今日、乙武さんがこのようなツイートをなさっていました。
https://twitter.com/h_ototake/status/206921728448929793
まずは、下村博文衆議院議員のブログより。
正直、発達障害に関する知識が圧倒的に欠如している私には、
この問題に対する答えは持っていませんし、答える権利もありません。
さらに言えば、今回の下村議員の掲載内容が果たして一理あるのか、
それとも多くの方がブログのコメント欄で発言されているように、
全くの見当違いなのか、それを判断することさえ憚られます。
しかし、下村議員のブログを読んで、私なりに考えたことはあります。
それは、少なくとも、下村議員もコメントしている方どちらも、
この発達障害という難しい問題に真剣に取り組んでいるということです。
コメントされている方の中には、やや感情的に、
強い表現を用いて下村議員に訴えかけている方も散見されます。
非難や謝罪要求は、一時的な感情の鎮静剤にはなるでしょうが、
問題の根本的な解決には繋がりません。
仮に、下村議員の理解が不十分であるとするならば、
それを補完修正していくことが重要です。
もっと言えば、コメントされている方が、
その知識をきちんと伝え、共有の輪を広げていくことが重要です。
こうした知識の共有を図ったり、時に意見を競合させたりすることが、
建設的な議論につながると思います。
今回、下村議員のブログに出会ったことで、たくさんの方が発達障害に悩まされ、
またこの問題に真摯に向き合っていることを知ることができました。
実のところ、発達障害という問題は、私にとって全く無関係な話ではありません。
それにも関わらず、非常に稚拙な知識しか持ち合わせていなかったことは、
素直に反省しなくてはなりません。
私も今回をきっかけに、共有の輪に入り、
ゆくゆくはその輪を広げていく側になれればと思います。
続いて、片山さつき議員のブログより。
こちらに関しても、非常に情けないことですが、
私の知識不足が祟り、本質的な部分を語ることはできません。
あくまで、主観的な印象として、とりあえず学校に行けば良い、
といった論調はやはり乱暴が過ぎるように感じました。
不登校になってしまった生徒と、どのように向き合い、
どのようにケアしつつ、復帰へと導いてあげられるか。
この点に関しては、慎重な態度が望まれます。
しかし、不登校を「理解」することと、「擁護」することは違います。
大前提として、不登校はやはり好ましい状況とは言えません。
不登校になってしまう原因は、人それぞれだと思います。
その原因を無視することは絶対に避けなければなりませんが、
だからといって、その原因が分かったから、
学校に行かなくても良いというのは、筋が違います。
それは結局、「甘え」に過ぎず、「理解」したつもりになって、
不登校という問題から目を背けたも同然です。
不登校の原因を認識してあげて、どのようにしてその原因を解消してあげることができるか。
それを追求することが、本当の「理解」だと私は思います。
学校へ通うことが全てではないとか、
「いい子」である必要なんてないとかといった考え方は、
不登校を「理解」する為のひとつの手段としては有益ですが、
安易に用いることには警鐘を鳴らしたいです。
できれば学校には通った方が良いし、わざわざ「わるい子」になる必要もないでしょう。
それこそ「いい子」ちゃん発言だとか、
傲慢が過ぎるだとか批判を受けそうですが、
私からすれば、学校なんてものは「所詮その程度」のものです。
学校にさえまともに通えないような人間が、
その他の数多の困難に太刀打ちできるとは到底思えません。
不登校という困難から逃がすのではなく、、
それに太刀打ちできるだけの太刀と腕前を伝授すること。
それが本当の意味での「理解」であり、教育に繋がると思います。