これから先の話は作り話です。
とある私立の中高一貫の男子校で、非常勤講師を募集しました。
そこにある国立大学の大学院生(博士課程)の方からの応募がありました。
「うちの学生をよろしく。」
と人事担当の教員は電話を受けましたが、
それほど面識のない方からそう言われても、
公募で募集している講師ですから、
そう言う声1つで採用するわけにはいきません。
とりあえず、複数の方から応募があったので、
公平に試験をしました。それで面接試験になりました。
その大学院生、質問の返答が、全く的を射てません。
人事担当の教員の数人も、
目を合わせるしかありません。
決して不誠実ではないのです。
1つ1つの質問に、考えながら答えていますが、
伏し目がちで、こちらの方を見ないで返答しています。
あげくの果てに下を向いてしまいました。
「どうして本校で講師をしようと思ったのですか?」
と聞くと、
「研究室の教授に薦められたからです。」
謎が解けました。
「なるほど、追い出されるのか、研究室を。
それで電話してきたのか、あの先生は。」
質問を変えました。
「大学では、何を学びましたか?」
彼の顔が一変しました。
「数学です。」
「数学のどの分野を。」
「○○です。まだ論文を出せる段階ではないのですが、
とても興味深く、毎日、悪銭苦闘しています。」
「結果がでるといいですね。」
「はい。おそらく、○○が△△で、□□ですから、
もう少し先行研究を自分なりにしっかり理解できれば、
成果は出ると思うのです。」
「そうですか、それでは大学の数学以外、
大学でどんな経験が、自分にとって貴重でしたか?」
また、伏し目がちになり、下をむいてしまいました。
「…。」
答がかえってきません。
「じゃあ、また数学の話をしましょうか?」
「はい」
「学部生のときに輪講していた本はなんですか?」
「それは○○です。そこから興味がでて、修士では○○を勉強しました。
修士課程で、教授から『○○高校の講師をやれ』といわれたので、
1年やったのですが、その講師の間、数学の勉強ができませんでした。
修士修了で同級生の大半は就職してしまいましたが、
私はもう少し勉強したかったので、ドクターに進みました。
もうすぐ3年経ちますが、もう少し残ろうかと思います。
いっぱいいっぱい残って、それでも結果が出なかったら、
就職しようと思います。」
「どんな職種に就職をご希望ですか?やはり教員ですか?」
「…。わかりません。」
彼はまた下を向いてしましました。
面接官全員が、「オイ!」
と言いそうになってました(笑い)。
「おまえ、何しに、ここにきたんだよ。」
思わず、言いそうになりました。
面接終了後、彼には丁重にお断りの電話をしました。
よく知らない大学の先生には簡単なお手紙を書きました。
ちょっとその先生には怒りを覚えましたが、
忘れることにしました。
でも、私はこの院生がとても羨ましく思えました。
社会人としては失格かも知れないが、
これほどまでに数学に執着し、勉強をしてきた。
大学時代を後悔ばかりしている僕には、
とてもまぶしく見えました。
履歴書を見れば、中学・高校時代はサッカー部。
「高校時代はサッカーばかりしてました。
あまりうまくなかったので、大学入学以降、サッカーはやってません。
大学に入ったら、数学を真剣に勉強しようと思ったからです。」
私もそう思った時期がありました。
たしかに。
でも意志が弱く、数学からもサッカーからも逃げ出した時期があります。
もちろん、大学を卒業できたので、
数学にきちんと向き合った時期もあるのですが、
大学初年度の不勉強、またその後の執着心の弱さもありました。
彼は教員には向かないかも知れないが、
数学に魅入られた男。
青春のすべてを数学に捧げた男。
将来はおぼつかないかも知れないが、
数学の真の姿は私より知っているだろう。
彼のことを思い出すと、微分積分、線形代数、位相の教科書を、
書棚から取り出します。
「あらためて、現代数学を勉強できないかな?」
もはや無理だと、わかっています。
勉強にひたむきなれる時間もないでしょう。
彼が羨ましい。
もう研究室を追い出されているかも知れないが、
全く数学には関係のない就職をするかも知れないし、
もしかしたら引きこもるかも知れないが、
彼が羨ましい。
数学に見入ってしまった男。
私も、「そうなりたい」「そうしよう」と思った時期があった。
でも、できなかった。
彼が羨ましい。
以上の話は、私の創作です。
現実に、こんな彼はいません。
あしからず、ご了承ください。
とある私立の中高一貫の男子校で、非常勤講師を募集しました。
そこにある国立大学の大学院生(博士課程)の方からの応募がありました。
「うちの学生をよろしく。」
と人事担当の教員は電話を受けましたが、
それほど面識のない方からそう言われても、
公募で募集している講師ですから、
そう言う声1つで採用するわけにはいきません。
とりあえず、複数の方から応募があったので、
公平に試験をしました。それで面接試験になりました。
その大学院生、質問の返答が、全く的を射てません。
人事担当の教員の数人も、
目を合わせるしかありません。
決して不誠実ではないのです。
1つ1つの質問に、考えながら答えていますが、
伏し目がちで、こちらの方を見ないで返答しています。
あげくの果てに下を向いてしまいました。
「どうして本校で講師をしようと思ったのですか?」
と聞くと、
「研究室の教授に薦められたからです。」
謎が解けました。
「なるほど、追い出されるのか、研究室を。
それで電話してきたのか、あの先生は。」
質問を変えました。
「大学では、何を学びましたか?」
彼の顔が一変しました。
「数学です。」
「数学のどの分野を。」
「○○です。まだ論文を出せる段階ではないのですが、
とても興味深く、毎日、悪銭苦闘しています。」
「結果がでるといいですね。」
「はい。おそらく、○○が△△で、□□ですから、
もう少し先行研究を自分なりにしっかり理解できれば、
成果は出ると思うのです。」
「そうですか、それでは大学の数学以外、
大学でどんな経験が、自分にとって貴重でしたか?」
また、伏し目がちになり、下をむいてしまいました。
「…。」
答がかえってきません。
「じゃあ、また数学の話をしましょうか?」
「はい」
「学部生のときに輪講していた本はなんですか?」
「それは○○です。そこから興味がでて、修士では○○を勉強しました。
修士課程で、教授から『○○高校の講師をやれ』といわれたので、
1年やったのですが、その講師の間、数学の勉強ができませんでした。
修士修了で同級生の大半は就職してしまいましたが、
私はもう少し勉強したかったので、ドクターに進みました。
もうすぐ3年経ちますが、もう少し残ろうかと思います。
いっぱいいっぱい残って、それでも結果が出なかったら、
就職しようと思います。」
「どんな職種に就職をご希望ですか?やはり教員ですか?」
「…。わかりません。」
彼はまた下を向いてしましました。
面接官全員が、「オイ!」
と言いそうになってました(笑い)。
「おまえ、何しに、ここにきたんだよ。」
思わず、言いそうになりました。
面接終了後、彼には丁重にお断りの電話をしました。
よく知らない大学の先生には簡単なお手紙を書きました。
ちょっとその先生には怒りを覚えましたが、
忘れることにしました。
でも、私はこの院生がとても羨ましく思えました。
社会人としては失格かも知れないが、
これほどまでに数学に執着し、勉強をしてきた。
大学時代を後悔ばかりしている僕には、
とてもまぶしく見えました。
履歴書を見れば、中学・高校時代はサッカー部。
「高校時代はサッカーばかりしてました。
あまりうまくなかったので、大学入学以降、サッカーはやってません。
大学に入ったら、数学を真剣に勉強しようと思ったからです。」
私もそう思った時期がありました。
たしかに。
でも意志が弱く、数学からもサッカーからも逃げ出した時期があります。
もちろん、大学を卒業できたので、
数学にきちんと向き合った時期もあるのですが、
大学初年度の不勉強、またその後の執着心の弱さもありました。
彼は教員には向かないかも知れないが、
数学に魅入られた男。
青春のすべてを数学に捧げた男。
将来はおぼつかないかも知れないが、
数学の真の姿は私より知っているだろう。
彼のことを思い出すと、微分積分、線形代数、位相の教科書を、
書棚から取り出します。
「あらためて、現代数学を勉強できないかな?」
もはや無理だと、わかっています。
勉強にひたむきなれる時間もないでしょう。
彼が羨ましい。
もう研究室を追い出されているかも知れないが、
全く数学には関係のない就職をするかも知れないし、
もしかしたら引きこもるかも知れないが、
彼が羨ましい。
数学に見入ってしまった男。
私も、「そうなりたい」「そうしよう」と思った時期があった。
でも、できなかった。
彼が羨ましい。
以上の話は、私の創作です。
現実に、こんな彼はいません。
あしからず、ご了承ください。