ふわふわ星柄スカート
星柄のふわふわスカートを買いました。
中にチュールのペチコートが仕込んであるので、
普通のひらミニよりもっとふわっと広がる感じで、脚が細く見える!!
これは今はまだ暑そうに見えるので、
もうちょっと涼しくなったらブーツに合わせて穿くの。
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ところで最近、あんまり肌の調子が良くないのです。
といってもそこまで劇的に悪いとか吹き出物がーというわけではないのだけれど、
基礎化粧品が合わなくなってきているような・・・?
なのでそろそろ基礎化粧品を変えようかなと思っているの。
乳液先行を続けるならコスメデコルテ、
思い切って化粧水先行のケアに戻すのだったら、
ゲランにしてみようかなーという思いもあって。
それか、AWAKEに戻すのもアリかなあ。
もしくは大好きなコーセー系ということで、BKOのアルティメーション。
このあたりで決めようかと思っているのですが、迷うー。
インド人のメンタリティ
仕事で海外の会社と取引することがあるのですが、
私が一番「このひとたちすごい」と思ったのは、インド人。
もちろん同じ国の人たちでも個人差はあるし、
アメリカ人、イタリア人、フランス人、中国人、韓国人と、
そういうふうに国籍だけで人をくくるのは偏見なのかもしれないけれど、
文化というものが存在する以上、
ある程度の傾向はあるというのが事実だと思うのです。
で、インド人だけど。
インド人はね、とにかく言うことがでかい。
先日、取引している品物の品質で気になることがあったので、
別件のついでにそれについてチクリと一言付け加えたら、
<そんなふうに思ってたの?ねえ、いつからそう思ってたの?
という、倦怠期のカップルかとつっこみたくなるような返答が返ってきました。
<いや、まあぶっちゃけ1年くらい前。
と答えたら、
<もっと早く言ってくれればいいのに!!
でも大丈夫、心配しないで!これから○○社さんとの案件では、
特別プロジェクトチームを編成して当たらせてもらうから!!!
というでかい返事がものの5分で返ってきた。
社長と話しているわけではなく、一担当者レベルでこんなことを即答する。
私はそれって、すごいことだなと思うのです。
日本の会社だったら、
「品質向上について鋭意努力いたします」とか「善処します」とか、
その辺の曖昧なこと言ってごまかすかなーとか、
あるいは「では、先にお納めしたものについて検品を・・・」とか、
過去のものの修正に走りがちな、ある意味で安直なところがあるかなと思うのですが、
インド人は特別プロジェクトチームとか言っちゃうから。
前にもそんなふうに感じたことがあって、
ちょっと納期的に無理そうかなーと思う案件をお願いしたときも、
<大丈夫!できる!人が足りなければ新たに雇ってでもやる。
とか言っちゃう人たちなのです。
これはその会社に限ったことではなくて、別のインドの会社もそうでした。
このメンタリティの違いはいったい何なのだろうと考えていて、
最近ちょっと思うのが、
それは「明日も仕事はやってくる」ということを前提で考える日本人と、
「明日の仕事はゼロかもしれない」ということを前提で考える、
弱肉強食の世界で生きている人たちの違いなんじゃないかということ。
たとえば「この仕事、できる?」と聞かれたとき、
日本人は割と言葉通り「できるか・できないか」を考えて、
できることであれば「できます」と答えるし、
ちょっとでも不安要素があれば「もう少し詳細が分からないとお答えできないので云々」
みたいに返事をするわけです。
それは、「できる」と言えば自分のところに仕事が来るという前提で話しているから。
他方、これはインド人でなく中国人やアメリカ人もそうだけれど、
「この仕事、できる?」の質問は、
頭の中で「やるつもりがあるか、ないか」という問題に変わっていることが多い。
だから、「できる」の返事はイコール「やりたい・やる気がある」という意味なのです。
実際にできるかどうかは、やってみてから考えるか、
まあ仕事なのでしゃかりきになってやってはくれる。
それはつまり、「やりたい」という意思表明をしなければ、
キャンディデートにすらなり得ないという意味であって、
「できない」「分からない」というのはイコール辞退の意志を伝えることであり、
そうすると仕事がくる可能性は当然0%なわけです。
「できる」と言っても自分のところに100%仕事が来るわけではなくて、
「できる」と言うことは単にチャンスをつかむスタートラインに立つことなのです。
なので実際には「できてねーじゃん!!」という事態が起こって、
私自身はその後始末に遁走したりすることもあるし、
今日も彼らの「できる!」を鵜呑みにして、
おっそろしく残業してきたわけなんだけども。
でも、そういうシビアでハングリーな姿勢は見習うべき面もあるかなと最近は思っています。
私が一番「このひとたちすごい」と思ったのは、インド人。
もちろん同じ国の人たちでも個人差はあるし、
アメリカ人、イタリア人、フランス人、中国人、韓国人と、
そういうふうに国籍だけで人をくくるのは偏見なのかもしれないけれど、
文化というものが存在する以上、
ある程度の傾向はあるというのが事実だと思うのです。
で、インド人だけど。
インド人はね、とにかく言うことがでかい。
先日、取引している品物の品質で気になることがあったので、
別件のついでにそれについてチクリと一言付け加えたら、
<そんなふうに思ってたの?ねえ、いつからそう思ってたの?という、倦怠期のカップルかとつっこみたくなるような返答が返ってきました。
<いや、まあぶっちゃけ1年くらい前。と答えたら、
<もっと早く言ってくれればいいのに!!でも大丈夫、心配しないで!これから○○社さんとの案件では、
特別プロジェクトチームを編成して当たらせてもらうから!!!
というでかい返事がものの5分で返ってきた。
社長と話しているわけではなく、一担当者レベルでこんなことを即答する。
私はそれって、すごいことだなと思うのです。
日本の会社だったら、
「品質向上について鋭意努力いたします」とか「善処します」とか、
その辺の曖昧なこと言ってごまかすかなーとか、
あるいは「では、先にお納めしたものについて検品を・・・」とか、
過去のものの修正に走りがちな、ある意味で安直なところがあるかなと思うのですが、
インド人は特別プロジェクトチームとか言っちゃうから。
前にもそんなふうに感じたことがあって、
ちょっと納期的に無理そうかなーと思う案件をお願いしたときも、
<大丈夫!できる!人が足りなければ新たに雇ってでもやる。とか言っちゃう人たちなのです。
これはその会社に限ったことではなくて、別のインドの会社もそうでした。
このメンタリティの違いはいったい何なのだろうと考えていて、
最近ちょっと思うのが、
それは「明日も仕事はやってくる」ということを前提で考える日本人と、
「明日の仕事はゼロかもしれない」ということを前提で考える、
弱肉強食の世界で生きている人たちの違いなんじゃないかということ。
たとえば「この仕事、できる?」と聞かれたとき、
日本人は割と言葉通り「できるか・できないか」を考えて、
できることであれば「できます」と答えるし、
ちょっとでも不安要素があれば「もう少し詳細が分からないとお答えできないので云々」
みたいに返事をするわけです。
それは、「できる」と言えば自分のところに仕事が来るという前提で話しているから。
他方、これはインド人でなく中国人やアメリカ人もそうだけれど、
「この仕事、できる?」の質問は、
頭の中で「やるつもりがあるか、ないか」という問題に変わっていることが多い。
だから、「できる」の返事はイコール「やりたい・やる気がある」という意味なのです。
実際にできるかどうかは、やってみてから考えるか、
まあ仕事なのでしゃかりきになってやってはくれる。
それはつまり、「やりたい」という意思表明をしなければ、
キャンディデートにすらなり得ないという意味であって、
「できない」「分からない」というのはイコール辞退の意志を伝えることであり、
そうすると仕事がくる可能性は当然0%なわけです。
「できる」と言っても自分のところに100%仕事が来るわけではなくて、
「できる」と言うことは単にチャンスをつかむスタートラインに立つことなのです。
なので実際には「できてねーじゃん!!」という事態が起こって、
私自身はその後始末に遁走したりすることもあるし、
今日も彼らの「できる!」を鵜呑みにして、
おっそろしく残業してきたわけなんだけども。
でも、そういうシビアでハングリーな姿勢は見習うべき面もあるかなと最近は思っています。




