最近 思う事

心が、もう彼に会えないことに
気づき始めている

前は、会えないなんてことを
信じたくなかったんです

いつか会えるってことを
それだけを楽しみにしていることで
これからを頑張れる気がして

いや、それでも
もしかしたら会えたりしないかな…って
期待したりしてる自分もいて

もちろん死後の話です

本当に会えたらいいのですけど…

死後の世界は在る、そう思うことで
人が人らしく生きていけるから
人が 在る事としたんだろうとか思ったり
…それはそれで良いことなのですが

私が敬愛する
江原啓之さんのお話を聞いていると、
とてもじゃないけど
無いわけはないのですが

私自身 魂としての存在というか
護られている、と実感している時点で
肯定できていることになるんですけども
どうも心のどこかで
魂同士になった時にちゃんと会える確信が
得られずにいます

当たり前か
自分がみていない体験していない
想像もつかない世界のこと
何事も 間違いすら 体感して会得しなければ
自分のものにできない不器用な私が
見てもない世界を心底信じることなど…

例えば、彼が私を想う時
きっとこうであればこの子は嬉しいとか
具体的に何がどうであれば幸福であるか
分かる事がきっとできるけど
例えば 犬を迎えることができたらとか
私の母が健康でいてくれたらとか
収入が増えたらとか
それはとても具体であるけど

私は彼のあちらでの幸せを願う時
具体に何をどう願えばいい?
あちらの世界の事 見てないから、
明確なことを願えず
ただ安らかに、とか
どうか楽しく過ごしてますように、とか

だって彼が好きだった趣味などは
全て人工的なもので、
果たしてそんなもの
あちらの世界にもあるのかどうか?
いやきっとないんだろうな
うーん 何を願えばいいのか…

具体に願いたくなるんです
余りにも願いがふわっとしていて

私が幸せであることが
彼も嬉しい、という事以外に
私も具体に願いたいんです


生きれば生きるほど
まわりの大切な人を見送り あちらへ逝き
死ぬのが怖いことではなくなっていきました
これからきっともっとそうなります

見たいなぁ いつかいく場所のこと

本当のひとりではないですが
ひとりになってから
多分ひとりで生きなければならないという
精神の張りによってなのだろうか
今まで張っていなかった精神のアンテナ線のどこかがもう1本張ったように感じる
今まで気づかなかったことに
たくさん感づくようになったり

断食をしたあと
今までにない味覚を感じるようになったり
禁煙をしたあと
煙草を美味いと感じさせられていたのが
とても不味く 毒物であると体が素直に感じられるようになるように
人も獣と同じ環境に生きれば
嗅覚や聴覚が野生の者のそれに近くなるように

一度ちゃんと何かに飢えると
五感が冴えるようだ

それによって良いこともあれば
勿論そうでないこともある

精神の中を色んな事が駆け巡りすぎて
とても疲弊する…
そのせいで避けてしまっている事柄が少なくない
でも避けなければ健やかではいられない
だから結局これで良いのだろうけど
時々とても孤独に思う

召されるまでのあと何年? いや何十年
こんな事を思い続けていくんだろうか

寂しいな  とにかく寂しい
寂しいけど 本質の所を満たす術がない