今日は3月8日。
嘘の三八と言うが、昨年の今日は信じられないことが起きた。
数奇な、とは言ったもんだ。
4日に直腸がんの腹腔鏡手術を終えた家内は、少しずつ快復し、昼には重湯を口に出来た。
夕方、少しずつお腹に異変があり、18時くらいからひどく痛み出した。
看護師に何度言っても、すぐ行きますと言って一向に来ない。
私は携帯メールでやりとりしていたが、途中ひどい痛みでやりとりが途絶えた。
後で聞いたら、筆舌に尽くし難い尋常でない痛みに襲われたが、それでもほったらかし…
待つこと3時間近く。
夕食のすき家の牛丼は冷めていく。
家内からメールが来た。
後から知ったが、強烈な痛み止めが効いたのだろう。
ひとまず、夕食を口にしようとした矢先、執刀医から電話が来た。
病状が大変とは言わなかったが、手術が必要だからすぐ来て欲しいとのこと。
21時40分くらいだったか。
ひとまず落ち着き、明日仕事できない可能性もあり会社のパソコンも準備して出発する。
行田八幡神社の神符も一緒に。
落ち着いていたつもりだったが、首都高に乗る前に免許証を入れた財布を忘れたことに気づいた。
落ち着いているつもりだったが、やはり注意力が落ちていた。
この時間の首都高はスムーズ。
免許証を忘れたことは幸い、慎重に運転できた。
スカイツリーの夜景はあったが、そんな状況ではない。
到着して執刀医の説明を受け、深夜0時に手術室に向かうエレベーターで分かれる。
待つこと2時間半。
次年度予算編成の関係で、パソコン出して仕事をした。
こういう時は、何もしないで変な想像をするより、何か手を動かしていた方がよい。
2時半をまわり、手術が終わり説明を受けた。
縫合不全による腹膜炎発症。
開腹手術にてドレーンを入れて体内を10リットルの水で洗い流す。
そしてストーマ創設。
いつ安心できるかを聞いたら、敗血症にならないことが確定してからと。
安定したら電話するということで、夜中3時12分に病院の駐車場から車を出した。
結論として、敗血症にならなかったからいまがあるが、敗血症になっていたら多臓器不全に陥り、死ぬ可能性は大いにあった。
ちなみに体の損傷度を表すCRP値は31を超えていた。
CRPについては下記参照。
http://shimonagaya.com/crp.htm
ここは乗り越えたが、この後は本当に先行きが分からず暗闇状態が続いた。
説明を受けて3時近く、家内が横たわっているICUをガラス越しに見た。
距離は離れていたが、弱々しく手をこちらに動かしていた。
後に家内は私の顔が見えたと言う。
コンタクトがなく、距離的に私の顔が見えるはずがない。
この世を離脱しかけた魂で見たのかも。
なにが起きるかわからないが、それでも人は生きていく。
魂が成長するために か。
人生というステージで。