御詠歌 六道の能化の地蔵大菩薩導きたまえこの世後の世

本尊  勝軍地蔵菩薩

真言  おん かかかび さんまえい そわか

宗派  真言宗御室派

開基  弘法大師


お寺の歴史・全体像

弘仁12年(821)、嵯峨天皇の勅願によって弘法大師が開創。大師が刻んだ本尊の勝軍地蔵菩薩は、高さ一寸八分(約5cm余り)で、甲冑(かっちゅう)を身につけ馬にまたがるという勇ましい姿です。その後、浄函上人(じょうかんしょうにん)が延命地蔵を彫り、その胎内に大師の菩薩を納めたと言います。仁王門をくぐると、1200坪の広大な敷地にそびえる樹齢800年を超える大銀杏(たらちね銀杏)に目を覆われます。この寺はおよそ1200年の昔より法灯連綿(ほうとうれんめい)として受け継がれてきた真言宗の古刹であり、その歴史を物語るように境内には、本堂、大師堂、不動堂、えびす堂、淡島堂が立っています。また本堂脇の参道を通り石段を登ったところに奥の院となる羅漢堂がり、約200体の木像羅漢が安置されています。


お寺について

奥の院五百羅漢堂

安永4年(1775)、実聞・実名(じつぶん・じつみょう)という兄弟僧によって創建。大正4年の失火で大部分を焼失。現在残っているものは大正から昭和にかけて作られた約200体の羅漢で、弥勒堂、釈迦堂、大師堂の数々の仏像と共に納められています。羅漢とは釈迦の弟子で人間として最高の境地に達した者をいいます。しかし仏ではないので、仏像の顔の表情は様々で人間的です

水琴窟

水滴と瀬戸物の筒を利用した水琴窟。ここの境内には2ヶ所あり、耳を近づけるとピーンと琴のような澄んだ音色が聞こえてきます。1ヶ所は本堂横の水子地蔵尊の所で、地蔵さんに水をかけると音色が聞こえてくる。この音色を聞くとすがすがしい気分にさせられます。

大銀杏(たらちね銀杏)

樹齢800年を超える母なる大木。幹が太く四方八方に枝を伸ばし、秋になると黄金の葉が境内を染めます。また奥の院と結ぶ本堂裏の参道も、毎年春には見事な梅の花を咲かせています。



Walk! Walk! ちょこっと旅行


ガジュマルです。

うちに来て、かれこれ2年近くになります。

元気いっぱいに、育ってます^^



Walk! Walk! ちょこっと旅行


昨日、うちにやって来たパキラです。

ちっちゃくて、可愛い奴です^^

御詠歌 眺むれば月白妙の夜半なれやただ黒谷に墨染の袖

本尊  大日如来

真言  おん あびらうんけん ばざら だどばん

宗派  東寺真言宗

開基  弘法大師


お寺の歴史・全体像

開創年代ははっきりしないが、弘法大師が長く滞在して修法し、一尺八寸(約55cm)の大日如来を彫って本尊にしたといいます。この本尊の大日如来は八十八ヶ所中6ヶ所しかなく、真言宗では、「宇宙の中心、万物の根元とされる人々にあまねく、慈悲をもたらす最高の仏」とされています。大師は本尊にちなんで寺号を大日寺にし、第四番札所に定めたそうです。その後歴史のうねりの中で、寺は何度も廃寺になってはその度に再建されています。天和・貞享年間(1681~1688)に再建された後は、大日如来が当時の阿波藩主・蜂須賀家の守り本尊であったことから帰依され、元禄年間(1688~1704)には堂塔を修理するなど手厚く庇護するようになりました。

その後は大きな被害もなく現在に至っているそうです。今では、周りを渓流、森の木々に覆い尽くされ、まさに霊地というのに相応しい幽玄な雰囲気です。まずここで一番目に飛び込んでくるのが、朱塗りの山門。バックの緑に映え一段と目を覆われます。この門は上部が鐘桜になっている鐘桜門だが、1階部分が角柱、2階部分が丸柱という変わった造りになっています。山門からは石を敷きつめた参道が通っていて、正面に本堂、右手に大師堂があります。


お寺について

本堂・大師堂

大きくはないが荘厳な感じのする本堂には、大師自らが彫った大日如来が祀られています。しかしこの大日如来は秘仏となっているが、一般には前仏が拝見できるようになっています。また大師堂の格子には、絵馬や何運もの千羽鶴、子供の写真などが奉納されています。


三十三千手観音

本堂と大師堂をL字型につないでいる回廊には、33体の観音像が安置されているが、これは西国三十三ヶ所の木造観音像です。江戸時代の明和年間(1764~1772)に大阪の信者が奉納したものということです。様々な形をしている観音象がじっとこちらを見据えています。


手水所

本堂と大師堂をL字型につないでいる回廊には、33体の観音像が安置されているが、これは西国三十三ヶ所の木造観音像です。江戸時代の明和年間(1764~1772)に大阪の信者が奉納したものということです。様々な形をしている観音象がじっとこちらを見据えています。