更新です。
30数年ぶりに育ち故郷の呉市を
あちこち、夏の暑い日の中歩きまくる企画、
その3です。
13時過ぎ。
空腹だなぁ。
中心部を流れる、堺川沿いを歩く。
いわゆる飲み屋街なんですけど。
子供の頃はあまり寄ることなかったのに、
大きくなっちゃったら自然と寄ってしまう、
そんなお年頃になってしまいました。
そんな中、昔から営業されている(らしい)、
お好み焼き店に寄ってみました。
中通3丁目にある、やましたさん。
鉄板の前に4人ほど、店壁際のテーブル席に6席ほど、
4人掛けの座敷もあるお店。
切り盛りは、とても饒舌なおばあさま。もとい、お嬢様。
次から次へとひっきりなしに来客があり、
電話注文も絶えない、いわゆる人気店。
あちきも、席に座ってから、注文したものができるまで、
結構待ちました。20-25分くらいだったかな??
呉のお好み焼きは、世間ではお好み焼きをカテゴライズする意味で
「呉焼き」と呼ばれます。
広島市周辺では、鉄板にまず生地を敷き、薄く延ばし、
野菜をのっけ、別途麺類を焼き、本体をひっくり返したのちに麺類と合わせる。
しばらく蒸らした後、鉄板に卵を割り、黄身を裂き延ばして、
本体をその上にかぶせる。
再度ひっくり返し、ソース、青のりをかける。
のが定番。
だが、いわゆる呉焼きは違う。
先に野菜と麺類を焼き、いわゆる「焼きそば(or うどん)」を作り、
そこに薄く生地を敷き、薄く延ばして、仕上がってる焼きそばを載せる。
あとは広島のと同じ。
最後に、半分に折って饗される。
こんな感じ。
広島のは鉄板の周りでへらで食べるのがデフォルトみたいになっているが、
呉のはこんな状態なので、橋で饗する。
そば肉玉、600円也。
ごちそうさまでした。
本当は、昔通ってたお店で食べたかったんだけど、
今もうどこもないので(閉店した)、こちらのお店をチョイス。
まだまだ現役のお店。でした。
いやぁ、よかった。
ここから午後は、あちきの子供時代に戻る歩き旅を。
ケーキ屋さんも立派なビルになっちゃって。
(注: エーデルワイス、という、それこそ飲み屋のおねえちゃんにウケるような
おいしいケーキのお店です、もちろん、年齢的に小さいおねえちゃんも食べてOK)
このホテル、以前は南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)が
春季キャンプで呉に来てた時、ずっと滞在してたよな。
たまに出待ちのファンいたよな。
ちょっと離れたところに呉阪急ホテルがあったから、
さすがにそっちには泊まらなかったんだろうな。
よく歩いてた三叉路。
街並みは変わっていない。
この坂道も。この並木も。
子供のころからあった銭湯が健在だと、なんだかうれしい。
行ったことはないんだけど。なぜか。
次の交差点。その一角にあるのが、6年間通った小学校。
ここが桜並木で、入学式の頃は満開の桜が迎えてくれる。
今もそうなのかなぁ?
登る。
校舎も、その配置も、門の佇まいも、30数年前と全く変わっていない。
よく考えると。
あちきが通っていた6年間で、校舎・体育館など結構建て替えられた
建物が多かった。
それから建物変わってない、ということなのかなぁ??
いいような、悪いような。
小学校から、坂道を下り、前出の四ツ道路上にある三叉路まで
移動しました。
YWCAの建物も、昔と変わらないままだわ。
高架橋を潜る。
上を走るのは、JR呉線。
入船山記念館のシンボルの時計台の横を抜け、
【注】この時計、たしか40年近く前は記念館敷地の隅にゴミみたいに
置かれてたんだけど(=動かない)、いつの間にか脚光を浴びる姿に。
美術館通りに。
そこにある国立呉病院(旧呉海軍病院)も「この世界の-」の影響で
一気に観光地、聖地に。
あちき的には馴染みのあるこの階段も、その当時のものだ、ということで
重要なものに。
記念館は、この日定休日。
ちなみに、同じ通りにある呉市立美術館も、
定休日。
ちょうど「この世界の-」の漫画原画展やってた。
がっくし。
見えてきたのが、旧桜松館。現海上自衛隊の建物です。
その先の三叉路の先には。
海上自衛隊の正門が見えます。
その手前にあるこの建物、
海上自衛隊呉集会所、旧下士官兵集会所。
今は閉鎖されています。
ここも昔、この建物の一角にある休憩室みたいなところにあった
ジュークボックスで、小遣いから30円捻出して、
当時の最新のヒット曲を聴きに通ってたもんです。
あーなつかし。
最後に。
家庭へのおみやげに、こんなもの買いました。
「水いかの天ぷら」。
衣に味が付いてて、大変食べやすかったです。
道中で見つけたものなんだけど、
呉って「水いかの天ぷら」、人気あるのかなぁ?
広島市内では見かけないんだよなぁ。































