1年前の日曜日は24日。

この日が大きな転機だった。

家内のがん発覚に心が引きずられながらも、行動したから人と出会い、縁が生まれた。



そこから様々な情報と人につながり、いまがある。



1年前も「明日」というキーワードに縁があった。

詳細は、こちら。

今朝は何故か「あしたのジョー」の歌が頭に浮かんだ。



あしたは きっとなにかある

あしたは どっちだ



物事予定通りに進むことも、進まないこともある。

あしたに地震が起きない、と誰も断言できない。

起きる、起きない、どちらかしかない。



すべてはそう。

何かあるかもしれない。

何もないかもしれない。



すべては不確定。

ハイゼンベルグの不確定性原理から100年近く。

位置と運動量を同時に計測できない。



だから、

何かあるのが人生

と、中村天風先生は言われる。



この先何が起きるか、また自分が何を起こすか、それは不確定。



ただ、想像だけは前向きに。

顕在意識、潜在意識、共通的潜在意識(超意識など呼び名は多数)と想いは周囲に伝わる。

だから、自分から見たら物事が不確定でも、神の目線からは確定になるのかも。



今日は気功の場所として、冨士見市の水子貝塚公園にはじめて行った。

貝塚なので、展示室に古い石器が展示されていた(撮影OK)。

3万3000年前という気の遠くなる昔、人類はなにをめざしていたのだろう。




ちなみに「あしたのジョー」のオープニング曲の歌詞は、あの寺山修司さんだった。

これも今まで知らなかった。



あしたは きっとなにかある

あしたは どっちだ



心は前向きに。






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