身の回りをきちんとすることが大切。 | masterik - 新しい朝が来た!(仮)

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ブログの再会。

と、いうか再出発。

タイトルはまだ考えついてないから、思いつき?!

南の島の人たちの生活よりも、自分の足となる自動車に乗るほうが何倍も重要な理由。

極論です。でも、真実です。

今、僕は海抜600m以上のところに住んでいます。
日々、生活をしていくには自動車に乗ることが不可欠になります。
この自動車は化石燃料と呼ばれる太古の生物種の堆積によって生成されたとする有機化合物の燃焼と呼ばれる現象を動力源とします。堆積物は石炭、原油、天然ガスなどと呼ばれ、人間が自らの身体を用いずに多くのものを動かすことができるとても便利なものです。自分が動かなくても、いやもっと正確には怠けていても代わりに仕事をやってくれるのでとても重要なのです。誰だって自分が苦しい思いするより、ほかの誰かが自分のやりたいことをしてくれることを望むのは当然です。

ところが、この化石燃料を燃やすと生成される物質が科学の深化にともない自分たちの生きている環境そのものを激変させる効果があるかもしれないということが言われ始めたのです。生存環境の破壊、つまり自分の死の想像。そこで、この現象をとめるためには自分だけではどうしようもないのですが、みんなでどうにかしましょうという考えが確立されてきました。肝心の科学的な証拠は未だ不確定な要素が多くて、正直なところきちんとしたことがわかっていないにも関わらずだ。

だが、困ったことがあって多くの人にとって温暖化の影響を避ける努力をしたところで自分自身が得をしていることがほとんどわからないのだ。車を燃費性能のよいものに変えて、家のボイラーを太陽パネルに変えて、電車通勤をして、オール電化にして、ゴミの分別をきちんとして、とにかく火を使うことを極力避けよう。こういうことが自分たちが直接できる行動の範囲。これを自分がみんなと同じようにやることによって、少しでもよくなるのであればその方がいいでしょといった考えからだ。

とにかく科学的根拠なんてのが見出せないのである。でも、みんなも温暖化を一応本当のことだと思っていて、自分もそうかもしれないと考えていて、だからこそ、みんなと同じようにしたほうが効果的だと考える。
よく言うでしょ、○○ちゃんがこうしているから自分もいいでしょってやつ。

そう、もともとは科学という自分の立居地とは無関係な方法によって確からしいと考えられているものが、いつのまにか周りのみんながそうだと言っているから確からしいという意味にすり替わる。直接、観測データとにらめっこしている科学者ならともかく、多くの人が確かだということを確信するには多くの人が言っていることの内容に共通したことが見つけ出されたときに自分の考えていることの正しさを思いこむことができる。

こうやって人は、とにかく自分の生きる環境を確保するためには観測データから得られる現実を変更することをするのではなく、自分をとりまく他人と同調することが自分の生きる環境を改善するのだという意味になってしまうのです。だって、そうすることでしか自分は生きていく環境に適合できないからです。この方法がいいのだと自分に言い聞かせているのです。

朝、トイレに行き用を済ませた後で水を流す、冷蔵庫から取り出した生卵をフライパンで火にかけて目玉焼きをつくり、塩鮭をグリルに入れて焼き、炊飯器からご飯をよそう。最後に清潔にするために水道水で食器を洗う。これを毎日繰り返す。そうやって自分の生きる環境を侵すことを平気でやる。

なんでかといったら漠然として自分に限って考えたときに影響度の強いことがらから片付けるの自分を生かすことになるからです。自分の環境とは人間の生活環境と同じでなく、自分が想像できる範囲の中での環境であり、当然、その想像からはみ出たことについては、自分は関与しようと思わないし、関与したくないし、そもそも関係あるとは思ってない。

だからこそ、小さい頃言われる途上国のみんなはもっと貧しい生活をしているから我慢しなさいとか、戦争のときは何もなくて苦労をしたんだということが、その内容自体は真実だとしても、聞かされた側の人間には本当のことには思えないのです。だって、それは自分の環境を変えるには不十分だからです。自分の現実はそういったこととはあまりにかけ離れている。

このことが環境問題の改善を難しくている。地球温暖化という事実が自分のところまで届く頃にはたくさんのフィルターがかけられて、自分の目に見えなくなってしまって、フィルターの細工を現実と認識してしまう。

でも、それでいいんじゃないかと思う。だって、そうするしか自分ではどうしようもないもの。いくら、遠くのものを見にいったところで自分の見たものしか見えないし、自分が知ったものしか知らない。その中から自分の本当を選びとって生きていくしかないからです。