今朝は4時には起きなかったがら4時半前には起床。
雨の中、リハビリも兼ねて少しだけ歩く気功。
昼前に雨が止んだので駅の反対側まで買い物に行ったが、家内の体調はまだ戻っていないので帰りはしんどそうだった。
お腹の痛みもあるため、通常生活はまだ難しい。
いろいろな本では、何事にも感謝するようにと言及している。
午後その件で家内とも意見を交わした。
激痛を体験している時、果たして感謝できるのか。
家内は何故このような事態になったのか、そのことに考えが終始したという。
逆に私は、家内のがん宣告を聞かされたとき、母の突然死に引き続き父親はがんによる余命宣告を受けて亡くなった後だけに、今度は家内なのかと一体どうしてこうなるのかと事態を受け入れられない心境だったことを思い出す。
何事にも感謝、とは表面的に書いている著者に問いたい。
本当に死にそうな激痛を受けたとき、絶望感に襲われた場合に果たして感謝できるのか。
いままだ快復途上の家内と一緒にいられるだけに、こうしたことを会話できている。
そのことには感謝している。
この世界は大きな愛で満ち溢れている、という。
これを深く信念できるのは、もっといろいろな事を経験してからであろう。
夕方、久しぶりに家内がピアノを弾いた。
本来家内の母の命日である6月30日に弾く予定だったが、退院翌日でとても弾ける体調ではなかった。
久々「ある愛の詩」を聴く。
和訳の歌詞を調べてみた。
海よりも 美しい愛があるのを
おしえてくれたのは あなた
この深い愛を 私は歌うの
いつかしら 最初に声かけてくれた
あの時あなたは 私の世界に
光と いのちを与えた
大きな その不思議な力で
心みたし 愛してくれたの
私はもう こわくない
あなたの いるほうへ
手をだせば とどくから
もうなにも この世で欲しいものはない
美しい愛は 続くの
星が夜空に 燃えつきるときまで
愛。
その意味の広さと深さは計り知れない。
