勘違い自体は俺にでもあるよ。
責任ってのは生きてるうちどんな時でもあってさ。
任されたことから逃げ出したいって気持ちもわかるけどさ。
そういうのから気ままに逃げ出してたら
俺たちはあなた方をどんな目で見たらいいかな?
その場なにも任されてなくても、
せめて「人としての責任」はずーっとついてくるはずだよ。
自分、もしくは自分と直近で関係のある人たちがなんか悪いことをしたら謝ろうな。
この世の中にはいろんな性格の人がいるから、
ささいな事でも気に障る人がいるんだけど
それは俺もあなたも例外じゃないわけで・・・。
たとえば自分が親だとして、
自分の子供が他人の物を壊しちゃいました。
その時「大変申し訳ありませんでした」って謝ってれば
相手に多少の怒りはあるかもしれないけども
許してくれるかもしれないんだよ。
でも「子供のしたことだから」とか「なんでここに置いとくんだよ?」
っていうのは、
”自分に直接関係のない相手にしていい発言なのか?”
って一度踏みとどまって考えるきっかけにしていかないと、
自分には関係ないように見えても、
少なくとも自分の子供の成長には良くないんだよ。
この場合ってのはさ。
友達の家だとか、学校だとか、職場だとか。いろいろあるじゃん。
他人の家に遊びに行って、
そこにあった画鋲が入ったケースを床に野放しにしてて、
それを自分の子供が踏んで刺さってケガしました。
この場合だったら「なんでここに置いとくんだよ?」は通じる訳で
相手も「申し訳ない」になると思うんだよ。
でも、
家族で博物館に行って、展示品を子供が壊しちゃいました。
展示品は破損しましたが子供は軽く当たっただけでケガしてません。
この場合に「なんでここに置いとくんだよ?」は通じない。
仮に、俺がもし館長やってたら俺でも無理。
ちなみにこの場合、「子供のしたことだから」も通じないです。
というか基本、「子供のしたことだから」が通じるケースは
他人が関係する場面では事態が重い軽い関係なく
ほとんど存在しないと思ってもらって構わない。
話がそれるようで考えれば全然それてない話だけど、
よくある発言で「お客様は神様なんだろ?」って言葉、
実はあんまり好きじゃない。
というか出向いた俺らが出す言葉じゃないと思う。
お客様が神様かどうかは運営側が決める事であって、
俺らが神様と自覚して行動するのは違うんだよ。
というか一種、神様感覚を実感できるのって
お金を使った瞬間か、何気ない行動が相手に良くとられて
「これ、サービスしときますね」って厚意で何か追加された時じゃないかと思う。
自分に嬉しい事をされた時って気持ちの揺れ動きが激しいので
浮ついた気持ちでまたそこに行くかもしれないけど、
同じような対応をされる時ってそこまでないのよね。
基本対応にないサービスって運営側としたら
不利益につながるかもしれない、本来禁止されてる事かもしれないからね。
それに頼っちゃいけない。自分たちは人間なんだから。
サービスは偶発的にされるもので当たり前じゃない。
お金を払ったら神様?
そんな勘違いしちゃいけない。
親にとって子供は宝であり神かもしれないけども、
子供は第一に人間です。なので
「自分の発言次第で神を超えられる」
なんてことはざらに存在しない。
あるとすれば、
自分たちが扱う空間で、自分の子供だけで行って起こった弊害くらいが
「子供のしたことだから」が通じる瞬間じゃないか。
ただそれも状況によるけど。