2026.9.15

敬老の日が近づいて、父のことを思い出した。

子供たち、夫には「豊川稲荷に行って、心のけじめをつけたんだから、実家と関わると、いつも心が折れてしまうから、もう考えなくてもいいんだよ。お母さんには、この家族があるからね」そう言われる。

でも、やはり年老いた父のことを考えると、今年が最後かと思ってしまう。

父の誕生日にも、家族には内緒で、こっそりカードを添えて、ちょっと高級なお味噌汁のセットを送った。

それに対して数日してお礼の電話が出たが、私はどうしても出ることができず、折り返しの電話もしなかった。

そして、敬老の日。92歳と言う父親の年齢から来年は無いのかもしれないと心が焦る。

良いものを買っても、弟たち夫婦に渡してしまう父親を何度も見ている。

弟からも嫁からも「おすそ分けをいただきました。ありがとうございました」と言う連絡は一切ない。だから、値段の張るものは送りたくない。

9月15日、敬老の日のカードとちょっとしたおせんべいを送りたいとショッピングモールに行き、カードには敬老の日おめでとう。そう書いて、その日中に郵便局から小包を送った。

送った後、父親にはこんなにも悪者にされてるのに、何故こんなことをするんだろうと少し悲しくなった。

そして、今日、夕方に、父からの着信。

私は意地を張っているのだろうか、、やはり父の電話には取ることができなかった。

留守番電話の文字起こしには「荷物が届いたよ。ありがとうね」と書かれていた。。

それでも父親に電話を折り返す気持ちにはなれなかった。

電話をかけても相変わらずの父親の状態が手に取るように理解できる。何度私は泣いたことか。この深い悲しみから逃れるには父親とは関わらない。もうそうするしかないのだ。優しい言葉をかけてやっても、実家に行って、弟夫婦と関わると「お前が来るとすぐに喧嘩になるからもう帰れ!二度と来るな」この繰り返し。しばらくして「あの時は言い過ぎた」とは絶対に口にしない無言の贈り物。この繰り返しほど、胸が張り裂けそうに辛い。

父にはもう年月はないと思う。

でも、父親の性格は変えることができないし、あの両親があの弟を育てた。弟はお金に困っているわけでもないのに、金の亡者、嫁は貧しく育っているから、人のものを何でも盗む盗っと女。 

姪っ子には敬語を知らない嫁に育てられたものだから「おばあちゃん現金で遺産もらってんじゃん」そう言われた。

その言葉を口にする自分の娘に対して止めることもしない。自分の言いたいことを娘に代弁してもらってるんだなぁと思ったら、その卑しさにやっぱり心が潰れそうになった。人は育った通りにしか育てないし、育った通りにしか子育てはできない。

私ももしかしたら嫌な人間なのかもしれない。

64にもなって、母は亡くなっているのに、まだ母の愛情を欲している自分が惨めで情けなくて仕方がない。