CVS-8 中国人ペア コウ&サイ(1) | アリキリ

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アリーとコウさんは、オペトレの日、休憩時間の時に少しだけ言葉を交わした。コウさんはアルバイトをしながら、日本語学校に通っているのだという。日本人の言葉はわかるようだが、まだ、話すのにはぎこちなさが残る。その分、といったら失礼かもしれないが、コウさんの働きぶりは、遅れてオペトレにやってきた時の悪びれない態度が嘘みたいに一生懸命で実直に映った。

サイさんと話をしたのは、店がオープンしてから十日程経ったシフト交代の時である。サイさんの方から流暢な日本語で話しかけてきた。「サイと申します。オープンの日は大変でしたね」ネームプレートを見なければ日本人と思ってしまうほど自然な日本語だった。アリーにまで敬語で自己紹介してきたことで、逆に外国人っぽさを醸し出していた。「あ、アリムラと申します。宜しくお願いします」つられて、アリーも同年代には使い慣れない敬語で答えた。サイさんは、二年前から日本の大学に留学しているのだという。「大学を卒業したら日本の企業で働きたいのです」教科書の例文みたいなことを言うな、とアリーは思った。

 

コウさんとサイさんが二人だけの時は、いつも中国語で会話している。キリヤマは、二人の会話の内容がわからないので快くは思っていないようで、一度だけ注意したことがあるそうだが、相変わらず中国語で会話しているので黙認していた。

同じ中国人といっても、コウさんとサイさんはどこか違っていた。大陸の人たちにはよくあることだが、サイさんは大きな声で速射砲のごとくまくし立てる。コウさんは、「本当に中国の人?」というくらいに、それをおとなしく聞いていることの方が多かった。アリーが上京してきて、街中でよく見かける中国人同士の会話は「喧嘩!?」と間違えるくらいに騒がしく言い合う姿ばかりだったので、二人の様子、というよりもコウさんのどちらかというと日本人っぽい態度は意外だった。

シフト交代のタイミングで客足の少なかった日、不思議に思って、アリーはコウさんに訊ねた。「コウさんは中国の方でも物静かなほうなんですか?」アリーとしては目一杯に気を遣ったつもりの遠回しな言い方だった。「ホントハ、ソウデモナイデス」意外な言葉が返ってきた。

「サイサンハ、マチノヒトダカラ」街の人?都市部の出身ということか?「マチノヒト、ユウフク。デモ、イナカノヒト、ユウフクジャナイ」都市部の出身者はお金持ちで、農村部の出身者は貧困と言いたいようだ。

「サイサン、ユウフクナノデ、ニホンノダイガクカヨエル。ワタシ、ダイガクニハイケテナイ」たどたどしくも、コウさんは珍しく自分から続けた。コウさんの覚束ない日本語をアリーは頭の中で翻訳した。「資本主義国家ばりに経済成長が著しい都市部では、年に何度も日本へ観光目的で来るような富裕層が多く、サイさんは親が学費を払ってくれて日本に留学してきている。一方で、農村部ではいまだに共産主義が色濃く残り、経済的にまだまだ苦しい。コウさんは何とか渡航費用を工面して日本に来て、アルバイトをしながら日本語学校に通っている。日本に来ても、そのヒエラルキーの順列は変わることがなく、農村部の貧困層は、都市部の富裕層には逆らえない」アリーはようやく理解した。中国には経済的優劣を前提とした厳然たるヒエラルキーが存在するということを。