特に宗教を信仰しているわけではないけど、
何か縋るものがある方が生きやすいのかな、
って思う事がある。

自分には仏像のように形はないけれど、
実は縋っているものがあるのではないか、
って思う事もある。

それはこれまでの経験であったり、
思い出であったり、
学習した事であったり、
それで形成されている持論であったり。

過去は変えられないけど未来は変わってく。

形はなくとも私がすがっている何か達も、
変わらないものもあればそうでないものも。

変わるものを変わらないまま縋るのは、
自分の中に他人がいるようなものなのか。

かつて自分の中で自分であった他人も、
目の前にいる周りの人も、
何の迷いもなく縋れたら、
それだけで見える世界が変わるのだろうか。