マーシー山本教授のゆるゆるクラシック日記

マーシー山本教授のゆるゆるクラシック日記

マーシー山本のお仕事の報告やクラシック音楽の豆知識をお届けします。

今回はラフマニノフ作曲パガニーニの主題による狂詩曲について、基本とエピソードを紹介します。

セルゲイ・ラフマニノフが1934年に作曲した《パガニーニの主題による狂詩曲》は、全24の変奏から成るピアノと管弦楽のための作品です。

その中でも第18変奏は、クラシック音楽史上屈指の「甘美な旋律」として広く知られています。

演奏会でもこの変奏だけがアンコール的に抜粋されることも多く、映画やCMでも頻繁に用いられてきました。


この作品は、悪魔的技巧で知られるヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの《24の奇想曲》第24番の主題をもとにしています。ラフマニノフはその主題を素材に、多彩な性格の変奏を展開しました。

 

実はこの曲には、もうひとつ重要な素材があります。

それは中世の聖歌「怒りの日(Dies irae)」です。

ラフマニノフはこの旋律を生涯にわたって好んで引用しましたが、この狂詩曲の中にも巧みに織り込まれています。


ところが、第18変奏はそれまでの緊張感あふれる展開とはまったく異なる、夢見るような抒情の世界へと私たちを誘います。

その秘密は「反転」にあります。

ラフマニノフはパガニーニの主題をそのまま使ったのではなく、音程関係を上下逆さまに反転させ、さらに変イ長調へと転調しました。

原曲は短調でどこか挑戦的な性格を持っていますが、それを上下逆にすることで、驚くほどロマンティックな旋律へと変貌させたのです。

まるで鏡に映した姿が別人のように美しくなった、そんな魔法のような変身です。


初演は1934年11月、アメリカのボルティモアで行われました。

ピアノはラフマニノフ自身、指揮はストコフスキーではなく(諸説あり)、レオポルド・ストコフスキーと並び当時活躍していた指揮者たちの時代ですが、この初演は成功を収めました。

もっとも聴衆が特に強く反応したのが第18変奏だったと伝えられています。


この変奏にまつわる面白い逸話があります。
ラフマニノフはあるインタビューで、「これは私のためのラブソングだ」と冗談めかして語ったと言われています。

実際、1930年代の彼はスイスの別荘におり、比較的穏やかな生活を送っていました。

亡命後の不安定な時期を経て、精神的に安定していた時期の作品でもあります。そ

の充実が、この豊潤な旋律に反映しているのかもしれません。


さらに有名なのが、1950年代の映画『逢びき(Brief Encounter)』でこの第18変奏が印象的に使われたことです。

これにより「禁じられた恋のテーマ」として世界的に広まりました。

以後、ロマンティックな場面を象徴する音楽として定着します。

クラシックを普段聴かない人でも、「あ、この曲!」と思うほどの知名度を得たのは、この映画の影響が大きいと言えるでしょう。


構造的に見ても、この第18変奏は全体の黄金比的な位置に置かれています。

前半で積み重ねられた緊張や皮肉、悪魔的な舞踏の雰囲気が、ここで一気に浄化されるのです。

しかし物語はここで終わりません。

 

この後、再び技巧的で鋭利な変奏が続き、最後は軽妙なユーモアとともに締めくくられます。

つまり第18変奏は、一瞬だけ開く“天上の窓”のような存在なのです。


ピアニストにとっても特別な一曲です。

技巧的難曲として知られるこの狂詩曲の中で、第18変奏は単に甘く弾くだけでは成立しません。

旋律の背後には、緻密な和声進行と内声の動きがあります。

厚みのある響きを保ちながら、旋律を自然に歌わせる高度なコントロールが求められます。

そのため多くの名ピアニストが、自身の“歌心”を示す場面として大切に演奏しています。


悪魔的なパガニーニの主題を、これほどまでに甘美な愛の歌へと変貌させたラフマニノフの創意。

そこには反転という知的操作と、ロシア的叙情の深い情感が見事に融合しています。

第18変奏は、技巧の勝利であると同時に、人間的な温もりの勝利でもあります。

 

演奏会でこの旋律が静かに立ち上がる瞬間、聴衆の空気が一変するのを、きっと皆さまも感じられることでしょう。

 

今回の動画

https://youtu.be/KVmtLH5ejts

日本のFMラジオ史に燦然と輝く深夜の名番「ジェットストリーム」について番組風な口調でお届けします。

「ジェットストリーム」は1967年7月に放送開始。

制作は当時のFM東京、のちの TOKYO FM。


放送時間は長年にわたり毎週月曜〜金曜の深夜0時台。

まさに“日付が変わる瞬間”から始まる、音楽による夜間飛行なのです。

番組のコンセプトは一貫しています。それは…


「音楽による空の旅」


飛行機のエンジン音、機内アナウンス風の語り、世界各地の情景を描くナレーション。

そしてその背景に流れるイージーリスニングや映画音楽、クラシックの名旋律。
これは単なる音楽番組ではありません。


■ 初代パーソナリティ ― は、永遠の機長、城達也
番組の顔といえば、何と言っても初代パーソナリティの城達也です。
あの名フレーズ――
「夜間飛行のお供をいたしますパイロットは、城達也です。」


低く、静かで、どこまでも温かい声。
過剰に語らない。

感情を押し付けない。


しかし、聴く者の心をふわりと包み込む。
城達也は1967年から1994年まで、実に27年間番組を担当しました。
その声は、多くの日本人にとって「深夜」の象徴となりました。


■ スポンサーはJAL ― 本物の空の旅
番組は長年、日本航空(JAL)がスポンサー。
高度一万メートルの機内で流れる音楽。


異国の都市名。
パリ、ローマ、ニューヨーク、カイロ……。


1960〜70年代、日本人にとって海外はまだ遠い存在。
この番組は、ラジオを通じて疑似海外体験を提供したのです。


■ 選曲の美学 ― 静かなる贅沢
選曲はイージーリスニングが中心。
ポール・モーリア、レイモン・ルフェーヴル、マントヴァーニ。
さらには映画音楽、クラシックの名旋律も。


ジェットストリームは、その精神をラジオで体現していたのです。


■ 城達也降板と新時代
1994年、城達也が病により降板。
その後、伊武雅刀、大沢たかお などが歴代パーソナリティを務めます。


時代とともに語り口や選曲は変化しましたが、「夜間飛行」というコンセプトは守られ続けています。
ラジオ番組が半世紀以上続く――
文化遺産と言ってもいい。


■ エピソード ― 声の力
城達也は収録の際、スタジオを薄暗くし、実際に機内のような雰囲気を作っていたそうです。
なぜか?


「声の空気感が変わるから」


音楽も同じです。
ホールの空気、照明、沈黙。
すべてが表現を左右する。


私はFM愛知でクラシック番組を持っておりますが(笑)、
この“空気づくり”という哲学は大いに学ぶべきものがあります。


「上質なものは、必ず届く」


これは私が常々信じていることでもあります。
クラシック音楽も同じ。
派手な演出がなくても、心に深く残る。


■ 終わりに ― 深夜の滑走路
日付が変わる瞬間。
部屋の灯りを落とし、ラジオから流れる低い声。

そこから始まる空の旅。

ジェットストリームは、単なる番組ではありません。

それは――
日本人の記憶の中を飛び続ける夜間飛行機なのです。

さて皆さん。
今夜0時、耳を澄ませてみませんか?

夜間飛行のお供をいたしますパイロットは――
あなた自身かもしれません。

JET STREAM LIVE 2026


日時
2026年3月28日(土)16:00開場  17:00開演 (終演予定19:00)


会場
愛知県芸術劇場コンサートホール


出演
八神純子 管弦楽/セントラル愛知交響楽団


プログラム
最新テクノロジーによって蘇る、伝説のパーソナリティ、城達也氏のナレーション。
「JETSTREAM」おなじみの名曲の数々を「セントラル愛知交響楽団」の演奏でお届けします。
豪華で心安らぐ、一夜限りの音楽の夜間飛行をお楽しみに。

詳しくは下記ページにてご確認ください。
時空を超えて音楽の夜間飛行へ参りましょう-JET STREAM LIVE 2026-
主催・問合せ等
主催:FM AICHI
制作:FM AICHI/サンデーフォークプロモーション
協力:TOKYO FM
特別協力:日本航空
協賛:中川物産
問合せ:サンデーフォークプロモーション:052-320-9100(全日12:00~18:00)

 

今回の動画

https://youtu.be/nrK5PznIvug

今回はモーツァルトのフルートの楽曲に関する考察です。


モーツァルトのフルート作品は、協奏曲、四重奏曲、そしてフルートとハープのための協奏曲です。

これらは「モーツァルトはフルートが嫌いだった」という有名なエピソードとセットで語られることが多いのですが、私に言わせれば、嫌いと言いながらこれだけ名曲を書くのだから、天才は恐ろしいのであります。


時は1777年。

21歳のモーツァルトは職を求めて母とヨーロッパを旅しておりました。

ドイツのマンハイムで出会ったのが、オランダ人の富豪でアマチュア・フルート奏者のフェルディナント・ド・ジャン。

彼はモーツァルトにフルート協奏曲と四重奏曲の作曲を依頼します。

これがフルート協奏曲第1番と第2番、そしてフルート四重奏曲誕生のきっかけです。


ところがモーツァルト、父への手紙にこう書きます。

「私はフルートという楽器がどうも好きになれない」。

作曲家としては正直すぎる告白ですね。

 

しかし依頼は依頼。

彼は持ち前の職人魂で書き上げます。

 

第1番協奏曲の晴れやかなト長調の響き、軽やかに舞う旋律線。嫌いな楽器でこれを書けるのですから、もはや好き嫌いの次元を超えています。


第2番は、実はオーボエ協奏曲をフルート用に編曲したもの。

締め切りと戦う若き天才の現実的な判断が垣間見えます。

結局、約束した曲数を全部は完成できず、謝礼が減額されたというのも実に人間的なエピソードです。


続いて1778年のパリ。

ここで生まれたのがフルートとハープのための協奏曲。

依頼主はギーヌ公爵親子で、父がフルート、娘がハープを演奏しました。

 

当時ハープはまだ新しい楽器。

モーツァルトは二つの楽器を優雅に対話させ、きらびやかで洗練された作品を書き上げます。

第2楽章の気品ある美しさは、まさにパリのサロン文化の香りそのもの。


しかしここでも現実は甘くない。

モーツァルトは「報酬が十分に支払われなかった」と愚痴をこぼしています。

芸術家とパトロンの関係は、今も昔もなかなか複雑なのであります。


それでも、こうして生まれた作品は、今日ではフルート音楽の宝石箱。

旅先での出会い、金銭トラブル、若き日の葛藤、そうした現実の中から、これほど明るく優雅な音楽が生まれたことに、モーツァルトの底知れぬ才能を感じずにはいられません。

 

まさに「依頼仕事から永遠の名曲へ」。

これぞ天才の仕事ぶりなのであります。

 

今回の動画

https://youtu.be/UKPpFlLsNic

今回は《未完成交響曲》第3楽章について考察します。

第3楽章は、どこまで書かれて、どこで止まったのか?
シューベルトの《未完成交響曲》は、第1楽章と第2楽章だけで終わっている――それは皆さんもご存じだと思います。

ところが実は第3楽章もちゃんと書きかけられているのです。


この第3楽章は、ベートーヴェンの影響を受けたスケルツォとして構想されています。

そして途中で書きかけのまま、シューベルト自身が筆を置いたことが、資料からかなりはっきり分かっています。

ではどこまで書いて、どこでやめたのでしょうか。


スケルツォ主部は冒頭から書き始められ、展開部を経て再現部に入る直前あたりまで――小節数にしておよそ130小節前後――作曲されています。

 

しかしトリオ(中間部)はまったく書かれていません。
つまりこれは、スケルツォ主部の途中で、「さて次はトリオだ」というところに進む前に、完全に筆が止まってしまった状態なのです。


「途中でやめた」ことが分かる決定的な理由は、いかにもシューベルトらしい書き方にあります。

構成的には提示部から展開部を経て、再現部へ向かう直前。

音楽的にも明らかに続くはずの推進力があり、終わりそうな雰囲気は一切ありません。

フェルマータも終止線もない。

要するに、楽譜を見た瞬間に「あ、これは途中だな」と分かる止まり方なのです。


事故や急病で倒れたという感じではなく、「書いている最中に、ある日ふっとやめた」――そんな痕跡が、そのまま残っています。

オーケストレーションを見ると、さらによく分かります。

 

第1・第2楽章は完成されたオーケストラスコアですが、第3楽章は様子が違います。

弦楽器はかなりしっかり書かれている一方、管楽器(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)は断片的で補助的。]

和声補強やリズムのアクセントを担うティンパニも限定的です。

つまりこれは、「あとで本格的に仕上げる予定だった」下書き段階のスコアと言えるでしょう。


ピアノ譜のスケッチも残っていますが、非常にシンプルです。

二段譜の短い草稿に主題と和声の骨格が示されているだけで、細かな展開プランはほとんどありません。

 

特に重要なのは、トリオの構想や楽章全体の完成像が見当たらないことです。

第1・第2楽章に見られるような明確な設計図が、第3楽章にはほとんど残っていません。
では、なぜ第3楽章でやめたのでしょうか。あくまで推測ですが、有力な説は3つあります。

① 表現的完成感説
第1・第2楽章だけで精神的に言い切ってしまった。

ロ短調からホ長調へという二楽章構成があまりにも強烈だった。

② 作曲上の壁説
スケルツォとして書き始めたものの、第1楽章と性格が似すぎ、新しい世界を見いだせなかった可能性。

③ 次の作品への転換説
同時期に《ロザムンデ》や歌曲、ピアノ曲の創作が進み、関心がそちらへ移った。


なお、病気説や精神的疲弊説には直接の証拠はありません。
要するに、《未完成交響曲》第3楽章はスケルツォ主部の途中まで書かれ、トリオに入る前で作曲者自身の手によって中断されました。

オーケストレーションは未整理で、ピアノ草稿も断片的。

そこには「これ以上先へ進まなかった」というシューベルト自身の決断の痕跡が、はっきりと残っているように思えます。

 

今回の動画

〜放送600回、奇跡の積み重ね〜

どうも皆さん、クラシック音楽の伝道師、マーシー山本教授でございます!

FM愛知「おは・クラ・サタデー with セントラル愛知交響楽団」、
なんと――放送600回!

いやぁ……これはもう、事件です。
歴史的快挙です。奇跡です。
自分で言いますが、よくぞここまで来ました(笑)。

番組がスタートした2014年当時、
「クラシック音楽の番組? 土曜の朝に?」
そんな声も少なくありませんでした。

でも私は、ずっと信じていました。
「クラシックは、絶対に面白い。伝え方さえ間違えなければ、必ず届く!」

その信念ひとつで、毎週マイクの前に座り、
しゃべり倒し、笑い倒し、語り倒してきました。

クラシック音楽というと、
「難しそう」「眠くなりそう」「敷居が高い」
そんなイメージを持たれがちですが、それは大きな誤解です。

作曲家たちは、悩み、迷い、恋をし、失敗し、喜び、
時には大失恋しながら音楽を書いてきた、
とてつもなく人間くさい存在。

そのドラマを知った瞬間、
音楽は一気に**血の通った“生き物”**になります。

この番組では、専門用語はできるだけ封印。
代わりに登場するのは、

・作曲家の爆笑エピソード
・歴史の裏話
・ちょっと脱線した人生トーク
・時には全力モノマネ(笑)

「クラシック=教科書」ではなく、
**「クラシック=生きたエンターテインメント」**として
お届けすることを、何より大切にしてきました。

そして、この番組に欠かせない存在が、
FM愛知が誇る名パーソナリティ 佐井祐里奈さん。

クラシック初心者代表として、リスナーの皆さんと同じ目線で、
「えっ? そうなんですか?」
「それ、どういう意味ですか?」
と、ズバッと切り込んでくれる。

この“神のひと声”があるからこそ、
番組は独りよがりにならず、
誰にでも開かれた、あたたかい空間になっています。

名物コーナー「作曲者は誰だ!?」も、今や番組の顔。
わずか数秒の音楽を聴いて作曲家を当てるこのコーナー、
車の中で、家族で、職場で、
大盛り上がりしてくださっているという声が続々届きます。

「子どもがモーツァルトを覚えました」
「夫婦の会話が増えました」

そんなメッセージを読むたび、
音楽の持つ力の大きさに、胸が熱くなります。

さらにこの番組は、
**セントラル愛知交響楽団と地域を結ぶ“音楽の架け橋”**でもあります。

定期演奏会、特別公演、学校訪問、
0歳からのクラシック、ファミリーコンサート、アウトリーチ活動……。

ホールの中だけでなく、
街へ、学校へ、家庭へと、
音楽を届け続けるオーケストラの姿を、毎週発信してきました。

「番組を聴いて、人生で初めてオーケストラを聴きに行きました」
「生演奏の迫力に鳥肌が立ちました」

この言葉こそ、私たちの最大の原動力です。

600回の放送の中では、
スタジオを飛び出し、ホールからの公開収録、
楽屋裏トーク、舞台直前レポート、記念特番など、
さまざまなことに挑戦してきました。

台本を大きくはみ出す脱線トーク、
時間オーバーでディレクターに睨まれた日々(笑)、
忘れられない名(迷?)シーンの数々――

すべてが、かけがえのない宝物です。

そして何より、この600回は、

FM愛知の制作スタッフの皆さん、
セントラル愛知交響楽団の団員・関係者の皆さん、
スポンサーの皆さま、
そして――毎週欠かさず聴いてくださるリスナーの皆さま。

この全員の力が結集して生まれた、
**まさに“奇跡の数字”**です。

心から、心から、感謝申し上げます。

クラシック音楽は、決して特別な人だけのものではありません。
日常の中にそっと寄り添い、
心を癒し、人生を豊かにしてくれる、最高のパートナーです。

700回、800回、1000回へ――
これからも私は、全力でしゃべり、全力で伝え、全力で笑い、
土曜の朝を、日本一楽しいクラシックタイムにしてまいります!

これからも、
FM愛知「おは・クラ・サタデー with セントラル愛知交響楽団」
どうぞ、どうぞ、よろしくお願いいたします!!!

 

今回の動画

https://youtu.be/IRTgmVkN6sQ

今回は19世紀のイタリアオペラについて語ります。


① 18世紀初頭:ベル・カント(美しい歌)の黄金時代。

特徴は、声が主役:旋律美、超絶技巧、カンタービレ重視された時代です。
管弦楽はあくまで歌を支える存在です。
代表作曲家は、ジョアキーノ・ロッシーニで代表曲は《セビリアの理髪師》《ウィリアム・テル》です。

続いてヴィンチェンツォ・ベッリーニで代表曲は 《ノルマ》《夢遊病の女》です。
そして、ガエターノ・ドニゼッティの 《愛の妙薬》《ランメルモールのルチア》も有名です。
ベッリーニは「旋律の詩人」、ドニゼッティは「劇場職人」とも言われます。


② ヴェルディと国民オペラの誕生です。
時代背景はイタリア統一運動(リソルジメント)でオペラが政治的・社会的メッセージを帯びるのが特徴です。

重要作曲家はジュゼッペ・ヴェルディで、音楽的特徴は歌とドラマの一体化です。

合唱が大変重要です。

(民衆=主人公)管弦楽の表現力が飛躍的に拡大します。

代表作は《ナブッコ》(合唱《行け、我が想いよ黄金の翼に乗って》)《リゴレット》《イル・トロヴァトーレ》《椿姫》《アイーダ》《オテロ》《ファルスタッフ》です。


③ 19世紀末はヴェリズモ(写実主義)オペラです。
王侯貴族ではなく市井の人々の愛・嫉妬・暴力・死を直接的に描写するのが特徴です。

代表作曲家はピエトロ・マスカーニで 《カヴァレリア・ルスティカーナ》が特に有名です。

ルッジェーロ・レオンカヴァッロは 《道化師》が代表曲です。


④ 19世紀末から20世紀への橋渡ししたのが、ジャコモ・プッチーニです。
19世紀オペラの総決算的存在です。

代表曲は《ラ・ボエーム》《トスカ》《蝶々夫人》で感情移入のしやすさで、現代でも公演を行うと最強の動員力です。

 

今回の動画

https://youtu.be/C1gNjDnEP94

今回はマスカーニ作曲歌劇カヴァレリアルスティカーナについて語りたいと思います。

歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、「一作で歴史を変えた」オペラの代表格です。
ここではサクセスの理由と、舞台裏のエピソードをセットでご紹介します。


① 史上まれに見る“電撃的サクセス”一夜でスターに
1890年、ローマでの初演は大成功。
無名に近かったマスカーニは、この一作で国際的作曲家へと一気に躍り出ます。
初演直後から アンコールの嵐、数か月でイタリア全土 → 欧州 → アメリカへ急速に拡散。
同年内に100回以上、上演された劇場もありました。


② なぜ、そこまで当たったのでしょうか?
王侯貴族ではなく、シチリアの農民たちの愛・嫉妬・復讐を描いた点が新しかったようです。
    •    不倫
    •    名誉
    •    血の復讐(決闘)
当時の観客には「オペラが突然、現実になった」と感じられたのです。


● 音楽が“即効性”抜群
    •    アリアは短く、感情が直球
    •    合唱と独唱が一体となった強烈なクライマックス

③ 有名すぎるエピソード集
● コンクール応募作だった!
このオペラ、実は出版社ソンツォーニョ主催の「一幕オペラ・コンクール」への応募作でマスカーニは締切ギリギリで妻が楽譜を郵送しなければ間に合わなかったと言われています。
応募73作中、見事優勝!
まさに人生を変えた一通の封筒なのでした。
以後、成功が“重荷”に皮肉なことに、マスカーニはその後も多くのオペラを書きますが評価は常に「カヴァレリアほどではない」と言われました。

本人は「自分は一発屋ではない」と苦しみ続けました。

上演時間が短すぎる問題がありますが《カヴァレリア》は約70分。
そこで興行主が考えたのが 《道化師》(レオンカヴァッロ)との二本立て上演です。
いわゆるという黄金コンビです。

今回2/7に上演する藤原歌劇団とセントラル愛知交響楽団はプッチーニ作曲の歌劇ヴィッリとの2本立てです。


④ オペラ史への影響
プッチーニ(《トスカ》など)にも大きな影響
    •    「短く、濃く、感情直撃」のオペラ様式を確立
もしこの作品がなければ、20世紀イタリア・オペラの流れは違っていたと言われるほどです。


⑤ ひとことで言《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、才能・偶然・時代が完璧に噛み合った奇跡のオペラ。
そしてマスカーニにとっては栄光であり、宿命でもあった一作なのです。

 

今回の動画

https://youtu.be/kz10wlwDGQw

今回はプッチーニ作曲歌劇ヴィッリについて説明いたします。
    •    作曲年:1883年(初稿)
    •    初演:1884年、ミラノ
    •    上演時間:約1時間(1幕もの)
    •    台本:フェルディナンド・フォンターナ
    •    ジャンル:歌劇(バレエ要素を含む抒情的ドラマ)です。


あらすじを簡単にまとめてみました。
舞台はアルプス地方の村。


婚約者ロベルトは遺産相続のため旅立ちます。

しかし都会で別の女性に心を奪われ、約束を破ります。

残されたアンナは悲嘆のあまり命を落とし、ヴィッリ――裏切られて死んだ乙女の精霊――の仲間となります。


村に戻ったロベルトは悔恨に打ちひしがれます。

そして夜の森でヴィッリたちに取り囲まれ、死の踊りへと引きずり込まれて命を落としてしまいます。


タイトルの「ヴィッリ」とは、中欧・東欧(特にスラヴ圏)の民間伝承に登場する復讐の精霊で、裏切られた花嫁が死後、夜の森で男たちを踊り疲れさせて死に至らしめるといわれている妖精です。

アダンの作曲したバレエ《ジゼル》第2幕のウィリ(Wilis)と同系統のモチーフです。


音楽の特徴をまとめてみました。
1. 全体的な考察

若きプッチーニの才能が凝縮されていて旋律の美しさと情感の直接性はすでに完成度が高い作品です。

プッチーニの後年の作品に通じるオーケストラの色彩感が随所に見られます。


2. バレエ的要素
合唱と管弦楽による踊りの場面が重要な役割をしていて、クライマックスの「死の踊り」は、視覚・聴覚ともに強烈な印象です。


3. 歌よりも管弦楽が物語る場面
独唱アリアは比較的少なく間奏曲や合唱が心理描写と物語進行を担う構造になっています。


作品史的な意義としてはプッチーニはこの作品でソンツォーニョ社のコンクールに落選してしまいます。

しかし関係者の注目を集め、自費上演で大成功を収めます。


これが評価され、後に《妖精ヴィッリ(改訂版)》として再演され
結果的にプッチーニは本格的なオペラ作曲家としての道を切り開くのでした。

今回の動画

https://youtu.be/Sb9GXSGky8I

皆さん、明けましておめでとうございます。
今年最初のおはクラの放送になります。

今年1年もよろしくお願い致します。

 

今回は1/1に行われたウィーンフィルニューイヤーコンサートについてまとめてみたいと思います。
第1部
    1.    ヨハン・シュトラウス2世:序曲《インディゴと40人の盗賊》
    2.    カール・ミヒャエル・ツィーラー:ワルツ 「ドナウの伝説」
    3.    ヨーゼフ・ランナー:ギャロップ 「マラプー」
    4.    エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ 「ブラウステウフェルヒェン」
    5.    ヨハン・シュトラウス2世:《こうもり》カドリーユ
    6.    ヨハン・シュトラウス1世:ギャロップ 「パリの謝肉祭」

第2部
    7.    フランツ・フォン・スッペ:序曲《美しきガラテア》
    8.    ヨゼフィーネ・ヴァインリッヒ:ポルカ=マズルカ 「セイレーンの歌」 (初演)
    9.    ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ 「女性の真価」
    10.    ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ 「外交官」
    11.    フローレンス・プライス:レインボー・ワルツ(Rainbow Waltz) (初演)
    12.    ハンス・クリスチャン・ロンビ: コペンハーゲン蒸気鉄道ギャロップ
    13.    ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ 「南国のバラ」
    14.    ヨハン・シュトラウス2世:エジプト行進曲
    15.    ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ 「平和の棕櫚の葉」

アンコール
    •    フィリップ・ファールバッハⅡ:ポルカ 「サーカス」 (アンコール)
    •    ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ 「美しく青きドナウ」
    •    ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲


●特徴・聴きどころ
伝統的なシュトラウス一家のワルツ&ポルカに加え、5〜6曲ものニューイヤー初演作品が登場しました。
特に、女性作曲家の作品が2曲(ヴァインリッヒ、プライス)含まれた点が大きな話題となりました。

これは同コンサートで女性作曲家を複数扱うのは極めて珍しい試みです。 


また、アフリカ系米国人の作曲家フローレンス・プライスのワルツは今回の大きなハイライトで、国際的にも高い評価を得ました。 


●全体の感想は
ネゼ=セガンの指揮はエネルギッシュで新鮮な感性と評され、伝統を守りつつ現代的なダイナミズムを作品に吹き込みました。
一部の演出面や構成に「個性的すぎる」「伝統からの逸脱」する傾向でしたが全体としては「活気と希望に満ちた演奏」として好感がもてました。
伝統的なウィーン舞曲に加えて、「平和」「多様性」「共感」を象徴する選曲が意識されたプログラム構成で特に最後のワルツ 「平和の棕櫚の葉」 は、世界に向けての平和への祈りとして象徴的でした。


皆さんは1/1の夜、ご覧になりましたか?

 

今回の動画

https://youtu.be/g_F42bVS47o

今回は2025年最後の放送でした。

今年はショパン国際ピアノコンクールがありましたので、コンクールで使われたピアノについてお話しします。

2025年10月2日から20日まで、ポーランド・ワルシャワの国立フィルハーモニーを舞台に、第19回ショパン国際ピアノコンクールが開催されました。

バロックや現代曲ではなく、ショパン作品のみを演奏するこの世界最高峰のピアノコンクールは、5年ごとに行われ、世界各国の精鋭ピアニストが集います。

 

今回は162名が予備審査を通過し、66名が本選に進出。

第一ラウンドから熾烈な競争が繰り広げられました。 


コンクール参加者は、自身の演奏を最大限に引き出すため、どのグランドピアノを選ぶかという重大な決断を迫られます。

2025年大会でも、出場者はSteinway & Sons(スタインウェイ)、Shigeru Kawai(カワイ/シゲルカワイ)、Fazioli(ファツィオリ)、Yamaha(ヤマハ)、そしてC. Bechstein(ベヒシュタイン)という5ブランドから選択可能でした。 


今大会の上位入賞者について、メーカー側発信や現地レポート等で「使用ピアノ」が比較的はっきりしているものをまとめると、次の構図が浮かびます。


    •    第1位:Eric Lu(エリック・ルー)— Fazioli
スペイン紙の報道では、ルーはより“飛び”を狙ってファツィオリを選んだとされています。 


    •    第2位:Kevin Chen(ケヴィン・チェン)— Steinway
現地記事・レポートでスタインウェイ使用として言及があります。 


    •    第3位:Zitong Wang(ワン・ズートン)— Shigeru Kawai(SK-EX)
シゲルカワイ公式が「第3位がSK-EXを選択」と明記しています。 


    •    第5位(同時):Piotr Alexewicz/Vincent Ong — Shigeru Kawai(SK-EX)
同じく公式発表で、両者がSK-EX選択とされています。 


今大会で面白いのは、いわゆる弦切れや鍵盤故障のような派手な事故よりも、“選定の緊張”そのものがハプニング級にスリリングだった点だったようです。


1) 試奏・決定が短時間で、取り返しがきかない
メーカー側の解説記事では、出場者が複数ブランドから選ぶにあたり、試奏に与えられる時間が非常に短いことが強調されています(「短時間で決める」こと自体がプレッシャー)。 


そのため、
    •    「安全牌=弾き慣れたスタインウェイ」
    •    「音色の個性に賭けてファツィオリ/シゲルカワイ」
    •    「ホールでの投射や透明感を狙ってベヒシュタイン」
といった“戦略”が生まれ、しかもラウンドが進むほど判断がシビアになります。 

2) 結果が「必ずしも多数派ピアノ=上位」にならない
外部レポートでは、ラウンド初期はスタインウェイが多数派になりがち、という観測も出ています。 
一方で最終的には、優勝がファツィオリ(報道ベース)、上位にシゲルカワイ勢が複数、という構図。
「多数派=勝ち」ではないことが際立ちました。 


3) 審査が大接戦で、議論が長引いた
今大会は、審査団の議論が長く難航したことが報じられています。 
「明確な本命不在」「最後まで評価が割れた」という空気の中では、なおさら“音の出方=ピアノ”が話題になりやすく、SNSでも「同じ曲でもピアノで別物に聴こえる」という議論が増幅しました。


2025年は「決勝でポロネーズ=幻想曲Op.61が課される」など、課題の置き方でも注目を集めました。大規模ホールで、この作品の和声の陰影・低音の芯・ppの伸びをどう届けるかは、タッチだけでなくピアノのキャラクターにも絡みます。 
だからこそ、第1位のルーが“より投射のため”にファツィオリを選んだという報道は、単なるメーカー話ではなく、作品解釈の延長として読めるのが面白いところです。 
 

今回の動画