お稽古ごとの一部として書いているだけです。

一読するだけでも大変ですので、興味の無い人、神様がお好きでない人は、スルーしてくださいませ🙇






世尊妙相具 我今重問彼

せそんみょうそうぐ がこんじゅうもんぴ

佛子何因縁 名為観世音

ぶっしがいんねん   みょういかんぜおん

具足妙相尊 偈答無盡意

ぐそくみょうそうそん げとうむじんに

汝聴観音行 善応諸方所

にょちょうかんのんぎょう ぜんのうしょほうしょ

弘誓深如海 歴劫不思議

ぐぜいじんにょかい りゃつこうふしぎ

侍多千億佛 発大清浄願

じたせんのくぶつ ほつだいしょうじょうがん

我為汝略説 聞名及見身

がいにょりゃくせつ もんみょうぎゅうけんしん

心念不空過 能滅諸有苦

しんねんふくうか のうめつしょうく

假使興害意 推落大火坑

けしこうがいい すいらくだいかきょう

念彼観音力 火坑変成池

ねんびかんのんりき かきょうへんじょうち

或漂流巨海 龍魚諸鬼難

わくひょうるこかい りゅうぎょしょきなん

念彼観音力 波浪不能没

ねんびかんのんりき はろうふのうもつ

或在須弥峰 為人所推堕

わくざいしゅみぶ いにんしょすいだ

念彼観音力 如日虚空住

ねんびかんのんりき にょにちこくじゅう

或被悪人逐 堕落金剛山

わくひあくにんちく だらくこんごうせん

念彼観音力 不能損一毛

ねんびかんのんりき ふのうそんいちもう

或値怨賊繞 各執刀加害

わくちおんぞくにょう かくしゅうとうかがい

念彼観音力 咸即起慈心

ねんびかんのんりき げんそくきじしん

或遭王難苦 臨刑欲寿終

わくそうおうなんく りんぎょうよくじゅじゅう

念彼観音力 刀尋段段壊  

ねんびかんのんりき とうじんだんだんえね

或囚禁枷鎖 手足被柱械

わくしゅうきんかさ しゅそくひちゅうかい

念彼観音力 釈然得解脱

ねんびかんのんりき しゃくねんとくげだつ

呪詛諸毒薬 所欲害身者

しゅうそしょどくやく しょよくがいしんしゃ

念彼観音力 還著於本人

ねんびかんのんりき げんじゃくおほんにん

或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等

わくぐうあくらせつ どくりゅうしょきとう

念彼観音力 時悉不敢害

ねんびかんのんりき じしっぷかんがい

若悪獣圍繞 利牙爪可怖

にゃくあくじゅういにょう りげそうかーふー

念彼観音力 疾走無邊方

ねんびかんのんりき しっそうむへんぽう

玩蛇及蝮蠍 気毒煙火燃

がんじゃぎゅうふっかつ けどくえんかねん

念彼観音力  尋聲自回去

ねんびかんのんりき じんじょうじえこ

雲雷鼓掣電 降雹澍大雨

うんらいくせいでん ごうばくじゅだいう

念彼観音力 応時得消散

ねんびかんのんりき おうじとくしょうさん

衆生被困厄 無量苦逼身

しゅじょうひこんにゃく むりょうくひっしん

観音妙智力 能救世間苦

かんのんみょうちりき のうくせけんく

具足神通力 廣修智方便

ぐそくじんづうりき こうしゅちほうべん

十方諸国土 無刹不現身

じっぽうしょこくど むせっぷげんしん

種種諸悪趣 地獄鬼畜生

しゅじゅしょあくしゅ じごくきちくしょう

生老病死苦 以漸悉令滅

しょうろうびょうしく いぜんしつりょうめつ

真観清浄観 廣大智慧観

しんかんしょうじょうかん こうだいちえかん

悲観及慈観 常願常瞻仰

ひかんぎゅうじかん じょうがんじょうせんごう

無垢清浄光 慧日破諸闇

むくしょうじょうこう えにちはしょあん

能伏災風火 普明照世間

のうぶくさいふうか ふみょうしょうせけん

悲體戒雷震 慈意妙大雲

ひたいかいらいしん じいみょうだいうん

澍甘露法雨 滅除煩悩焔

じゅかんろほうう めつじょぼんのうえん

諍訟経官処 怖畏軍陣中

じょうしょうきょうかんじょ ふいぐんちゅう

念彼観音力 衆怨悉退散

ねんびかんのんりき しゅうおんしったいさん 

妙音観世音 梵音海潮音

みょうおんかんぜおん ぼんのんかいちょうおん

勝彼世間音 是故須常念

しょうひせけんのん ぜこしゅじょうねん

念念勿生疑 観世音浄聖

ねんねんもつしょうぎ かんぜおんじょうしょう

於苦悩死厄 能為作依怙

おくのうしやく のういさえこ

具一切功徳 慈眼視衆生

ぐいつさいくどく じげんじしゅじょう

福聚海無量 是故応頂礼

ふくじゅかいむりょう ぜこおうちょうらい

爾時持地菩薩即従座起

にじじじ ぼさそくじゅうざき

前白佛言世尊若有衆生

ぜんびゃくぶつごんせそんにゃくうしゅじょう

聞是観世音菩薩品

もんぜかんぜおんぼさほん

自在之業普門示現神通力者

じざいしごうふもんじげんじんづうりきしゃ 

当知是人功徳不少

とうちぜにんくどくふしょう

佛説是普門品時衆中

ぶっせつぜふもんほんじしゅちゅう八萬四千衆生

はちまんしせんしゅじょう

皆発無等等

かいほつむとうどう

阿耨多羅三藐三菩提心

あのくたらさんみゃくさんぼだいしん


意訳


仏は優れた姿をしておられるが、私は今重ねて次のことをお尋ねしたい。仏子は、どうして観世音と名づけられるのか。優れた姿の仏は、詩の形で次のように無尽意菩薩に答えられた。観音の修行がどんなに優れているかをよく聞くがよい。広き誓願は海のように深く、どれ程の時間をかけても人間の知恵には思いもおよばない。何千億の仏たちのもとで、大いなる清らかな願いを起こした。今私は、あなたのために簡単に説明しよう。この菩薩の名を聞き、その姿を見て、心にしつかりとどめて空しく生きることがなければ、あらゆる苦しみは消滅する。たとえ悪人が、悪意をもって燃えさかる火の穴に落とされても、観音の救いを心から念ずれば、火の穴はたちまち池に変わる。あるいは大海の中を漂流して、龍や怪魚や鬼などに襲われても、この観音の救いを心から念ずれば、波の中に溺れることはない。あるいは人に高い山の項きから落とされても、観音の救いを心から念ずれば、太陽のように空中にとどまることが出来る。あるいは悪人どもに追われ、高い山から落ちても、この観音の救いを心から念ずれば、髪の毛一本傷つかない。また強盗に囲まれ刀で殺されそうになっても、観音の救いを心から念ずれば、彼らの心はたちまち優しくなってしまう。あるいは国王に捕えられ、刑場で処刑されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、刀がばらばらに折れてしまう。あるいは牢屋に入れられ、鎖につながれても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちに鎖は解けて自由となる。あるいは呪いや毒薬のために命が危険にあっても、この観音の救いを心から念ずれば、殺そうとした人にそれらが戻っていく。あるいは悪鬼や毒龍といったさまざまな怪物に出会っても、この観音の救いを心から念ずれば、どれもが害を与えないようになる。もし猛獣に囲まれて、牙や爪で殺されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、どこかへ走り去ってしまう。とかげ、ヘび、まむし、さそりなどが毒気を吐いても、この観音の救いを心から念ずれば、念ずる声を聞くやたちまちいなくなってしまう。天がとどろき、いなずまが光り、ひょうが降り、大雨が降っても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちそれらは消散してしまう。人々が困難にあい、さまざまな苦しみにさいなまれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。神通力を全部そなえ、智恵に富んださまざまな手段によって、あらゆる方角にある国に姿を現わし、どんな国でも現われないことはない。観音菩薩はさまざまな悪趣に出向き、地獄・餓鬼・畜生などによる苦しみと、生老病死の苦しみを、神通力と方便によって滅ぼしていく。観音菩薩は真実の観、清浄の観があり、広大な智恵の観、憐れみと慈しみの観が備わっている。だからいつも観音菩薩の出現を願い、その姿を仰ぎみるべきである。観音菩薩は汚れなく清らかな光に包まれ、太陽のごとき智恵の輝きがすべての闇を取り除き、よく炎の風や火を吹き消し、世間を照らす。あわれみの心は雷のように人々を守り、いつくしみの心が雲のように人々を覆う。永遠の教えの雨を降らし、人々の煩悩の炎を鎮める。争いにまきこまれ法廷に連行され、戦場で死の危険にさらされたとき、この観音の力を念ずれば、あらゆる敵はみな逃げてしまう。観音菩薩は優れた音、世間を観る音、梵天の音、大海の音を持ち、世界のあらゆる音に勝る音を持っている。したがって常にこの観音を念ぜよ。一念一念に念じて決して疑ってはならない。この観世音という浄い聖者は、苦しみや死の苦難が訪れたときに、最後のよりどころとなるのである。あらゆる功徳を持ち、慈悲の目をもって人々を眺めている。その福の集まる姿は無量であり、だからこそ礼拝すべきである。




嫁ちゃんに奇跡を起こした一部である観音経を、ここに掲載します。じっくりと理解し、体得すれば、生きていく上での拠り所となると思います。