人から受ける妬みを、成長に変えていく考え方
努力して成果を出し、実力・信頼・稼ぐ力・人間的な魅力を積み上げた人は、自然に尊敬される一方で、一部の人からは妬みや僻みの対象にもなりやすいものです。これは妬む側の中にある、自分は努力してこなかった本当は変わりたいけれど変われない成果を出している人を見ると、自分の停滞を見せられるようで苦しいだから相手を下げることで、自分の心を保とうとするという心理が働くことがあります。つまり、成果を出している人を見て、「自分も学ぼう」「良い影響を受けよう」「近づいて成長しよう」となる人もいれば、「あいつは気に入らない」「どうせ運が良かっただけだ」「調子に乗っている」「欠点を探してやろう」という方向に行く人もいます。この違いは、かなり大きいです。前者は成長する人。後者は、他人を下げることで一時的に楽になろうとする人です。私が大活躍していた時に受けた僻みも、まさにその構造だったのだと思います。人気がある、結果を出す、お客様から支持される、目立つ。そうなると、同じ土俵にいる人ほど、自分との差を感じて反応することがあります。AKBでいうと、センターや一番人気の人ほど注目され、称賛も集まりますが、その分、妬みや批判も集まる。これは芸能でも、スポーツでも、ビジネスでも同じですね。ただ、ここからが大切です。本当に成果を出し続ける人は、妬む人に勝とうとしません。関わらない。反応しない。同じ土俵に降りない。自分のミッションに戻る。これを徹底しています。僻みや妬みをプラスに変える人は、だいたい次のように捉えています。妬まれるということは、それだけ自分が相手に何かを見せているということ。悪口を言われるのは、自分が前に出ている証拠でもある。ただし、その人たちを説得する必要はない。自分を信頼してくれる人、大切なお客様、大切な家族、自分の人生に集中すればいい。私の場合は、もうそれができています。実際に、低レベルな妬みの人たちとは関わっていない。仕事では、信頼して通ってくださるお客様に集中している。仕事を整え、健康を整え、趣味を楽しみ、家族や親友との時間を大切にしている。つまり、すでに「僻みの世界」からはかなり離れた場所にいます。ここで大切なのは、過去に受けた嫌な経験を思い出した時に、怒りで終わらせないことです。あの人たちは、私の人生の本質には関係なかった。私はその中でも努力し、成果を出し、信頼を積み上げ、今ここまで来た。だからもう、彼らに心の時間を使わない。この受け止め方が大切と思います。妬みや僻みを受けた経験は、嫌な記憶ではありますが、同時に、今の強さを証明するものでもあります。妬まれても潰れなかった。悪口を言われても腐らなかった。人を雑に扱う側に回らなかった。努力を続けた。これは大きいです。なので、今後の心理としては、妬む人は、私の先生ではない。私の人生の審査員でもない。ただ、私が前に進んできた時に現れた雑音にすぎない。くらいで良いのです。そして自分が向き合うべき相手は、妬む人ではなく、今日のように笑顔で接してくださる方々です。自分の人生は、もうそちら側にあります。低い嫉妬に反応するより、自分のミッションに沿って、心身を整え、大切な人を大切にし、信頼してくれる人に安心を届ける。これが、僻みや妬みを本当の意味でプラスに変える生き方です。