お弁当をめぐるちょっといい話

朝日新聞デジタルに、今年6月14日付の「『シントンくん』と30年後の再会 高校時代のお弁当をめぐる思い出」と題する、若松真平編集委員の記事が掲載されていた。心温まる話なので紹介したい。

都内の小学校で教える「とも子さん」(61)は、高校2年生のとき、タイからの国費留学生「シントンくん」と隣の席になった。

シントンくんは昼食に購買部のパンを食べていたが、ある日、「いいな、お弁当……」とつぶやいたのをとも子さんは耳にした。そのことを母親に話すと、「お弁当を一つ作るのも二つ作るのも同じ手間だから」と言って、翌日から二人分のお弁当を持たせてくれた。

シントンくんは大喜びし、それ以来一年間、とも子さんの母親は二人分のお弁当を作り続けた。

高校卒業後、二人は別々の大学へ進み、交流も途絶えた。

それから30年後の2011年夏、とも子さんの勤務する学校にタイ大使館から電話が入った。大使館が建て替えのため近くへ移転してくるという挨拶だった。

その電話をきっかけに、ふとシントンくんを思い出したとも子さんが大使館のホームページを調べると、「シントン・ラーピセートパン」という公使の名前を見つけた。

思い切って大使館へ電話すると、本人は不在だったものの、職員の応対から何か手応えを感じた。ほどなくして公使本人から学校へ電話があり、彼こそ高校時代のシントンくんであることが分かった。

シントンくんは大学院修士課程を修了して帰国した後、在日タイ大使館の参事官や公使を務め、再び日本へ赴任していた。講演では高校時代のお弁当の思い出をたびたび語っていたため、大使館の職員も、とも子さんからの電話に「お弁当の人では?」と思い当たったという。

二人は30年ぶりに再会した。シントンくんは、日本とタイの架け橋となる仕事をしていること、講演のたびにお弁当の話をしていることを語った。

帰宅したとも子さんが母親にそのことを伝えると、母親はうれしかったのか、誇らしかったのか、目に涙を浮かべた。翌年には、母娘そろってタイのナショナルデーの式典にも招待された。

2019年、シントンくんは3度目の赴任で駐日タイ特命全権大使となり、高校時代の同級生が集まるクラス会も開かれるようになった。

ある席でシントンくんは、「聞きにくいことだけど」と前置きして、とも子さんに尋ねた。大使館では「毎日お弁当を持ってきてくれたのは、とも子さんがシントンくんに好意を寄せていたからだ」と皆が話しているという。もし本当にそうだったのなら、自分は気づかずに申し訳ないことをした、と。

とも子さんは即座に「ないないないない」と否定し、シントンくんを安心させた。

記事は、とも子さんの次の言葉で結ばれている。

「シントンくんは『高校卒業のとき、お母さんにちゃんとお礼を言えなかったことを悔やんでいたから、お会いできてお礼が言えてホッとした』と言ってくれました。私がなかなかできていない母への親孝行を、代わりにたくさんしてもらった気がして、シントンくんに感謝です」

いい話だ。読み終えて思わず涙が出そうになった。

一年間、黙々とお弁当を作り続けたお母さん。その恩を何十年経っても忘れず、日本とタイの懸け橋となって語り継いできたシントンくん。そして、偶然を捕まえてその再会を実現させたとも子さん。三人に心から大きな拍手を送りたい。

 

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