御詠歌 極楽の弥陀の浄土へ行きたくば南無阿弥陀仏口ぐせにせよ
本尊 阿弥陀如来
真言 おん あみりた ていぜい からうん
宗派 高野真言宗
開基 行基
お寺の歴史・全体像
三方を山で囲まれた閑静な雰囲気の中に位置し、もともとこの地方は古くから開かれた土地で、寺の裏山からは旧石器時代の遺物が多数出土されています。一番札所と同様に行基が寺を開基し、弘法大師がこの地で21日間修業、その結願の日に現れた阿弥陀如来の姿を彫刻し本尊とし、八十八ヶ所の第二番札所に定めたようです。戦国時代に各地で兵火が起き、極楽寺も土佐の長宗我部氏の攻撃を受けて焼失。再建には時間がかかったが、信者の努力もあり、万治2年(1659)には現存する本堂も再建されました。
鮮やかで、一段と目を引く門をくぐると境内が広がる。願掛け地蔵や、石と樹木を上手く配置した庭園。本堂と大師堂は庭園先の小高い丘の上にあり、その下には観音堂、薬師堂、鐘桜、大師お手植えの「長命杉」、仏様の足型を型どった「仏足石」などがあります。数多くの宝物の中でも、宇宙における多くの「仏」、「菩薩」を配置した絵図「両界マンダラ」は、宇宙における真理を最高の調和で表現したものです。南北朝時代のものと推定され、県指定重要文化財に指定されています。
お寺について
本堂
44段の階段を登った所にある本堂。堂内に安置されている本尊の阿弥陀如来は坐像で、国の重要文化財に指定されています。昔、この仏像から差す光が遠く海まで達し、それに魚が驚き逃げてしまったので不漁続きとなり漁師たちは困り果ててしまいました。そこで漁師たちは阿弥陀様にお願いして、本堂の前に小山を築いて光りを遮ったという伝説があり、ここから山号が由来されています。本尊は、慈愛に満ちた素晴らしい顔と評判だが、秘仏のために公開されていません。
安産大師
この寺の大師堂は安産大師とも呼ばれていて、子宝に恵まれない人には子宝を授けてくれ、妊娠した女性には安産させてくれるというご利益があるようです。それにはこんな逸話があります。明治の頃、大阪の女性が大師の夢のお告げによって四国遍路を始めたが、ここにくると急に産気づいてしまいました。しかし大師の再度のお告げによって、最後まで巡礼を続け帰宅し、無事男の子を出産。その後お礼詣りをしたことから、安産祈願の人が絶えないようです。