藤岡陽子
『リラの花咲くけものみち』
光文社 2023年
新聞の書評につられて図書館から借りて読んだ。
こんな表紙の本を、90歳のジジイが読んでいると奇異に思われるのではないかと少しためらったが、読み始めると面白く、東京への往復の電車の中で一気に読んでしまった。歳をとったせいか、ギスギスした話よりも、悪人の出てこない心温まる物語のほうが性に合うようになった。
舞台は北海道江別市にある農獣医系の私立大学・北農大学。主人公の岸本聡里が、さまざまな経験を通して獣医師として成長していく物語である。
著者の藤岡陽子さんは文学部の出身だというが、獣医学のカリキュラムや実習、獣医師の仕事について綿密に取材したらしく、その成果が物語の随所に生き生きと反映されている。
聡里は幼くして母を亡くし、父の再婚相手である義母とうまくいかず、不登校となって引きこもる。唯一心を許せる存在は愛犬パールだった。
そんな聡里を見かねた母方の祖母が引き取り、高校卒業資格を得られるよう支え、高校の先生の勧めもあって獣医師を目指すことになる。まだ気持ちは定まらないまま、聡里は北農大学へ入学する。
大学では四人部屋の学寮に入るが、人付き合いが苦手なうえ、愛犬パールの遺骨を部屋に持ち込んだことが誤解を招き、同室の彩華から拒絶される。しかし事情を知った彩華は、やがて聡里のかけがえのない親友となる。
ペット病院でのアルバイトや大学での実習を通じて動物と向き合ううちに、聡里は獣医師を志す気持ちを固めていく。
しかし、実習で、母馬の命を絶って仔馬を救うという過酷な現場を目の当たりにし、自信を失ってしまう。そんなとき祖母から、病身だった母が命の危険を承知で自分を産んだことを聞き、迷いを吹っ切る。そして実習で指導を受けた獣医師の姿に憧れ、大型動物を診る獣医師として畜産農家を回る道を選ぶ。
先輩へのほのかな恋と失恋、祖母の死、父との決別など、さまざまな出来事を経て聡里は人間としても成長し、いつも温かく見守ってくれた同級生で愛鳥家の残雪と心を通わせて結ばれる。
この小説の大きなテーマは、家畜やペットとして人と暮らす動物との関わり、そして「生と死」である。
先端医療の実験に提供されたネコが命を取り留めたとき、聡里はネコと飼い主のために喜ぶ。一方、実験を担当した先輩は、研究が成功したことを喜ぶ。同じ出来事でも、その立場によって見方が異なるのである。
また、救えない命について聡里が残雪に問いかける場面が印象的だ。残雪は、「死を不幸と考えるのは人間だけであり、動物にとって死は、人間が考えるほど不幸なことではないのかもしれない」と語る。
容易に答えの出せない問いを、読者もまた聡里とともに考えさせられる。
小説は八章から成り、それぞれに植物の名が付けられ、最後はその花言葉で締めくくられる。最終章「リラの花咲くけものみち」という題名には、リラの咲き誇る道が、何が現れるかわからない「けものみち」であっても、自ら選んだ道を振り返ることなく歩んでいこうとする主人公の決意が込められている。
この作品はNHKでドラマ化され、この8月から続編が放送されるという。ぜひ観たいと思っている。
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