今これをご覧のあなただけに

そっとお話ししたいことがございます

そう、そこのあなたです

このような話、誰彼構わず公言している訳ではございません

あなたは教養があるうえに
デリケートな感覚を持ち
礼儀についてもよくわきまえておいでのようだから
僕の気持ちを、なんとか分かっていただけるのではないかと思ったのです

少し回りくどい話かもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです


そう、
例えば、人通りの多い道端で
一万円札が落ちているのを見つけた時の気分によく似ています

一瞬、はっと足を止める
そして、見間違いではないかと、まばたきをしてみる
その結果、見間違いではないと知って、胸が激しく波を打ち始めるのです

しかし、心の中の理性は、それに伸びようとする手を強く押しとどめてしまう

拾ったりしないで、そのまま歩き続けたほうがいい

もしかしたらテレビの収録でカメラに撮られて
笑い物にされるかもしれないではないか

そうでなくても
思い切って、身を屈めて拾おうとしたら
ちょうど通りかかった人も拾おうとして身を屈めているかもしれない

その時の気持ちを想像してみて下さい!
かなり気まずいでしょ?
恥ずかしいでしょ?

顔から火が出そうなくらい真っ赤になって

「ああ、これ、…ね?」

などと、訳の分からぬ言葉をつぶやき、半笑いの状態で足早にその場を離れなければならない

それだけでは済まない
そのことを思い出す度に、何日も、時あるごとに

電車の中で、車の中で、部屋の中で、風呂場の中で、トイレの中で

冷や汗を流し、「グハァ!」と叫びたくなる程
恥ずかしい思いに浸らなければならない

こんな思いをするならば
お金が落ちていたとしても、拾おうと考えない方がよっぽどいい

あなたもそう思われませんか?

え?分かりにくいって?

じゃあですね

例えば、友達どうし大勢集まって語り合っている時

真ん中にお菓子がおいてあります

それを食べながら談笑を続けているのですが

最後の一個になった時!
どうしますか?
きっとみんな手を伸ばそうとしなくなるのではないですか?

もちろん、食べてはいけないという理由はないのですが
誰かが食べると、それ以外の全員は
関係ない話をしながら笑っていても

「あー、あいつ、とうとう最後の一個を食べやがった。いやしい、図々しいやつだ」

という恨みのような蔑みのような思いと視線が集中するかもしれない

そんな視線を浴びたくないがために
最後のお菓子は遠慮の塊と化していく


そう、まさに遠慮の塊

このことをお知らせしたいがために、長々とダラダラと書き綴ってきました


そうなんです
いくら僕が吸血鬼でも、食べ物のことで恥ずかしい思いをしたくはない……


あ、吸血鬼という言葉が出てきたからといって
怪訝な顔をなさらないでください

ま、しかし、無理もないですな

「吸血鬼」
人を襲って血を吸い、吸われた人は、外見は変わらないまま、同じように吸血鬼となってしまうという伝説

僕だって自分が吸血鬼になるまでは
単なる迷信と思ってましたよ

でも、自分がなってしまった今では
信じないわけにはいかない

不安になりました?
でもね、吸血鬼は僕だけじゃなくて他にもたくさんいますよ

ここだけの話、ぶっちゃけるとあなた以外の全ての人(?)が吸血鬼なんです!

あなたの新鮮で温かい血のことを考えただけで喉が鳴るのです!
あなたの血を吸いたくてたまらない!

みんなが狙っているのです!

びっくりしますよね
でも、もう少し冷静さを保って思い起こしてください


今日すれ違った人たちの顔、覚えてますか?

スーパーのレジのおばさん
会社の上司や後輩
仲のいい友達や恋人

どんな顔してました?

みんな抑制力を働かせて我慢していたんですよ



でもまあ
この事実を知ったからといって
怯える必要はありません

あなたの逃げ場はどこにもないですけれど

あなたの安全は保証されているようなものだ


あなたの血を吸ってしまったら

仲間のみんなにどんな目つきで見られるか

よく知っているから…