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| 書道家・紫舟さんが書いた名跡を手に笑顔の桂三枝(中)と、脇を固めた弟弟子の桂きん枝(右)、桂文珍 |
上方落語の大名跡「桂文枝」が復活しても「タレント・桂三枝」は生き続ける。一代で名前を大きくした三枝が、仰天の腹案を披露した。「(三枝の名を)誰かに継がせることは考えていない。テレビ局や(所属する)吉本興業と相談して、うまく残せていけたら」。高座名とタレント名を使い分けるという、前代未聞の計画だった。
1966年、師匠の5代目文枝(故人)に筆頭弟子として入門。わずか10か月でラジオ番組のレギュラーに抜てきされて以降、瞬く間に全国区の知名度を獲得した。71年スタートの「新婚さんいらっしゃい!」は今年1月に満40年を迎え、タレント三枝の代名詞といえる長寿番組。名フレーズ「いらっしゃ~い!」もこの番組で生まれた。
新婚カップルの爆笑エピソードや赤裸々な性生活の告白に合わせ、椅子もろとも倒れる場面が見どころだが、三枝は「やっぱり文枝ではコケにくい」と“二刀流”の理由を明かす。また、これまで223本の創作落語を作ってきたが、落語作家としても現在の名を残す考え。「三枝作の落語を文枝が演じる形」と説明した。
愛着ある名前だけに、襲名について、若手時代から慕っていた立川談志(75)には相談したという。昨年、入院中の談志を見舞うと「三枝という名前が大きいんだから、やめろ」と反対された。
だが、一門の総領弟子、そして上方落語協会会長としての責任感から襲名を決意。共通の知人、毒蝮三太夫(75)に託して、今月10日に談志に決断を伝えた。声が出にくい談志からは「人生成り行き 三枝より文枝のほうがよくなったのか ぢゃあ仕方がない 勝手にしろ 三枝のバカヤロウ」とファクスが届いたという。「裏切ることになって申し訳ない」と思わず声を詰まらせた。
会見後は大阪に戻り、京橋花月で創作落語の独演会の高座を務めた。先代は古典落語の名手だったが、三枝は襲名後も創作の道をまい進する。目指すは計300作の大台。「もう一点の曇りもない。新しい、平成の文枝を作ろうと思う」。来年7月16日に大阪・なんばグランド花月で襲名披露公演を行うが、三枝は談志に「元気になってぜひ来てほしい」とラブコールを送った。
襲名披露の興行は2~3年をかけて行い、海外でも計画している。
◆弟弟子・きん枝は「人間国宝」期待 ○…弟弟子の桂きん枝(60)と桂文珍(62)が会見に出席。きん枝は「人間国宝になってもらわないといけない」と期待を込めた。文珍は「戦後の上方落語の消えそうになった灯(ともしび)を、今風にいうと、LEDに変える方だろうと思います」と話し、きん枝とともに支援を約束していた。
◆桂文枝 上方で「桂」を名乗るすべての落語家のルーツとなる「止め名」の大名跡。初代は江戸末期から明治初頭にかけて活躍し、上方落語中興の祖といわれる。三枝の師匠である先代は三味線などの「ハメモノ」が入るネタや女性表現を得意とし、92年に襲名。衰退していた上方落語の復興を故・6代目笑福亭松鶴、3代目桂米朝(85)、3代目桂春団治(81)とともに支え「上方四天王」と呼ばれた。
◆桂 三枝(かつら・さんし)本名・河村静也。1943年7月16日、大阪府堺市生まれ。68歳。66年、関大在学中に桂小文枝(5代目文枝)に入門。毎日ラジオ「歌え!MBSヤングタウン」、毎日テレビ「ヤングおー!おー!」などで人気者になる。2003年、上方落語協会第6代目会長に就任。06年に紫綬褒章、07年に菊池寛賞など受賞歴多数。真由美夫人との間に1男1女。血液型O。
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