masterik - 新しい朝が来た!(仮)

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ブログの再会。

と、いうか再出発。

タイトルはまだ考えついてないから、思いつき?!

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政治の意思決定は通常遅くて、選挙という民主主義のプロセスを経てくる以上、それが政策に反映されて実務が始まるまでにラグがある。
一方、経済はというと、各自の自由意志で法律関係を結べるような社会であれば自分がしたいと思った瞬間に意志を決定できる。
そのため、経済の動きのほうが先を行き、政治はその後を追い、最終的に制度が定められる。

ところが、最近では経済よりも政治のほうが先行することもあるようだ。
その一つが政党の形だ。
経済が安定的に成長し、先の見通しが明るい時代に形成されてきた終身雇用制度が、法律や社会保証を整えながら、社会の中に組み込まれてきた。
その中での価値観は学校を卒業したら会社に入って、そこをずっと勤め上げることだ。
そこで働く人は収入の心配をしなくていいので安心して働ける場所を提供してくれるので、会社に対しても一丸となり仕事を盛り上げて発展に寄与しようとする。
ところが、会社そのものが社会の激しい需要変化や少子高齢化のために厳しい環境にさらされており、終身雇用制度を維持できなくなってきた。
しかし、制度を変えて自分たちの立場を悪くすることに躊躇してしまうので、なかなか廃止というところまでは進まない。
けれども、今の政党には政党に忠誠を払っても、自らの身分を保証してくれるようなことはなくなった。また、自分の意見を言う場所も組織が用意してくれるわけではないので、それぞれが自分で組織を用意しなければならなくなった。

今までは同じような文化を共有する国民性のためか、結局のところただ数の原理に便り主張そのものは形だけのものになり、結局、みんな全体の方向に従ってきた。
挙党一致体制と呼ばれていたものだ。
本来は、主義主張がバラバラだったのだが、大きな組織にいたほうが意見がとおりやすいため、いろいろな妥協とひきかえに自分の要求も通してきた。
アンチの政党も存在はしていて、自分たちの主張を際立たせ支持者を説得するために、バランサーの役割を果たしてきた。
とはいえ、一つの集団が事実上、政治の舵取りをしてきた。
それが一度、その集団が自分に利益をもたらさないということがわかると離れるだけ離れていってしまった。
同じような主義主張をもっていたはずであったのが、実のところ損得の勘定をしていなかっただけであった。

そういった流れを受けて政治に何を望めばいいのだろうか。

今までの政治家の一つの形はある利害集団の代理人を選ぶことで政治的主張を行ってきた。だからこそ、たくさんの人が集まった中から出てきた主張ことそが政治であった。そこでは論理的な理由よりも集団の意見こそが正義だった。政治は数こそが正義だから、それが正しかった。さらに数が膨れ上がれば正義が強固になる。

時代は変わり、今の正義は定義が変わった。
今や、自分たちだけの秩序でななく外の秩序との比較の中で、自分たちの行動が決まってくる。その思考のためには客観的相対的な見方をする必要がある。井の中の蛙大海を知らないではいられない。だれもが自分だけが評価者になれず、お互いが評価をしあう関係。
そんな時代の政治では、比較しやすい選択肢を用意する必要がある。誰もが切実に思っている論点を表にして、わかりやすい文句により、説得をしなければいけない。

たくさんの意見の異なる者たちが集まってはまとまらないし、まとまっても誰にとって得なのかはわからない。それゆえ、無理にでも意見の異なるものを集めるより、似た考えを持つものだけで組んで考えを洗練していくほうにエネルギーを使うことになる。

結果として、集団を離れて、それぞれの好きなことを言える場所を確保して、比べてみた結果が正しいと判断し選んでもらえるようにするインセンティブが働く。
と、いうことは支持する側は、代理して意見を行ってくれる人そのものを選ぶのではなく、意見を比較し後に選んだことを言ってる人を選ぶ。
よって、代議員は常に自分を選んでくれる保証があるわけでなく、支持者の移り気な判断をあてにするために、ふたたび自分の意見がきちんと説得力をもって浸透するようにネットワークを形成する必要が生じる。

そのことを思うと、まず政治家としての条件は身内を大切にすることよりも、説明能力の高さをもとめることになる。また、人を見るよりも主義主張を選ぶことになるので、その主義主張が何を意味しているのかを知ることができるようになっておく必要がある。

ここまで、書いてやっと分かったのだが、ぼくらの要求というのは、代議員だけでなく自分たちの意見もはっきりさせなければいけないということだ。価値評価が相対化されている以上、自分の意見もはっきりさせておかなければ、判断がつかないということだな。

そして、逆に集団の意見と実行するために、みんながある程度まで納得できるように条件交渉できる人を選ばなければいけないということだな。

では、具体的に誰か。

それはスポークスマンを通さなくても、原稿を読まずに政策を語れる人間ということになるので、誰だ?というところだな。
だって、そんなの今まで訓練してこなかったらからな、今までの政治家は、うん。