[40年以上前に書いた]

106.とどかない手紙

今日も、私は手紙を出す
とどくはずもないのに
宛先なしの着払い

今日も、私は手紙を出す
とどくはずもないのに
書くことは
自分のことばかり
私のポケットには
もどってきた手紙がいっぱい……

それでも
私は手紙を出す
とどくはずもないのに
今日も、

1980-03-07 @yoshifumi_

 物書きをするということは(ほんとうはわかっているんだ的な)


結論的なことを最後に書いてしまうので
冒頭にも切り貼りしておく

平易な言葉で叙情的に装うって理詰めで書けば
自分が憧れている詩人に近づける気もするのだが
かなり訓練しないと無理そうだ
もう生きているうちにちょっとした人になるのは無理そうだと
匙を投げてるのだ


いいねをつけてくれるひとは
「自分にもそんなところがある
あなたにも自分の書き込みも覗いてもらいたいな」

多分物書きは
読み手自身にもそんな気持ちがあると気付いてもらうこと
読み手のことなんか想定しないで
ただ自分のことを書くなら日記に書いておいて仕舞って置けばいい
承認欲求的に自分の日記を公開することは物書きじゃない

自身のノックアウトマウスなところをモルモット的に覗いてもらうのは?
ケースとして
なんだかそれも読みやすく脚色しないといけないのかもしれない
(自分の駄目っぷりを貴方だけはわかってくれるでしょうと)

読み手にもそんな気持ちがないか想像してもらうには
共有幻想的な創作が必要なのだろう
自分は創作ができない
それはかなり自分勝手だと云うことだ
「私はこう思うあなたにも知ってもらいたい」
一方的過ぎる
もっと相手に共感を持ってもらえるように書くべきだ

平易な言葉で叙情的に装うって理詰めで書けば
自分が憧れている詩人に近づける気もするのだが
かなり訓練しないと無理そうだ
もう生きているうちにちょっとした人になるのは無理そうだと
匙を投げてるのだ

2022-06-12 @yoshifumi_