明日、帰国です!!



飛行機はほんとに好きなんだけども、



乗るのは毎回緊張するんですよね。



そのくせ1時間ぐらいしたら爆睡してますがw




てか1回くらいファーストクラスとか乗ってみたいww



飛行機の中でフラットに寝られたら感動ものでしょうね。



でもま~エコノミーでもファーストでもフライト時間は変わんないわけですから、



無駄な希望は持たないことにします。 









てか政府、彼らは守りたいものや信念があって政治やっているんだろうか。
去年9月の仙閣での漁船衝突”事件”しかり、今回の震災対応しかり、
他国と日本との狭間にあってどっちを向いて政治をやっているのかわからない政府。


最近になって地震、津波直後の福島原発の状況が表に出てきたわけですが、
政府、メディア、原子力村ご在籍の方々は口を揃えて原子炉に損傷は無い、とおっしゃっていましたね。
そりゃ自ら推進してきたものを否定するのは簡単なことではないです。原子力が大事な大事なエネルギー政策の一端を担ってきたのも事実です。でも人の命を犠牲にしてまで原発の恩恵を受けようなどと誰が思うのか。


20キロ圏内避難勧告前に大量の放射能や放射性物質で内部被ばくをされている方もおられるのではないかと僕は思います。なんせ3月23日までの放射性物質の拡散状況を見る限り、20キロの同心円でカバーできてない飯館村とかにも100ミリシーベルトの内部被爆の可能性が示されています。ただちに健康に影響が無いのは当たり前ですけど、4年5年したときに子供の甲状腺がんがちらほら出てくるのではないかと心配でたまりません。
せめてヨードくらい迅速に飲ませてあげられなかったのか。


メディア等でも放送されていましたが、厚生省はアメリカからのヨード譲渡の提案を「薬事法にひっかかるので」といって断ったそうです。事実だとしたら本当に悲しいですね。落胆ですね。


僕は思うんです。政府与党にとってはきっと、情報をひた隠すことが権力を握っていることを実感させてくれるのでしょう。まさに隠蔽体質。臭いものにはふたをしろ体質。どっかの隣国か!!と突っ込んでしまいたくなりますね。
あ~あ、日本ってこんな国だったのかな。いつから自国民を犠牲にしてまで保身に走る政治家を総理にするような国なったのかな。


いずれにしても今回の原発事故(彼らに言わせると”事象”。ふざけた言い回ししてんなよマジで。)の責任追及は徹底的にやらなきゃダメだと思います。今回の事故で失ったものはあまりにも多すぎるけど、教訓として少しでも得るものがあることを願いたいし、そうしなきゃいけないと思います。








お久しぶりでございます。







この間の更新を最後にちょっと間が空いてしまいました。




なんせFinal Examだったもんで、




ブログを更新する気も失せ、




部屋と図書館を往復する毎日を送っておりました。






そんなテストテストな毎日からも一週間前に解放され、





これでもかというくらい遊び呆けておったわけです(´0ノ`*)




遊び疲れたww





遊び続けるのも疲れます。







Historyの授業を除いてほかは全部成績が出たんですけど、




ま~こんなもんですかね。っていう感じです。



Biologyが予想に反して”A”だったのはうれしいサプライズでしたがww


専攻範囲である政治学の授業が"A-"だったのは悔しかったです。


ちゃんと授業行かないとダメですね笑





アメリカの大学は、

日本のような優、良、可、みたいなやつではなく、

A,A-,B+,B,B-,C+,C,C-,D、そしてF(FailのF)

というように細分化されていて、

GPA (Grade Point Average) という成績評価値を使って成績の善し悪しを判断します。

4.0が上限で、3.5以上くらいで優秀って感じでしょうか。もちろん大学のレベルにもよりますが。

(大学によってはA+っていうのもあるので、4.0以上になることもありえるのかと思います。)




日本でもGPA制度を導入している大学が増えてきているようです。






ま~そんな話はいいとして、



5月31日に日本に帰国します。

8月25日まで、約3ヶ月いる予定です。



地元が岩手なので、災害ボランティアに参加したいと思っているのですが、

なにぶん特別なスキルを持ち合わせていないため、

どのような形で復旧の手助けが出来るかは全く未知数です。

出来る限りのことをさせていただきたいと思います。

ヘドロすくいでもなんでも、やらせていただけることがあったら飛んでいきたいです。



それと読みたい本がたくさんあるので、

学期中には手が出ないような本を続々読破していきたいと思います。








明日は友達と、近くの湖にバス釣りに行ってきます。


こっちでの釣りでいい思い出はあまり無いので、


いっそのことすんげーでっかいの釣れればいいな。








んでは。












ちょうどCNNを観てたんです。



そしたらキャスターが慌ただしい感じで、


「大統領が今夜10時30分から緊急声明を発表する模様です。詳しいことは分かりませんが、このような事態は非常に稀です。なんらかの重要な声明が発表される模様です。」


って感じで何があったんだろな~と思っていたんです。



それがまさかビンラーディンの死亡を発表する会見だったとは思いもよりませんでした。



その発表の後から、




アメリカは USA! USA! USA!コールが鳴り止みません。





僕は大学の寮に住んでいるのですが、



しばらく騒がしかったです。




CNNによれば、Bin Ladenは米軍のNavy SEALsとの交戦中、頭部に弾丸を受け死亡したそうです。






これからアメリカ政府が決断を迫られるのはいかにその遺体を扱うかという事だと思います。

すでに水葬したようですが、

国民はBin Laden死亡の証明となるものを要求するでしょうし、

それにいかに答えるか。なかなか難しい問題だと思います。




このニュースが飛び交う中で僕が個人的に色々感じた事は、


彼が殺害された事で何がどう変わるのか?
それと、いわゆるパブリックエネミーの死に対する米世論の反応。

です。




合衆国にとってビンラディンを拘束または殺害する事は長年の悲願だったわけですが、

ビンラディン殺害を完遂した意義、もしくはその影響というのは、

対外的な影響・意義というよりも、米国としてのケジメであったりプライドに因るところが大きいと思います。

ビンラディンを殺害する事によりテロ組織に断固とした姿勢を示す狙いもあるでしょう。

しかし、アメリカの正義にそしてアメリカ国民に弓ひいたものは地の果てまで追い続けるという姿勢を米国民に示す事が一連のミッションの大きな意義だったのではないかと思います。

敵討ちといったところでしょうか。

彼らからすれば諸悪の根源のような存在だったわけですから、

この発表に歓喜し愛国心をかき立てられる彼らの気持ちはよくわかります。

しかしながら僕はその輪に加わる事は出来ませんでした。

もし僕がアメリカ人だったらその輪に加わっていたのだろうかと考えましたが、

結論は出ず。

ただ僕は、たとえその人間が何千人もの一般市民の命を奪った張本人だったとしても、

その人間の死に歓喜する事に一抹の違和感を覚えたのです。

彼がしてきた事を肯定するという事では全くありません。

命を奪われた事は当然の報いだと思います。

テロと戦う国々とっても朗報です。

もちろん日本にとっても。


しかし、僕は人の死に対して”おめでとう”というような気持ちの表し方は出来ないということです。




文章力が無いゆえにうまく書き表すことが出来ませんが、


たとえ殺されるべき人の死であってもそれは皆が等しく経験する同じ死なのであって、


その人間を恨み憎しむことはあっても、その人間の死を喜ぶという行為にはなじめないということです。


それに報復攻撃と称してテロ活動が激化するのではないかという懸念も頭をよぎりました。




でも逆に言えば、こんなに彼の死がアメリカ国民を歓喜させるということは、

9.11というのはアメリカにとってそれほどまでに悲しい記憶であり屈辱的な歴史ということだと思います。



そして、正義を遂行するということに対するアメリカの執念を感じた出来事でした。




しかし、一つ残念なのは



アメリカ合衆国にはアメリカとしてのプライドだけではなく、


法治国家としてのプライド・正義を追求してほしかったということです。


罪人をその場で殺していいと誰が決めたのか。 


今回のミッションは明らかに殺害を目的としたものです。

真の正義を標榜するならば、裁判においてfairに、

その結果において死刑となるならば全く異存はないのです。


正義は、公の場でなされるべきだと思います。




僕のアメリカ人の友達の間でも、

今回の出来事をめぐって意見は分かれています。


そして彼らがいつも行き着くところは、

正義とは何なのか。



急襲して有無を言わさず眉間を打ち抜くことがはたして正義なのか。

それはテロリストがしていることとなんら変わらないのではないか。



僕はアメリカが信じる正義がそんなものだとは思いたくありませんが、



多くのアメリカ人の反応を見る限り、



彼らは正義の意義を履き違えているとしか思えないのです。



9.11で愛する人を亡くされた方々が、


今回の一件で歓喜乱舞しているとは、到底想像できません。


むしろそういった方々の方が、

自体を冷静に見られているのではないかと思います。






もし金正日が今回のような形で殺害されたとしても、

僕は歓喜することはないと思います。


むしろ法治国家としてのプライドと国際法にのっとって、

公の場で公平に裁くほうがよかったのではないか、と今回と同じように主張すると思います。






そしてこの出来事をキッカケとして世界各地でテロの犠牲者が出たとき、

アメリカ人は自らのあのときの反応をどう受け止めるのか。


それでもまだ Congratulations と言えるのか。





今回の出来事を通して、


僕はアメリカ人の興味的な、そして悲しい一面を垣間見たのでした。











んでは。