今日は俺が入院中、担当だった看護師の誕生日。もう最後に退院してから15年経つけど、この入院は俺の人生の中で忘れられない、大事な日々だった。
先天性の骨の病気を持っているために、身長が伸びなくて地元の医科大学病院の小児科へ相談に行き、手術をしてくれる病院を紹介してもらった。
初めての手術は中2の時。甘やかされて育てられたために親離れをしていない俺は、県外の病院に長期入院するなんて不安と寂しさでいっぱいだった。10センチ伸ばすために入院が10ヶ月必要。その上、長い間の激痛とリハビリに耐えなきゃならない。この長く辛い日々は俺を精神的に鍛えてくれた。
2回目の手術は高2の時。この時に今日、誕生日の看護師が担当になった。
最初は、「空気を読まない、カラ元気な人だな」と思ってたんだけど、長く入院してその空気に慣れちゃったのか、いつしか、その看護師に対して安堵感を覚えるようになった。
「あ~、この人は一生懸命俺のことを考えてくれてるんだなあ」って思えた。まあ、その頃の俺は違う看護師に淡い恋心を抱いていたんだけど(笑)
2回目の手術は半年とちょっとの間、入院してたんだけど、一旦、退院して1ヶ月後に3回目の手術が待っていた。
もうね、3回目の手術で入院する時には「絶対に○○さんを担当にしてよ」って言うぐらいになってた。悪く言えば、依存してたんだろうけど。年齢も17年違うからある意味、母親みたいな感じになるの。あの頃の婦長(現:師長)が言ってたもん。「あんたらを見てるとホンマに親子みたいやなあ」って。もうそんなぐらいの関係だった。
でも、それだけによくケンカもしたんだけど。理由は俺のくだらない一方的な怒り。何の言い訳にもならないけど、長期入院するとストレスが溜まって爆発するのよ。それでくだらないことでケンカになる。
もう数え切れないぐらいしたなあ。もちろん、担当の看護師以外ともよくケンカしたんだけど。しなかったのは2人ぐらいかな。しなかった人を数えた方が早い(笑)
だから、俺は問題児だったんだよね。カンファレンスで俺の話題になったことが何回もあったらしいし。自傷行為も多かった。熱中症で死ぬニュースが流れている季節に外出して何時間も歩いて、予定時間より遅れて帰ったりとかね。
だから、俺の担当だった看護師は本当に大変だったと思う。結局、俺は納得いかないまま強制退院になったんだよね。手術の時の器具をはめたまま。
その2ヶ月後ぐらいに器具を外すために日帰り手術をするんだけど、担当の看護師は休みだった。まあ、その時には担当ではなかったけど。多分、俺が来るから主任看護師がそうさせたんだろうけどね。
でも、手術で麻酔をかけて日帰りで帰るのはきつかったから「一泊させてくれ」って言ったら、医者が「もう大丈夫だから、今日帰りなさい」なんて言われたけど、結局、一泊して帰ったんだよね。
でも、俺は本当はこの一泊の入院中に元担当の看護師に謝りたかった。でも、できなかったし、俺には逢う資格はなかった。
15年経った今でもこの時のことは悔やんでる。本当にたくさん迷惑をかけたこと、たくさん傷つけたこと、心の底から謝りたい。今でも逢えるなら土下座でもなんでもする。
だが、過去をいくら振り返っても仕方がない。過去は変えられない。だから、未来を変える。そのために未来の過程である現在を恥ずかしくない姿と生き様で生きる。それしかない。