相手のため、と思いながら、本当は、自分のためっていうことってあるように思う。
特に、
相手の相談にのる
という場合。
私は、
ものすごーーーーーく相手が落ち込んでる時。
ただただ、聞く。共感する。って、人間関係の場合は必要だと思ってる。
そこから成長しようとする時、励まし合うならそれもOK。
でも、
相談にのる=話を聞くっていうとき、
相手のために聞いてるって思ったりするけど、自分のためにそうしている場合もあるように思う。
優しいと思われたい
いつでもWelcomeな状態でありたい
いつでも共感してあげたい
これらの○○な状態でありたいっていうのは、自分の希望であって、相手のためではない。
そんな自分って優しいでしょ?とかって承認要求になってる。
相手にとっても、
いつも聞いてくれるから、今日も聞いてくれるはず→依存がうまれる
いつでも共感してくれる→自分の課題に気付きにくくなる。
つまり、これらの状態って、相手の考える機会を奪っていることになる。結果、相手のためになってない。
仲良くありたいと思う相手だったりすれば、話をなるべく聞かないようにするのは、心が痛む。
変わらずに、話を聞くことはできるし、その方が関係は平和なのかもしれない。
でも、人が本当に成長しようとする時、孤独に取り組まなければいけない時ってあるような気がする。
寂しくて、孤独で。でも、逃げないで取り組んでいくと、いつか視界が開ける時が来るんだと思う。
そうなった時、前向きな話を、同じように喜びあえるようになれることが、
本当に相手のためになるってことってあるよねーと思ったりする最近。
私の中での、相手を思った行動は、
どうしようもない時に寄り添い、話を聞き、その後は、相手の成長を信じて見守る。
ことかなーと。
また1つすっきり☆