大丸ミュージアムへピサロ展を見に行ってきました。

オックスフォード大学・アシュモリアン美術館蔵
印象派の巨匠 -家族と仲間たち-
ピサロ展
2008年10月9日(木)→27日(月)




実はカミーユ・ピサロについては、あー、印象派の・・・というところで思考がストップ。
はっきり思い浮かべられる図像がイメージできない。うーん、なんとなく。。程度でした。
今回はチラシも見ずに行ったので、目にとまったものを直感で鑑賞するという楽しみ方をすることに。

会場には、展覧会タイトルにもあるように「家族と仲間たち」の小作品がずらっと並べられており、最初はどれが誰の作品かわからないので、ほんとに直感で気になるものに歩み寄っていきました。
風景画はどう見たら楽しいだろうか?ガイドするならどんな切り口があるだろうか?
などと考えながら見たりして。

色が好き、構図が好き、雰囲気が好き。いろんな切り口があります。
どうして好きって感じるのかな?までつっこんで考えると、普段の生活や趣味思考が表れていておもしろいのです。
「好み」という点からすると、ぐっとくる絵は実はなかったんだけど、
カミーユ・ピサロ
「窓からの眺め、エラニー=シュル=エプト(1888年)」

この絵はガイド的な視点でじっくり眺めていくと面白いなあと思いました。

画面の中に、奥行きのある風景が描かれている。
その奥行きを感じさせてくれるのはどれなのだろうか?と探してみると、画面下の中央右寄りに、こんもりした木が描かれている。これが一番手前の景色。
そこから赤い屋根が画面の中央までのびていき、視線は横にのびた建物の線でいったんストップする。そうすると、その先にさらに奥へと広がっていく草原に目がいって、ぽつぽつと描かれた立ち木がもっと遠くの林の方まで誘導してくれる。そして上部に描かれた雲のラインが、林の奥の方、この絵の中の一番遠くの景色まで、丁寧に連れて行ってくれることがわかってくる。
画面の下から上へ=手前から奥へは、こんなふうに。
そして、左右の広がりは、右端にとびこんできている大木の葉、左端へはみ出していく建物があることで描かれていない景色を感じることができるのではないでしょうか。

描き手の構図に対しての思考が、そこには表れていると思うのです。
実際の風景だったとすると、どこから眺めていたのでしょうね?相当高い場所からだったと思われます。
どこまでが実景でどこからが創作なのかわかりません。でもそこには作為は感じられません。
ただ、のどかな美しい情景が広がっています。
点景として配置された、庭で作業をしている婦人と鶏。きっと日常のなにげないひとコマ。
作者が考え抜いた構図で描いているからこそ、なんでもないような情景がしみじみと美しく感じられるのではないかなと思うのです。

ピサロについては展示パネルを読んだくらいの情報しかないので、あくまでも直感ですが、多くを語りすぎず、また不足なく情景を楽しませてくれる画家なのではないでしょうか。

展示の後半に、息子のリュシアン・ピサロの風景画がありましたが、これは対照的に自己主張のある風景画でした。世代・世相の反映なのか、個人的資質なのかはわかりませんが。
父の切り口が「この風景の印象(よさ)をどんな技法をつかったらカンバスにとどめられるか」だとしたら、息子のほうは「この風景を俺はこんな風に感じたんだぜ!」というような、自画像的風景画。
そんな風に感じました。


風景画の楽しみ方。これからもいろいろ広げられそうです。