戦前は大日本帝国による朝鮮半島支配の正当性の象徴として偉人であったが、戦後はその反動で存在が抹殺されてしまった「神功皇后」に興味を持ち、ネットでいろいろ調べていると、実在・非実在だけでなく、まぁ、様々な説があることに驚きました。
近世の歴史に翻弄された神功皇后という人物の真の姿に迫りたくて、古代への旅に出かけてみようと思い立ちました。
当然乍ら、 私は実在の人物と考えています。
まずは、名前ですが、、
わかりません^^;
和風諡号は「日本書紀」では「曰氣長足姬尊 」。 「古事記」では「息長帯日売命」。
どちらも(おきながたらしひめのみこと)と読みます。
神功皇后という名は漢風諡号で後世の淡海三船によってつけられたものです。
ほら、名前もわからないのに実在したとよく言えるな! という声が聞こえてきそうですが、
古代には実名敬避俗(じつめいけいひぞく)という考えがあって、諱(いみな)は親や主君だけしか呼ぶ事が許されなかったのだそうです。
ここでは一般的に使われることの多い息長足姫で話しを進めます。
息長足姫は、日本書記では3世紀の人物として、あるいは卑弥呼とだぶらせて描かれていますが、私は4世紀後半から5世紀前半の人物だと考えています。
年代の事については改めて詳しく書きたいと思います。