母親の「ハンドクリームおにぎり事件」
が勃発したのは
私が小学校の高学年か
または中学校に入った頃だったと思う
農家をしていたせいか
手荒れがひどかった母は
常にハンドクリームを手に塗っていた
冬のあかぎれは特にひどいものだった
大量にハンドクリームを手に塗ったあと
子供達が食べるおにぎりを握ったら
おにぎりの味がハンドクリーム味になってしまい
弟が激怒した、という顛末
末っ子の弟が激しく母に抗議していたのを
今でも覚えている。
普通に考えたら
ハンドクリームを塗ったばかりの手で
おにぎりを握るだろうか?
そしてそれを子供達に食べさせるだろうか?
自分が子供達におにぎりを作ってあげたい
という気持ちが強かったら
ハンドクリームを塗った後で握る
とは考えにくい
本当は作りたくないけど
子供達がうるさいからとりあえず握ってしまえ
と考えたのか…
手が痛いから代わりに握ってくれない?
と正直に私に頼むこともせず…
やはり私達の母親は何かが欠落していると
言わざるを得ない
たとえば学校の給食が休みのとき
土曜日の部活などで弁当が必要なとき
あからさまに嫌そうな顔をして作っていた
自分のために作ってもらっているとはいえ
あからさまに嫌な顔をされ
しかも茶色のおかずしかない弁当…
この人は本当は作りたくないんだな
義務感で嫌々ながら作ってる母を見て
がっかりした
私が作って頼んだから?
頼んだ私が悪い?
私は
もうそんな嫌な表情は見たくなかったから
必然的に自分で弁当を作り始めた
具合が悪くて
病院に連れて行ってもらうときも
機嫌が悪かった
大丈夫?
お医者さんで診てもらえばすぐ良くなるよ
みたいな優しい声をかけられたことは
これまで一切なかった
むすっとして
病院の待合室でただ座っている母の姿しか
思いだせない
そんな母の態度にいつしか
病気になった自分が悪い
仕事を休ませてしまった私が悪い
と思うようになっていた
具合が悪い、といえば
この頃、父がかなり胃の調子が悪くて
仕事を休んで
自分の部屋で寝ていたことがあった
でも
子供達には
お父さんは具合が悪い
などとは教えてもらってなかったと思う
ただ普段は健康で仕事を休むことはないので
調子悪いのかな?
くらいにしか思ってなかった
ちょうど
近所のおじさんが父を訪ねてきたので
私は父の部屋の前に行き
大きな声で父を呼んだ
父が自宅にいるのに
声をかけないでお客さんを帰してしまった
となれば
なにやってるんだ!役立たず!
と怒られてしまうかもしれない
そう考えたからだ
何回か呼んだ後
具合が悪いから出られない
と返事があった
おじさんには帰ってもらったのだが
その後
回復した父から私はこっぴどく叱られた
具合が悪くて寝ているのに
大きい声で
お父さん、お父さんって呼びやがって!
このバカ者が!
つまり
年中無休の農家の自分が
具合が悪くて昼間から部屋で寝ている
これはよほどの大変なことなのだから
客がきても声をかけずに帰ってもらうのが
正しいのだ
そんなこともわからず
病人を大切にしないお前は大馬鹿者だ
ということだった
父親が具合が悪いのに
気遣いできず
声をかけてしまった自分は悪い子
罪悪感しか残らなかった
こうやって
じわりじわりと
自分を責める言葉が
私の身体の中に染み込んでいった
現在も抜け出せずに苦しんでいる
「すべて私が悪い」の考え方は
やはり毒両親の態度に起因していると
言わざるを得ない
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今日の癒し![]()
シマエナガのパン![]()
かわいい![]()
でもパクリと食べちゃったんですけどね![]()

