だが、病院へ行っても血だらけになった理由を「自殺未遂」と言うわけにはいかない。考えた末に「転んで石段にぶつけた」と、嘘をついた。でも、傷は深く、結局、縫うことになった。何針縫ったかはわからない。聞く気力もなかった。


治療を終えた後、職場に「インフルエンザで休む」と連絡し、一週間休んだ。その間はずっと家に引きこもっていた。外に行く気にならず、行くのは毎日病院だけ。終わったらさっさと帰った。あんなに外出が好きだったのに、その時ばかりは病院へ行くのさえも億劫だった。「あ~、これが鬱病なんだな」と、しみじみ思った。


病院へ行く時は部屋着の上に上着を羽織るだけ。帰ったらすぐに部屋着に戻れるようにするためだった。いつもだったら、サイズギリギリのジーンズにジャケット、ウォレットチェーンみたいなのがスタイルだったが、そんな面影はどこにもない服装だった。行った病院の受付には同級生がいて、よく顔を合わすが、その人も多分、当時の俺のことを不思議がっていたと思う。


 その時のスケジュールは、朝はいつも通り6時に起きて、朝食を取るが、その後、再びすぐ寝る。起きてからはパソコンで動画を観るか、ゲームをするだけ。昼食を食べた後も同じ。寝るか、動画か、ゲームか。それしかなかった。


以前、T-BOLANの森友嵐士さんが闘病生活中の当時を「ただ、息をして心臓が動いているだけ」って表現していたが、正にそんな状態であった。


夜もいつも通りに22時に寝ようとするが、何もしてない上に、昼寝をしているのでは寝られるはずもない。だが、起きていれば、エアコン、ライト、カーペット、パソコンなどの電気代が異常にかかって家族に更に迷惑をかける。だから、眠くなくても布団に入った。当然、昼夜逆転になってくるため、朝、起きてからは眠くても寝ないようにした。でも、病院へ行った後のスケジュールは何も変わらない。動画か、ゲームのみ。


 そんな日々が続いた後、職場に久しぶりに復帰したが、その時には退職する気持ちでいっぱいだった。退職届をカバンに入れて出社。挨拶の後、長く休んだことの謝罪。そして、すぐに退職届を出した。退職日まで2週間しかないというような非常識な退職届の書き方に上司は怒りをあらわにし、長い間、説教が続いた。


俺は無気力状態であったために、ほとんど下を向いたままで、小声で上司の質問に答えを返していた。しばらくして常務が来て一緒に話をしていた。だが、常務は俺の気持ちを悟ったのか、「これ以上、ここに長くいても辛いだけだ。もういいだろう?」と、上司に言い、俺は解放され、同時にその日限りで退職になった。


またまた長くなったので続きはまた今度に。今度は完結するかな(笑)?