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| ピンクのTシャツをプレゼントされ、「紅白に呼ばれたら、これを来て出場する」と約束する林家ぺーさん=25日午後(記野 重公撮影)(写真:産経新聞) |
講師の3人は、岩沼市、山元町の被災現場を視察。住居の残骸やがれきの山に言葉を失い、「住民のみなさんは大変つらい思いをされた」と、黙祷した。
このあと、岩沼市の総合福祉センター「i(アイ)あいプラザ」、山元町の坂元公民館を相次ぎ訪問。鉄平さんは、落語の冒頭、中国の故事「塞翁が馬」を引用し、「人生は何が幸せで、何が不幸なのかわからない。みなさんは今、どん底かもしれないけど、未来を信じて一歩一歩進んでいってください」とユーモアを交えて話すと、来場者はうなづき、さかんな拍手が起こった。
香葉子さんは、夫の先代の三平師匠と仙台のお寺を訪れたときに、三平師匠が旅行客に「ここの駐車場は何台入るでしょう」と問いかけて、実際に数えて答える人たちに「答えは千台(仙台)」と笑わせた場面を小話にして再現、会場を沸かせた。
また、東京大空襲で両親、兄弟を失い1人ぼっちになったが、両親と交わした会話の思い出を励みに耐えたと振り返り、来場者に「悲しい思いをされているでしょうが、残された命は大切に、一生懸命生きてください」呼びかけた。計約250人の来場者には中高年の女性が多かったことから「いざとなったら女は強い。みなさんが、がんばってください」と熱を込め、小学校時代に歌ったという唱歌「母の歌」を披露した。
ぺーさんは、「SMAPやAKBと同世代です」などと笑わせ、仙台を舞台にした曲「青葉城恋歌」を来場者の中に入って合唱するなど、交流を楽しんだ。山元町で津波で家や衣服まで失った子供たちに、体育の授業などで使えるようにとTシャツをプレゼントしている岩佐孝子さんが、ぺーさんのためにシンボルカラーのピンクに染めたTシャツを「機会があれば、このシャツを着て支援の輪を広げてください」とプレゼント。表に「one town one heart」と書かれ、握手する二つの手がハート型にデザインされたシャツをぺーさんは気に入り、さっそく着替えて「大晦日の紅白歌合戦にお呼びがかかれば、これを着て出場する」と“約束”した。
おかみさんの話に感動したという楠本民子さん(63)は「楽しそうに暮らしている人が、すごい苦労をされているとは知らなかった。歌を聴きながら泣いてしまいましたが、とても楽しい時間を過ごせました」。娘と2人で来場した伊藤智子さん(68)は「いろんなストレスで高齢の母につらくあてってしまうことがあるけれど、おかみさんの話を聞いているうちに、母にはもっとやさしく接しなければと反省しました」と話していた。
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