あの日以来、彼が私にキスをすることは無かった

彼は私の名前に〝ちゃん〟を付けなくなり、私は『増田くん』じゃなく『たかひさ君』と呼ぶようになった

出かける時はいつも手を繋いでくれた

私を見つめる視線が優しくて、私はどんどん彼に惹かれていた

あの日から1ヶ月が過ぎても、彼は手を繋ぐ事以外何もしてくれなかった

いつしか彼が何かしてくれる事を期待する自分がいた

たかひさ君の動きの一つ一つが私をドキドキさせる

私は完全に彼に恋していた




今日はカラオケデート

たかひさ君がDVDを買いたいというので、CDショップに立ち寄った

私はひとつのDVDを手にした

彼が後ろから覗き込む

『あ、それ俺持ってるわ』

『そうなんだ

私この映画観たかったんだけど、タイミング逃して観れてないんだよね

                  ……面白い?』

『俺は結構好き!』

『そうなんだ…』

たかひさ君が好きな映画…

それだけで急にものすごく観たくなった

帰りにレンタルショップ寄ろうかな

そう思いながら私がDVDのケースを戻そうとしたら

『めっちゃ観たそうな顔してるじゃん』

そう言って彼は笑った

『じゃあカラオケやめて、うちでDVD観る?』

『え?』

『そうしよ。決まり!』

そう言うと、たかひさ君は私が持っていたDVDを棚に戻し、私の手を引いて歩きだした

初めて行く彼の家

まさか、こんなに突然やってくるなんて


どうしよう…


緊張する私とは逆に、たかひさ君は私の手を引いたまま、どんどん進んでいく

私が色々考えてるうちに、彼の家に着いてしまった

『どうぞ』

たかひさ君がドアを開けて、優しく私の背中を押した

綺麗に片付けられた部屋

全体的にモノトーンで統一されていた

『俺DVDセットするから、キッチン適当に使ってお茶入れてくんない?』

私はキッチンに入り周りを見渡した

目の前のカウンターからは、彼がDVDを出している姿が見える

後ろには作り付けのカウンターボードがある

カウンターの上にはコーヒーメーカーとオーブンレンジが置かれていた

私はお茶を探して引き出しや戸棚を開けた

いくつか開けると、色々なティーバッグが入った引き出しがあった

スティックタイプのインスタントコーヒーを取り出してポットでお湯を沸かし始めた

たかひさ君はソファの端に座ってDVDのリモコンをイジっていた

あ…

たかひさ君、またあの座り方…

彼はよく左脚を胡座のように曲げて、伸ばした右脚の下に入れていた

私は彼の座り方が好きだった


たかひさ君が私を見た

『大丈夫?  わかる?』

『大丈夫だよ!

コーヒーメーカー分かんないから、インスタントにしたけど… 』

『良いよ~』

たかひさ君の笑顔にキュンとした

緊張は収まらない



今日はキスしてくれるかな…



少しの期待を胸にリビングへ行った


テーブルにマグカップを2つ置くと、彼が私を見つめて低い声で優しく囁いた。

『おいで…』

彼の目と声に、私はドキッとした

彼に引き寄せられるように、彼の右側に座る

DVDが始まると、彼は真剣な表情で画面を見始めた

観たかった映画なのにドキドキして頭に入らない

彼が私の後ろの背もたれに肘を置いて、手で頭を支える

たかひさ君の顔が近くて、私は更にドキドキしていた

急にたかひさ君が私を見た

『な、何?』


優しい声で彼が言う

『なんかさ………緊張してる?』

『え……なんで?』

『ん~、なんとなく?』


『うん……してる』


『なんで?』

少し声が低くなったような気がした


私が答えずにいると

彼は私の後ろに廻した手で私の髪を撫で始めた。

そして、私を見て低い声で言った

『何、期待してんの?』

私は、恥ずかしくなって下を向いた

『顔見せてよ』

たかひさ君に言われて顔を上げると

彼は左手で私の鼻をギュッとした

『痛~い!』

そう言った瞬間、彼が私にキスをした。

私は左手で彼の服を掴んだ

涙が出そうなくらいドキドキする

彼は唇を離し私を見たまま

『何して欲しかったの?』と囁いた


『………キス』

彼が軽く唇にキスをして…

『したよ?』

私を見てエクボを出して笑った

『ほかには?』

『え? ほかって…』

彼の言葉にドキドキする

私は恥ずかしくて下を向く

『して欲しかったのはキスだけ?』

彼の声のトーンが少し落ちた…

顔を上げると、彼の視線に顔が熱くなった。


『本当は、もっと期待してるんでしょ?』

さらに低い声で言う彼に、私はまたドキドキする

たかひさ君は私の髪を撫でながら、時々髪をかき上げて耳にキスをした

その度に耳に当たる彼の熱い吐息が私をクラクラさせた

左手で私の右手に指を絡ませて、時々唇にキスをする

ただ触れるだけ…

ヤバイ!

焦らさないでって言っちゃいそう…




『あ…あの、たかひさ君…映画

                  終わっちゃうよ?』

彼はまた耳にキスをして、耳元で低い声で囁いた

『俺、全部知ってるから…

                 観てていいよ?  

彼が私の首筋に唇を這わせた

『観……れない…よ』

彼の指先が髪に触れるたびに、ゾクゾクする

『観てていいよ

それとも…

何かして欲しくなったの? 』

その声に私は気持ちを抑えられなくなった

『どうしたい?』

彼が私を見つめた


涙が溢れそうなのを堪えながら彼を見て言った

『焦らさないで…』

『そんな目して言われたら、抑えられないよ…』

彼が私の腰に手を廻す

触れた唇から甘い吐息が零れる

甘い世界に引きずり込まれる…


私も彼の背中に手を廻した

熱い口づけを交わしながら、ゆっくりと身体がソファに沈んでゆく

彼が私に与えてくれる愛が私の心を満たしてくれる

私は小さな声で囁いた

『もう我慢出来ないよ…


           たかひさ君の事が好き…』


『やっと言ってくれた

            俺も、もう我慢しないよ?』

そう言って彼は、私を強く強く抱きしめて、愛しそうに優しいキスをした