう思った。
男を引きずりおろそうとして服を掴もうとしたらすぅっ、と私の指は通り抜けた。えっ、と一瞬戸惑った瞬間に、彼は消えてしまった。 夢だよ、夢。この出来事に理由をつけようとする。
夢だよ、そんなの夢。
ただの幻を見たのよ。
「幻なんかじゃないぞ」
びくり。
彼はわたしの後ろがわで天井から釣り下がっていた。
「俺の名前は黒田黒雄、職業はトイレマンだ」
「さっき聞いた」
「聞いていてもいい。それより、君を選んだのが正解だったな。和式のやつらと戦うには、君のような少女じゃないとらちがあかん」
「和式・・・?」
「和式便所のトイレマンだ。俺たち洋式便所のトイレマンといがみ合っている相手さ。神様はいつも対抗勢力をつくる。どの生き物にも。それが濃く現れているのが自然界だ。獲物、侵略。獲物と天敵はどちらも神により、授けられた地位だ。そして俺らも、やつらも」
事を理解するのに時間がかかった。
「じゃ、あなたは・・・」
「そう、お前を連れ出しにきた。和式便所と戦ってもらう」
えぇえええええ!?戦うぅ!?
「君の名前は・・・?」
「教えるわけないでしょ、変態神」
「変態神ではない、黒田黒雄、トイレマンだ」
相手はまじめだ。その気迫に負け、私は名前を教えた。
「山田花子。普通だな」
「えっ?」
「もっと美区戸利亜とかだったらおもしろいのにな」
「び、ビクトリアなんて日本人いないよ」
「じゃ、差亜羅(サーラ)」
「外人の名前だよっ」
「とにかく、いざ、便器の中へ」
「えっ」
汚いぃ。便器の中なんて前のやつの残りとかこびりついていたり、小がまだたまっていたり。
すると黒田は便器の後ろの水をためるところを空けた。どうやらそこから入るらしい。どぶん。彼は消えた。
あの中に。すると顔だけ出して、
「怖気づいたなら来なくて良いよ」
と、いやみを吐いた。そうなると、意地でも行きたくなる幼稚園児の性格である。
どぶん。私も中に飛び込んだ。水泳は得意ではなかったけど、便器の中の世界はまさに海のようだった。
鯨やほかの小魚さえ、泳いでいる。
黒田についていくと、そこには沈没船があった。
甲板には「タイタニック」と記されていた。タイタニックの中に入ると、そこに水はなく、バーらしきものがあった。「よぅ、親父」黒田がカウンターの親父に声をかけた。
「お、黒雄。今日は飲みにきたのかい?それとも裏世界へ行くためにおれのバーに寄ったんかい?」
「どっちもだな。酒も飲みたいし、この子を裏世界に連れて行かなければいけないからな」
「この子?」
親父がカウンターからずいっ、と身を乗り出した。
「人間だ。あれ、のために来ている」
「そうか、あれ、か」
「そう、あれだよ」
「ふーん、あれか」
私が会話に加わると、みんながこっちを凝視した。
「ま、とにかく、あれの準備をしなければならないのでもう失礼するよ」
そういって黒田は私の手をとり、バーのトイレに行った。というよりトイレの横の物置に行った。
「あっじゃっやっじゃじゃやじゃっじゃや」
狂ったようになにかを言った。すると黒田はドアの中に入っていった。
わたしは行こうかどうか迷ったあげく、ドアの中に入っていった。
入っていった先に現れた視界には圧倒された。
東京みたいな大都市。ただ違うのは人がぜんぜんいないこと・・・。
「ここは現実世界のパノラマ、架空の世界だ。もう、和式トイレマン(トイレウーマン)への罠をこの架空の町に仕掛けている」
「どんな罠?」
「ぼっとん便所だ」
あまりにまじめだったので、私は笑ってしまった。十分間ぼっとん便所の前で待っていると、やってきた。ざしきわらしのような格好に侍のような刀を差している。
「フリーズ!」
黒田が手を上げた。すると、和式トイレマンたちが立ち止まる。
「貴様は何者だ!?」
「トイレマン、黒田黒雄だ」
「なにを・・・!!」
和式トイレマンが手で空中に円を描いた。すると天から和式便所が降ってきた。
「な、なにをする!?」
黒田が喚いた。だが、私にはなにも見えない。黒田が踊っているように見える。その瞬間わかった。これは幻術だ。わたしはかかっていないから、見えないんだ。わたしはそこらへんを見渡して、なにか固いものがないか探した。そして見つけた。
石ころ。
ぶんっ。
投げつけた石が黒田に直撃した。その瞬間、彼は踊るのをやめた。幻術が解けたらしい。
「幻術か・・・。なるほど・・・」
黒田がちらりと私のほうを見る。少し複雑な表情だ。
「反撃!」
黒田が手を合わせた。すると天からトイレットペーパーが降ってきた。
「喝!」
黒田が一喝すると、黒田が何人も現れた。分身の術らしい。
「な、なに・・・!?」
和式トイレマンがよろめく。するとぼっとんトイレに落ちてしまった。
「ぎゃーーーー!」
和式トイレマンは穴の中に吸い込まれていた。
「ふぅ・・・」
今のが、対戦なのだろうか?だとしたら、簡単すぎる。黒田が近づいてきた。手を差し伸べる。
「さ、さっきはありがとうな」
頬を赤らめている。
「いいよ」
わたしは立ち上がった。
すると、天使のような白い羽をもった女の人が降りてきた。
「理香!?なぜ、ここに!?」
女の人の名前は「理香」らしい。
「私たちの子供を見に来たのよ」
わたしの頭の中がまっしろになるのを感じた。
「理香、まだわたしは伝えていないんだ」
「え、まだ伝えてないの?じゃ、私が伝えていい?」
「いいよ」
すると理香がわたしに近づいてきた。
「あなたはわたしと黒雄の子供。つまり、トイレチャイルドよ」
わたしの頭の中はもうまっしろだったのに、いきなり複雑な色で塗られたように光り始めた。次の瞬間、わたしの決心がついた。
この二人が両親なら、いい。
もう、心配はいらないと。
完
筆者あとがき
結局花子がなにを最後に感じたのかそれは今となっては永久のなぞだ。
この作品を書いていて、本当に楽しかった。
初期の作品なのでまだストーリーにラフな部分がありますが、楽しんでもらえたらいいな。



