先日の日数教のシンポジウムのことを、たびたび思いだしている。
パネラーの方は、
小・中・大学の数学の先生、教育委員会の人、文部科学省の人、だった。
新指導要領が発表され間もないので、
フロアからの質問はやはり、指導要領に関するものが多く、
文部科学省の方が返答することが多かった。

シンポジウムが終わり帰ろうとするとき、
一緒にいていた同僚が、
「ロベルトさん、文部省の方の言ってること、わかりますか?」
と聞いていた。
「何をイメージしているかは想像がつくが、
 あの人は数学を軽視しているね。
 芸術って言葉も質問者から出てきたが、多分、その真意は理解できないよ。
 あくまで中央官庁のつくった観念論が
 どれだけ現実と、また理念として整合性があるかアピールしたいだけ何でしょ。
 解説書を読んで下さい、とか、解説書を買う義務があるとか言っていたけど、
 まあ要するに、指導要領読んだだけでは何もわからないということでしょ。
 読んでわからないものをつくっておいて、
 『あなたたち、もっと勉強して下さい』っていうのはないよね。」
「何を言ってるか分からないのは、職場の○○さんと同じ感じだったよ。」
「○○さんもそうだけど、
 他の人と理想とかあるべき姿とかが共有できていないのに、
 『だってさあ、論理的にはこうでしょ。わからないの、バカじゃない?』
 その、『だって~だから』の部分が共有できてないのに、
 記号論理で、自動的にこうなるって言われても、
 生徒を目の前にして、記号論理も何もないよね。
 実際、生徒はあの人のいうこと聞かないし。
 だいたい、『ソノ、だって~』の部分も何言ってるか、わからないし。
 ああ、こういってると○○さんと文部省の方、似てますね。」
「描いているイメージが、まったく違うんだねえ。
 官僚ってのはみんな、ああなんですかねぇ。」
「数学、習ったことあるのかなあ。
 ずいぶんと貧困なイメージだよね?」
「それにしても、○○さんみたいな人、多いんだね。」
「観念の中で生きてる人でしょ。あとオープンマインドじゃない人。
 自分が頭良いと思ってる人。多いでしょ。
 私もそういうところあるし。」
「ロベルトさんは違うよ。生徒にも人気あるし。
 じゃあ、この辺で。私はもう少し郡山の街を楽しんで行きます。」
「それでは、また。」

ドラマ「踊る捜査線」を見てるようだった。
「○○は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ。」
教育というロマンスあふれるダイナミズムを、
つまらない私立中高一貫の卒業生の偏狭な教育観で、
論理的っぽく語られた指導要領なんかどおりに教えたくないよね。
数学はそんな安っぽく活用するものではない。
そんな数学観しか持たないから、
中学生は「数学つまらない」って言うんだよ。
数学の本質を知れ、文部官僚!

返す返すも、思い出すたびに怒りが涌いてきた。
公官庁で働いていると、ああいうことしか言えないのか。
傲慢な教育観だ。
だから、旧指導要領の反省があんなことになるんだ。
あれが反省か、ってんだ。
もうちょっと、現場の先生と数学をリスペクトしろ。