阪神淡路大震災から27年が経過した。
関西の人たちにとって、絶対に忘れられない日。
この日は奇しくも、2年前に父が末期胃がんでいきなり余命宣告1年を告げられた日でもあった。
その日から、がんに関する本を借りては読んでいた。
ステージⅣでは、標準治療では抗がん剤しか方法はない。
父は切れるものなら切って欲しいと医者に話したが、抗がん剤しか選択肢はなかった。
それでも医者が言うには数ヶ月延命する程度のことだった。
本人の落胆は当然として、見守る者もなんともやるせない気持ちであった。
前に進めない、進行を遅らせることしかできない。
なんともできないもどかしさ。
抗がん剤は、オキサリプラチンとTS-1の組み合わせ。
オキサリプラチンは点滴、TS-1は飲用として。
抗がん剤は効かなくなると種類を変えることの繰り返し。
結局、その年2020年の11月17日に亡くなった。
17日は、余命宣告の日であるとともに月命日にもなった。
みんないろいろな日がある。
私はこの17日より、さらにショックを受けた日をこの後に迎える。
1年前のその日。
まもなく1年。
今日、関西は様々な魂が様々な思い出に振り返る。
私も父を想い出す。
亡くなった方々に合掌。