ボーカロイド制作日記 by mash01(おっホイP)

ボーカロイド制作日記 by mash01(おっホイP)

弱小ボカロPであるmash01(おっホイP)のボカロ曲制作日記。
曲の制作状況や解説、ときどき愚痴や毒。

元ストーン・ローゼズ、プライマル・スクリームのベーシスト、マニが亡くなったとのニュース。

えええ・・・マジか・・・としか。

 

私の好きなベーシスト・ベスト5に常に入る人です。

 

この人のベースの魅力を伝えるのは少し難しい。

とても上手い人なんですが、腕をひけらかすようなプレイではないし、スラップべきばきみたいなわかりやすい上手さでもない。

でも軽い気持ちでコピーしてみると「うわムズ!」ってなる。

 

ローゼズ初期は丸みのある音でポップに弾むようなベース。

 

【 I wanna be adored 】

【 Waterfall 】

 

ローゼズ後期は鬼気迫るようにドライブするグルーブ。

 

【 Daybreak 】

 

プライマルではごんぶとな音で重く疾走。

 

【 Motorhead 】

 

【 Shoot Speed Kill Light 】

 

どの場合でも、楽曲の中心にマニのベースがあり、バンドの音の軸として作用していた。

 

「ベースを始めたばかりの人にお勧めのアルバムを教えてほしい」と問われたことがあり、マニ在籍時のプライマルのライブアルバムを選びました。

 

初心者が陥りがちな「テクニックを向上させなきゃ」という意識ではなく、「安定感」「疾走感」「グルーブ」「楽曲の中心軸」といったベース本来の役割を学んでほしくて、それにはマニのベースが一番勉強になると思ったんです。

そういうベーシストです。

 

ロックの偉人が亡くなることが多くなった昨今。

ロックも年を取ったものだのうと思ったりもするのですが、マニは私と同世代で、ローゼズもプライマルもリアルタイムでハマったバンド。

ということもあってショックが大きかったりもしますね。

俺も年を取ったのだなあ。

 

なお、個人的なマニの思い出は、プライマルのライブ中、観客の白人女性がTシャツを脱いでパイオツ丸出しになったときに、心から嬉しそうに爆笑していた笑顔ですw

 

 

パソコンを買い替えました。

 

パワー不足を感じることも多くなってきたけど、面倒でついつい先送りし続けていました。

でもWindows10のサポートが終わったし、さすがにもう対応しなきゃかな ということで。

 

音楽制作、イラスト描き、動画編集などをやるには、そこそこの性能が必要になります。

購入したのは今回もDELLのデスクトップ。

ディスプレイなし、マイクロソフトOfficeなし、バンドルソフトいっさいなし という質実剛健モデルです。

 

・CPU:インテル Core Ultra 5 225、10コア

・OS:Windows 11 Home

・メモリ:16GB DDR5

・ストレージ:1TB SSD

・価格:95,110円(税込)

 

すげえ高性能ってほどじゃないけど、まあこのくらいあれば十分だろうか というレベルかな。

 

で、うっかりしていたんですが、いまどきのパソコンってVGA端子がないのね。

使っているディスプレイがVGA端子のみなので、HDMIからVGAに変換するアダプタも買うはめになりました。

 

この土日で移行作業を行いました。

もうPCも6代目。移行作業も手慣れたものです。

データ類はほとんど外付けHDDに保存するようにしていたので、データの移行が少なくて済むライフハック。

 

ちょっとてこずったのはDAW(音楽制作ソフト)のエフェクトと音源のインストール。

インストーラーはまとめて外付けHDDに保存していたので、そこからインストールするかDLLファイルをコピーすれば良いだけ のはずなのですが、メーカーによっては管理用プログラムからインストールしなければならなかったり、なぜかインストーラーがなくなっているのもあったりして意外とめんどかった。

 

しかしエフェクトや音源ってどんどん増えていくもので、フリーのを入れたけど結局全然使っていないものも多数。

不要なエフェクトや音源を整理する良い機会でもあります。

 

あとまだボーカロイドをインストールしていないのです。

すごく時間がかかった記憶があるのでめんどいなーって。

(ボカロPの風上にも置けませんな。)

 

なぜか今月はロックバンドに関する映画が多数公開。
それも単館のリバイバル上映とかじゃなくて、新作の大手シネコン全国上映。
なんで?
まあ嬉しいので観に行きますわね。


◆オアシス ネブワース1996:DAY2

 


昨年見たネブワースライブの映画、その2日目の映像です。


リアムはこの日の方がリラックスしているような気がしました。
MCもなんかテキトーに思い付いたことを口走っている感じで、これもリラックスしている証拠かなw

 

服装もちょっとキメてみようとした(でもキマっていなかった)初日より、何にも考えていない普段着セーターの2日目の方が彼らしい。

来日公演まで1ヶ月を切りました。
兄弟げんかすることなく無事終わって欲しいですね。


◆ザ・フー ライブ・アット・キルバーン 1977
 https://www.universal-music.co.jp/who/news/2025-07-17/

土曜の昼間なのに観客はなんと私ひとりw
大声で一緒に歌っちゃおうかと思ったわ。

60年代の英国ロックバンドといえば、ビートルズ、ローリング・ストーンズの次に名前が挙がるザ・フーなのに、なんでこんなに日本では人気がないのかね?

ライブはまさにザ・フーらしいというか。
ピート・タウンゼントは跳びまくる。
着地に失敗してヨタっても懲りずに跳びまくる。

 

ちなみに『ロックは淑女の嗜みでして』で紹介された「ロックンロールは別に俺達を苦悩から解放してくれないし、逃避させてもくれない。ただ悩んだまま踊らせるのだ」という名言はピート・タウンゼントによるもの。

と言えば興味がわく人も多いんじゃないかね?


キース・ムーンがあほ。
奇行の多い人という評判は聞いていたけれど、怖いタイプの奇人じゃなくて、天真爛漫で異様に明るい奇人。
「小学生男子がそのまま大人になったような人」という評を見て「なるほど」と。
ドラムが超上手いあほ。
この人のドラムを生で聴いてみたかったなあ。


◆レッド・ツェッペリン ビカミング
 https://zep-movie.com/

レッド・ツェッペリンのメンバー自身が、音楽を始めた頃からツェッペリン結成、大成功までを語るドキュメンタリー。

『Whole Lotta Love』を映画館音響で聴けたのが嬉しい。
この曲のギターソロにやられてファンになった身ですゆえ。


そしてなんといっても初期ツェッペリンのライブ映像が見もの。
1曲まるごと、途中でカットしたりしないのが嬉しい。

サイケデリックのふにゃふにゃした音が主流だった時代に、いきなりこんなシャープでパンチの効いた演奏をされたら、そりゃみんなびっくりしたことでしょう。
奇しくも同時期、ビートルズは『The Beatles』(通称ホワイトアルバム)で、ローリング・ストーンズは『Beggers Banquet』で、ともに脱サイケを図っています。
目端が利く人の動きは一致するのだな。

ジミー・ペイジはヤードバーズ時代、マネージャー(だったかな?)から「頭が良すぎる」ために警戒されていた という話を聞いたことがあります。
この映画でもツェッペリンを成功に導くべく戦略的に動いていたことを明かしていて、もちろんバンドの音楽の強さがあってのことではありますが、彼の戦略家としての頭の良さも成功の要因だったのだなと感じるところです。


◆ブライアン・エプスタイン
 https://longride.jp/lineup/brian/

こちらは事実を元にしたフィクションの劇映画です。

ビートルズのマネージャーの伝記。


こういう映画は「本物に似ているか」という観点で語られることが多くて難しいところがありますよね。
本作でいうと「ジョン役の人の背が低すぎ」とかね。

そこは大目に見るとしましょう。
けれど気になったのは音楽。

ロイヤル・バラエティ・パフォーマンスで、実際に演奏されたのは『Twist and Shout』だったのに『Money』に改変していて、こういうのはいかがなものかと思ってしまう。
この曲にしたこと自体に意味が出てしまうよね。
ジョンの有名なMCで皮肉を含んだジョークとして着地した後に「金をくれよ」と歌ってしまっては、ジョークの粋を超えて嫌味に聞こえてしまうなあ。

また、ビートルズの自作曲が演奏されないことも物足りなさを感じました。
条件などで折り合いがつかなかったのかな。
「Our World」がクライマックスの盛り上がりになるかと思ったら、『All You Need Is Love』が使えないのでさらっと終わり。
えー?これで終わり? という、映画『ボブ・マーリー ONE LOVE』に近い尻すぼみ感でした。

はい、めんどくさいビートルマニアの小言ですよ。

近頃、GoogleのAI「Gemini」を使って、イラストや写真をフィギュア風の画像に加工するのが流行していますね。

 

面白そうなので流行に乗ってみました。

素材は昨年作ったルカさんのアルバムジャケット。

 

 

これがこうなりました。

 

 

クオリティ高っ!

 

立体感すごいし、髪の毛の処理や台座がオシャレ。

ふつうに売ってそう。

やるなGemini。

 

もういっこ。ミクも作ってみました。

こちらもアルバムジャケットより。

 

 

これがこうなりました。

 

 

あらかわいい。

髪の毛の質感や服のしわなど良い感じだし、元絵にない手をかわいいポーズで追加したところなんか「こしゃくな!」と思ったりもしますねw

 

使い方は簡単。

GeminiにWebから入って「画像」をクリック。

フィギュア化したい画像をドラッグ&ドロップして、プロンプトは「このイラストからフィギュアの画像を作成」でOK。

 

思った以上に面白かったです。

ChatGPTは歌詞に含まれる暗喩を正しく理解できるのだろうか?

と気になりました。

 

前回のブログに貼った自作曲『爆音アリス』は暗喩てんこもりの歌詞なんですが、これをChatGPTは理解できるのかな?と。

 

 

有名な曲を分析させると、ネット上から誰かの分析を拾ってきて、あたかも自分が考えたかのように振る舞う可能性がある。

でもこの曲はたぶん誰も分析していない(泣)からその恐れもないし、正しい理解かを作者自身がジャッジできる。

これは楽しそうだ。やってみよう。

 

皆さんも歌詞を読んで自分なりに解釈してみてください。

そのうえでChatGPTの解釈と突き合わせてみるのも楽しいかと。

 

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◆プロンプト

 

以下の歌詞の内容を分析して、作者が込めたメッセージを解説してください。

タイトル「爆音アリス」

不良ウサギに誘われるままに 乗り込んだの Chuo-Line
地面にあいた穴にもぐったら そこは不思議な世界


頭を振っている人がいるよ 叫び声が上がる
少し怖いけどなんだか楽しい ここは不思議な世界


迷子になりそうな心の居場所 ずっと探していたの
爆音の世界

頭の中がぐるぐると回って なにもかもぐちゃぐちゃで
いつのまにか踊りだしていた ここは不思議な世界


ネイビーブルーの窮屈なドレス 脱ぎ捨てたかったの
爆音の世界

自分の枠を決めつけてたら 知らなかった世界

ほんのちょっとの冒険の旅でも 何かが変わったの
少しかわいくなれた気がするの ここは不思議な世界
壊れた音の世界


◆ChatGPTの回答

この歌詞「爆音アリス」は、「不思議の国のアリス」のモチーフを現代の若者文化や音楽体験(特にライブハウスやクラブのような大音量の空間)に重ね合わせた作品です。以下の観点で分析しますね。

1. 物語構造と「アリス」のモチーフ
◎不良ウサギに誘われる → 中央線に乗る → 穴に落ちる
・オリジナルの『アリス』の「白ウサギ」「穴に落ちる」設定を、東京的な舞台(中央線、都会的青春)に置き換えています。
→ 「日常から逸脱するきっかけ」を象徴。
◎不思議な世界=爆音の世界
・元のアリスでは不思議の国だが、ここではライブハウス/音楽の場。大音量、叫び声、踊り、混沌。怖いけれど楽しい「異世界」。

2. テーマ:心の居場所の発見
◎「迷子になりそうな心の居場所 ずっと探していた」
→ 普段の生活(学校・家庭・社会)では見つからなかった「自分がいられる場所」を求めている。
◎「ネイビーブルーの窮屈なドレス 脱ぎ捨てたかったの」
→ 制服や社会的規範を暗示。抑圧や窮屈さから解放されたい気持ち。
◎「ほんのちょっとの冒険の旅でも 何かが変わったの」
→ 小さな勇気が自己発見につながる。ここでは音楽体験がその象徴。

3. 爆音の意味
「爆音」は単なる大きな音ではなく、
◎頭の中をぐちゃぐちゃにし、既存の価値観や思考を壊す力。
◎「自分の枠を決めつけてたら知らなかった世界」を見せるもの。
◎カオスの中で自由と楽しさを見つけるプロセス。
つまり、「爆音の世界」は「自己解放・自己発見の場所」。

4. 作者の込めたメッセージ
この歌詞から読み取れるメッセージは、
◎日常の枠や窮屈さから抜け出してみると、新しい自分や居場所に出会える。
◎少しの冒険でも人は変われるし、かわいく(魅力的に)なれる。
◎音楽(特にライブ・爆音)は心を解放し、自己肯定感を取り戻すきっかけになる。
◎「不思議な世界」とは、現実逃避の場ではなく「自己の殻を破る契機」として描かれているのが特徴です。

まとめると、この歌詞は 「ライブハウス=現代の不思議の国」 を舞台に、閉塞した日常から飛び出して自分の心の居場所を発見する物語であり、「音楽が人を変える力」を描いた作品だといえます。

 

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おー!合ってるわ。すごいな。ちゃんと理解できてる。

「不思議な世界=ライブハウス」や「ネイビーブルーの窮屈なドレス=制服」と即座に判断できるのがすごい。

 

なお「ご希望があれば、この曲を 青春の成長物語的に深読みする解説と、サブカル・都市文化的な視点からの分析を分けて書きますが、どちらに興味ありますか?」と、こしゃくにもさらなる深堀を提案してきたので、両方とも試してみました。

 

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◆ChatGPTの回答

 

では「爆音アリス」を 青春の成長物語 として深読みしてみます。

1. 主人公像
この歌詞の「私」は、
・日常の中で 自分の居場所を見失っている少女。
・学校や家庭、社会の「ネイビーブルーの窮屈なドレス」に象徴される抑圧の中にいる。
・けれど心のどこかで「変わりたい」「飛び出したい」と思っている。
つまり、大人になりかけの思春期の少女が主人公です。

2. 「冒険」とは何か
◎「不良ウサギに誘われて中央線に乗る」
 → 好奇心とちょっとした反抗心で、未知の世界に足を踏み入れる。
◎「爆音の世界」
 → ライブハウスやクラブの象徴だけでなく、「今まで知らなかった青春の可能性」。
 → 頭がぐるぐるして、怖いけど楽しい、という感覚は「初めての自由」「初めての自己解放」の表現。
この冒険は大げさなものではなく、日常の延長線上にある小さな一歩。でも、その一歩が 自己成長の扉を開く。

3. 成長のステップ
歌詞を成長物語として読むと、こういう流れになります:
◎閉塞感
 「ネイビーブルーの窮屈なドレス」=制服や決まりに縛られた日常。
 → 主人公は「迷子になりそうな心の居場所」を探している。
◎冒険の始まり
 不良ウサギ=誘惑やきっかけの象徴。
 中央線=都市の匂い、都会的な未知へのアクセス。
 → 勇気を出して踏み出す。
◎カオスの体験
 「爆音」「叫び」「踊り」=混沌とした刺激。
 怖いけど楽しい → 自分の中の新しい感覚を知る。
◎殻を破る
 「自分の枠を決めつけてたら知らなかった世界」
 → 自己の限界を超える体験。
◎変容
 「少しかわいくなれた気がする」
 → 外見の変化というより、自己肯定感が芽生えた。
 → 冒険の体験が「成長」と「自信」に変わった。

4. 青春物語としてのメッセージ
◎小さな冒険が人を変える
 大きな出来事じゃなくても、ちょっと勇気を出して知らない世界に飛び込むことが、自分の殻を破るきっかけになる。
◎不安と楽しさは表裏一体
 「怖いけど楽しい」体験こそが青春であり、成長の源。
◎自分の居場所は、探しに行った先にある
 受け身ではなく、飛び込むことで初めて見つかる。
◎爆音=青春のエネルギー
 混沌と破壊の音は、「子供の世界の終わり」と「大人の世界の入り口」を象徴している。

まとめると、この曲は 「日常に閉じ込められていた少女が、音楽と小さな冒険を通して自分の可能性を発見し、成長していく青春物語」 として読めます。

 

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◆ChatGPTの回答

 

では今度は サブカル・都市文化的な視点 から「爆音アリス」を分析しますね。

1. 舞台設定:中央線カルチャー
◎歌詞に出てくる 「Chuo-Line(中央線)」 は象徴的。
◎中央線沿線(新宿~高円寺~吉祥寺など)は、日本のサブカル・音楽シーンの拠点。
→ ライブハウス、アングラ文化、ロック・パンクの聖地でもある。
◎「不良ウサギに誘われる」=そこに足を踏み入れる入口。
◎白ウサギの代わりに「不良ウサギ」という表現で、健全な夢物語ではなく、ちょっと危ないサブカル的な誘惑を表している。

2. 「不思議の国」=サブカル空間
◎原典の『アリス』では異世界が広がるが、この歌詞の「不思議な世界」は ライブハウスやクラブ、ストリートの文化空間。
◎そこは「叫び声があがる」「頭を振っている人がいる」=モッシュやヘドバンの場。
◎普通の社会秩序から外れた空間=「サブカル的ユートピア」。

3. 爆音=都市サブカルのエネルギー
◎「爆音の世界」は単なる音楽的特徴ではなく、都市のサブカル空間そのものを象徴。
◎爆音は「秩序ある日常社会」へのアンチテーゼ。
◎学校の制服(ネイビーブルーのドレス)=管理された日常
◎爆音=秩序破壊、自由な自己表現
◎都市文化の中で、爆音は「解放の儀式」。

4. サブカル女子の成長譚
◎「窮屈なドレスを脱ぎ捨てたかった」→制服を脱ぎ捨て、自由に自己表現する。
◎「少しかわいくなれた気がする」→自己肯定感の回復。
◎サブカル空間に飛び込むことで、主流社会に適応できない若者が 自分の居場所=オルタナティブな共同体 を見つける。

5. アリス・モチーフのサブカル的再解釈
◎アリスは元来「子供が異世界に迷い込む」話。
◎この歌詞では「爆音アリス」として、都市サブカル空間に迷い込む少女に置き換え。
◎白ウサギ=清純さの象徴 → 不良ウサギ=アウトロー的サブカルの誘い。
◎結果として、「アリス=都市のサブカル女子」という新しいキャラクター像が描かれている。

6. メッセージ(サブカル的文脈で)
この歌詞の背景には、
◎「主流の社会や学校では居場所がない若者が、都市のサブカル空間で自己発見する」 という物語がある。
◎爆音は破壊的であると同時に救済でもあり、サブカル文化を通じて人は「ちょっとかわいくなれる=自分を肯定できる」。
◎中央線カルチャーを舞台にした、典型的な「サブカル青春譚」と言える。

まとめると、「爆音アリス」は 中央線サブカル文化×アリス的ファンタジー の融合であり、「日常に居場所がない少女が、都市の音楽文化に飛び込み、自己肯定を得る物語」 になっています。

 

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深く理解してくれてありがとう!w

いやまったくその通り。作者の意図する通りです。

 

「少しかわいくなれた気がする」というフレーズを「外見の変化というより、自己肯定感が芽生えた」と解釈できるのは賢いな。

むしろ人間の方が単純にそのまま受け止めて「ルッキズムだ!」とか批判しそうだわ。

 

というわけで、ChatGPTは歌詞の暗喩をちゃんと理解できることが判明しました。

こういうAI遊びもまた楽しいですね。

このブログは、ボカロPによるボカロ曲制作日記です。

のはずが、近頃なんだか映画ブログになっている感。

 

今日は「不思議の国でアリスと」を観ました。

劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』公式サイト

 

「P.A.Worksによる『不思議の国のアリス』がモチーフのアニメ」ということしか事前情報なしに観たのですが、なるほどアリスに絡めた就活大学生の自分探し物語にアレンジしましたか。

 

美麗な映像に定評のあるP.A.Worksなので、ワンダーランドの風景やキャラクターはとてもユニークできれい。

めちゃくちゃなストーリーも楽しい。整合性なんて気にすんな。

 

その世界観に主人公の現実が絡むのは少々ストレスに感じたのですが、自分探しというストーリー上そこはやむなしか。

てかなんで仕事が絡むとブラック感が漂うのかなP.A.Worksは。

 

「同調圧力を気にせず、自分の『好き』を大切に」というのは、私自身も歌詞のテーマにすることがあるし、岡本太郎もそう言っている(嘘)。共感できるメッセージです。

 

にしても、アリスって世界一モチーフにされているコンテンツかもしれないですね。

それだけ創作物として強いということなのでしょうね。

私もアリスをモチーフにした曲を作っています。

というわけで一曲。

『爆音アリス』 - Alice in Rock'n Roll Wonderland -

 

 

映画『大長編 タローマン 万博大爆発』を観ました。

https://taroman-movie.asmik-ace.co.jp/

日本を代表する芸術家のひとりである岡本太郎氏の作品と言葉をモチーフにした、超人タローマンと奇獣たちとの戦い(?)を描く昭和特撮ヒーロー風の映画です。


ただ・・・岡本太郎には苦い青春の思い出がありまして・・・。

高校生の頃、氏の芸術論の文章を読んだのです。
そこには、タローマンの主題歌の歌詞にもある
「でたらめをやってごらん」
「うまくあるな、きれいであるな、心地良くあるな」
といったフレーズがありました。

「人は『でたらめだったら誰でも描けるさ』と言うが、『では、でたらめを描いてみなさい』と言うと皆描けない。でたらめではなく何か既存のものになってしまう。でたらめを作り出すことが芸術である。」

「人は見慣れたものや知っているものに『うまい』『きれい』『心地良い』と感じる。見たこともないものや理解できないものは『気持ち悪い』と感じる。だから真の芸術はうまくあってはならない、きれいであってはならない、心地良くあってはならない。」

これは衝撃でした。
そして、すごく腑に落ちることでもありました。

そこで「よし!そういう芸術家になろう!」とはならなかったんですね。

逆に「じゃあ俺には芸術は無理だ」と思ってしまったんです。
絵を描くことは子供の頃から好きだったのですが、この一件で絵をほとんど描かなくなってしまいました。

今なら、自分はどちらかというとエンタメ寄りであって、エンタメの作品にも価値があるとわかっている。
芸術とエンタメのどちらかではなく、その間の、自分にとってちょうど良いポジションで表現をすればよいと思うのですが、そこまで達観できない若気の至りでしたねw

そういうふうに、ちくりと古傷を痛ませつつも面白い映画でしたのでぜひ。

あぢーよー。

と猛暑日が続いている関東地方。

 

でも、今日の夕方、会社からの帰り道にふと「あ、なんだか夏の終わりっぽい」と感じたのでした。

 

どこがどう夏の終わりっぽかったのか、うまく説明はできないのですが、なんだろうな、空気の肌触りや匂い、夕陽の加減とかそういったことを総合した感触です。

 

でもきっと明日も「あぢーよー」と言っているのでしょう。

まだ夏の終わりじゃないかもしれない。

 

というわけで夏の終わりの雰囲気で一曲。

地味だけどなんだか妙に好きな曲なのです。

ほんのり和風(だけどがっつり和風じゃない)という微妙なラインを意識して作ったメロディです。

 

 

映画『近畿地方のある場所について』を観ました。

 

原作は小説投稿サイト「カクヨム」で読了済。

でも内容はだいぶ忘れていたので、昨夜、予習のため再読して「うひゃーぞくぞくするよー深夜に読むんじゃなかったーw」という状態に仕上がってからの映画鑑賞です。

 

これはなかなか・・・個人的には面白かったな。

特に前半は終始ぞくぞくしていました。

でも原作勢には賛否両論ありそうかな。特に後半。

 

オカルト雑誌のライターと編集者が、複数の不思議な事例の資料から共通点を見出し、そこから恐怖体験につながるという流れのストーリーですが、そのストーリー自体はそこまで怖いわけではなくて、次々と紹介される不思議な事例の資料がずっと怖い。

小説というよりは、都市伝説や怪談のまとめサイトを続けて読んでいる感じ。

 

原作は「ネットでの発表だった」という点が、ヒットした大きなポイントのひとつだと思うのです。

さらにいうと「カクヨム」という、アマチュア作家が投稿するサイトだったことも。

創作であることは、頭では当然わかっている。

だけど心の奥底には「これ実話じゃないよな?」という気持ちが

じわじわと溜まっていってぞくぞくする感じ。

 

いにしえの『きさらぎ駅』や『電車男』は、ネットの掲示板への書き込みだったから面白かった。

それと同じような感覚ととらえています。

 

なので、そのまま映画化したら大失敗したでしょうね。

 

不思議な事例の資料はテキストから映像資料(テレビ番組の録画やニコ動生配信、プライベートビデオなど)に変わりました。

良い改変です。個々の資料がすごく良く出来ています。

特にニコ動生配信の映像は良かったな。

 

問題は後半ですね。

映像化するにはこういう表現が良いという判断なのでしょう。

原作読者からの批判はまあ出るだろうな。

自分的には、ちょっと笑ってしまったけど面白かったから良し!ですかねえ。

 

観ている最中はずっとぞくぞくして怖かったのに、観終わった後まで怖さを引きずらないのはそのおかげかもしれませんw

 

7/20(日)、海を見たくなった私。

思い立って神奈川県の横須賀に行ってきました。

JRの駅を出たらすぐに港の公園ってところが良いよね。

 

 

自衛隊の船がいるイカツくも綺麗な公園です。

 

 

三笠公園で戦艦三笠を見たり、

 

ドブ板通りを散策したり。

 

「横須賀に行く!」以外何も決めずに来たのですが、神奈川在住のバンドメンバーからXで「浦賀の叶神社が良いぞ」との情報を得たので行ってみることに(まるで『ざつ旅』みたい!)。

 

叶神社は浦賀の駅からバスですぐの場所。

港を挟んで2か所に存在していて、渡し船を使って両参りするというちょっとめずらしい神社です。夏にぴったりだね。

 

 

さて、「軍艦」「浦賀」から連想されるのは「黒船」「ペリー」。

ペリーといえば「下田」。

 

「そういえば行ったことがなかったな」と興味が湧いたので、昨日8/9(土)に下田に行ってきました。

 

まあ、まずはとりあえず高いところに登るよね。

 

 

寝姿山をぶらぶらしていると11時2分のサイレンとアナウンス。

そう。長崎に原爆が投下された時間です。

くしくもこのとき私がいた場所がここ。

 

 

ペリー上陸の頃、この山には黒船を監視する場所が作られていました。それがこの場所。

ここで監視していた武士は、国を守るんだという気持ちで任務に就いていたのでしょう。

しかしそれから100年もしないうちに、監視していた相手国から完膚なきまでに叩きのめされてしまったわけですね。

 

戦争責任について石原莞爾が「最大の戦犯はペリーだ。平和に暮らしていた日本を帝国主義の世界に引きずり出したのだから」と言った(らしい)のは有名な話。

 

8/9に下田に旅行したのは天気の都合による単なる偶然で、この時間にこの場所にいたのも偶然なのですが、旅に出るとこういう不思議な偶然のつながりができたりする。何なんでしょうね。

 

ちなみに私は長崎の出身。

両親ともに被爆者認定されているので、私は被爆二世ということになります。

 

「戦争は良くない!」 当然だ。

「核兵器は廃絶すべきだ!」 そのとおり。

「核なき平和な世界を作ろう!」 どうやって?

 

平和を望む長崎人の自分と、実効主義者である自分が衝突する。

スローガンや祈りだけじゃ平和は実現しない。

世界じゅうの政治家や軍人が「そうせざるを得ない状況」を作らない限り核廃絶は無理だろうと思っているのだけど、じゃあそれは何?と言われると何も思いつかない。

 

ジレンマ。

 

結局は祈りやスローガンと大差ないのですが、自分の微々たる影響力を行使するには曲を作るくらいしかなかったりする。

それで作った曲がこれ。

 

 

しかしこの曲を投稿した20日後、ロシアがウクライナに侵攻。

いやはやまったく無力ですな。